時は少し遡る。
料亭「かえで」の周囲を占拠した真選組は、突入の合図を待つばかり、緊張した面持ちでその時を待っていた。
ただひとり、一番隊隊長沖田総悟を除いては。
土方が攘夷志士と繋がっていた
をどう処分するのか、どうにも信用のおけなかった沖田は、土方が指揮をとる真選組が現場に突入する前に、
と攘夷志士との繋がりが疑われるものを処分してしまおうとしていた。土方の目を盗んで隊を抜け出すことは造作もない。いつもやっていることだ。ただ、林の中に紛れて料亭の離れを探す方が厄介だった。すっかり日も落ちた林の中には星明かりどころかターミナルのネオンの光さえ届かない。
「……ったく、山崎の野郎。適当な地図書きやがって」
悪態をつきながら歩みを進めていくと、突然、草むらから何かが飛び出してきた。イノシシでも出たかと思ったが、反射的に受け止めてしまったそれは、沖田よりも二回りほども小さい人の子だった。
「きゃぁ!! ごごごごめんなさい!! 失礼いたしました!!」
甲高い女の声が腕の中で慌てふためく。沖田はその腕を掴んだまま、暗闇の中で目を凝らした。
「どうした? お嬢さん。こんな夜更けにひとりで」
「……すみません、あの……」
沖田は目を見張った。子どもは、沖田がその動向を追っていたあの宿屋の娘だった。
「そんなに急いで、どこに行くんだい?」
沖田が腕を掴む手に力を込めると、少女はびくりと体を強張らせる。そして沖田が真選組の隊服を着ていることに気づき、青ざめた。
「……いえ、そんな、何でもありません。ちょっと用事を言いつけられて……」
「どんな用事だ?」
「……それは……」
沖田はそっと腰の刀に手を掛ける。少女を囮に攘夷浪士が草むらに潜んでいるかもしれないし、少女が懐に短刀でも隠し持っていたら、たとえ女子どもだろうと斬って捨てなければならない。
――さて、この小娘はどう出るか……。
少女は沖田の腕に掴みかかると、ぐいぐいとその袖を渾身の力で引っ張った。
「助けてください! あの人が、
さんが死んじゃう!!」
沖田は面食らった。てっきり攘夷浪士側についていると思っていた少女が、真選組隊士に助けを求めてくるなんて。
「離れに閉じ込められて、爆弾が仕掛けられてるんです! 早く!」
「落ち着けよ! それは確かな話なのか!?」
「本当です!!」
まるで怒り狂った子犬のような剣幕で怒鳴るので、沖田は不覚にも気圧されてしまう。もしもここに近藤がいたら、ただの町娘相手に天下の真選組一番隊隊長が呆れたものだと笑っただろう。
とにもかくにも、沖田は少女に案内されてようやく離れに辿り着いた。
「爆弾は? どこに仕掛けられてる?」
少女は息も絶え絶えに答える。
「居間です。時限式だという話で、いつ爆発するやら……」
「分かった。……!」
その時だった。
なんの前触れもなく、離れが爆発し、あっという間に建物全体が真っ赤な炎に包まれてしまった。
沖田は爆風から少女をかばって地面に倒れ混む。少女は真っ青な顔をして離れを見上げたまま、ショックのあまり声も出せない。
沖田は離れに飛び込もうとして、一瞬ためらってしまった。この勢いの爆発では、中にいた者は即死していると考えて間違いない。助けに入ったところで、自分の命を無駄にするだけだ。そんな気持ちが沖田の足を引き止めた。
その沖田の脇をすり抜け、ひとりの隊士が炎の中に飛び込んでいく。
土方だった。
沖田はぽかんとその後ろ姿を見送ることしかできなかった。もう手遅れとしか思えない、焼け落ちる間際の離れに迷わず飛び込んでいくだなんて狂気の沙汰としか思えない。自分の命が惜しくないのか、どこまで諦めが悪いのだ、あのマヨネーズニコチン馬鹿は。
沖田は地面に尻餅をついたまま動けなかった。はたった今目にしたものが果たして現実のことなのか、にわかには信じることができなかった。
「……あいつ、どうかしてやがる」
土方は、たとえその身を危険に晒しても、
を救い出すためなら文字通り火の中水の中飛び込んでいく男なのか。
そんな土方を、沖田はこれまでに一度だって見たことはなかった。
「―――!!」
少女が悲鳴をあげる。
離れを支える柱が焼け落ち、めりめりと不吉な音を立てて、沖田の目の前で崩れ落ちていく。
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