警察庁庁舎の屋上。

 空に浮かぶ満月がほど近く浮かび、天と地との境目にぽっかり浮かぶ空間に、佐々木異三郎は立っている。

 佐々木が見つめているのは、江戸城にほど近い場所に灯る赤い火だ。それは夜の闇の中に溶けるような黒々とした煙を上げ、今もその火の手を大きく広げている。今夜は少し風が強いから、城中の人間は気が気ではないだろう。もし江戸城まで延焼したらただ事では済まされない。

 だが、佐々木は緊張感もなく煙草をふかしながらぼやいた。

「うるさい小蠅のすることとはいえ、やりすぎですね。ここまでされては私にも呼び出しがかかる。面倒な仕事は増やさないでもらいたいものです」

 暗闇からゆらりと姿を現したのは高杉だ。

「俺は何もしちゃいねえよ。奴らがやると決めて勝手にやっただけのことだ」
「協力を仰がれたと聞きましたよ。本当に高杉殿は手を貸さなかったので?」
「やけに突っかかるじゃねぇか」
「徒勇隊隊長、吉田利麿に拉致されたのは、という女性。あなたとも知らない仲ではないそうですね」
「くされ縁だ。今は何の関わりもねぇし、生きていようが死んでいようが興味はない」
「……そうですか。いらぬ詮索をしました」

 高杉が煙管を吹かすと、強い風がビルの屋上に吹き付けてきた。長い髪と着物の裾をなびかせ、高杉はにやりと笑う。

 しっかりと撫でつけた髪と皺ひとつない見廻組の隊服に身を包む佐々木は、高杉の横顔を盗み見て乾いた目をしばたいた。目的のために手を組んでいるとは言え、高杉が何を考えているのかを推し量るのはいつも難しい。

「おそらく、この騒ぎには真選組が片を付けるでしょう。彼らの城中での評価はまた上がるでしょうね。いちファンとしては嬉しい限りです」
「攘夷浪士に捕らわれた人質を見事救出してりゃ、そりゃ英雄だろうな」
「おや、助かって欲しいんですか?」
「真選組が邪魔な組織だっていうことには変わらねぇ。奴らが付けあがる材料を与えたくねぇだけだ」
「これしきのことで有頂天になるほど落ちぶれてはいませんよ。何せ元は田舎侍。野心だけでここまでのし上がってきた男達ですから」
「相変わらず肩を持ちやがる」
「その時が来れば利用するまでです。利用するだけの価値がなければ、ただのゴミにしかなりませんからね」

 屋上の扉が開き、今井信女が佐々木を呼び出す。城下で起きた大規模火災に対応するための緊急会議が始まるという。

 高杉は袖の下から何かを取り出すと、それを佐々木に差し出した。

「落とし物を届けに来た。たぶん探してるだろうから、届けてやってくれ」

 佐々木はそれを見下ろして、面白そうに眉を吊り上げる。

「死んでいたとしても興味はないのではなかったんじゃないんですか?」

 高杉は自嘲した。

「だとしたら、墓前にでも供えてやれよ」

 その眼に、嘘偽りはないように、佐々木には思えた。







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