日暮れ時になってようやく静かになった居間から声がかかり、寝間から出る。ひとり居残っていた吉田は、部屋の中央に仕掛けた小さな爆弾をいじりながら、を見てにやりと笑った。

「いよいよだね」
「……そうみたいね」

 は爆弾を見てひやりとする。爆弾を間近で見るのははじめてでそれがどれほどの威力を持つのか想像もつかないが、それは間違いなく、の命を奪うために仕掛けられたものなのだ。

 吉田に促されて腰を下ろすと、吉田はの正面にかがんで目を合わせた。

「もう分かっていると思うけど、桂にも高杉にも取引を断られた。そういうわけで、さんを生かしておく理由がもうない。顔をしっかり見られているし、俺達の計画すべてを知ってしまったわけだからね」

 はじっと吉田の目を睨み返す。酒に酔って上気した頬、瞳は爛々として異常な興奮に今にも叫び出しそうだ。

「それじゃ、今すぐにでもここで斬り殺す?」

 強がって言うに、吉田は神妙な顔をした。その手が腰に伸び、刀の柄を握るかと思えばそれはの膝の上の手を取った。

「……そうするには、ちょっとさんを好きになりすぎたみたいだ。俺にさんは斬れない」
「それじゃ、逃がしてくれるの?」
「そういうわけにもいかない。ここに仕掛けたのは時限爆弾でね、けどいつ爆発するかは教えてあげないよ。爆発するまでに助けが来るか、さんがここの扉を蹴破って脱出するか、そうできなければさんの命はここまでだ」

 は冷めた目をして吉田を睨む。

「自分で手を下すのが嫌だから? 随分女々しいことするのね」
「そんなことはもう分かってる。好きなように言いなよ、どうせ俺はこの作戦に失敗して真選組に斬り殺されるんだ。もう分かってるんだよ」

 吉田は祈るようにの手を強く握りしめる。はその手を握り返し、吉田の顔を覗き込んだ。

「あの子はどうしたの?」
「家に帰したよ。誰にも姿を見られないようによく言い含めたから、きっと大丈夫さ」
「そう。それを聞いて安心したわ」

 はそう言うなり、吉田の横面を思い切り引っぱたいた。吉田は目をチカチカさせながらを見返すと、子どものような顔をして首を傾げる。

「急に何するんだよ?」
「あら、あなたが私にしたことに比べたらこんなこと何でもないでしょ」
「そりゃそうだけど、唐突」

 は吉田の両手を取り力任せに握りしめる。これから命を取ろうという女に、両手を取られて睨まれるだなんて、吉田はもう何が何だか分からない。

「吉田さんがそんなに気弱なことを言う人だなんて思ってなかったわ。ちょっと自分の思うとおりに事が運ばなかったからって何よ、簡単に諦めるようなこと言って、その程度の志だったってこと? そんなもののために私は命をかけたって言うの?」
「いや、急にどうしたの、さん?」
「急にも何も、私はずっと怒ってました。あなたの都合でこんなところまで連れてこられたっていうのに、作戦は失敗するなんて言って捨て身の覚悟でここを出ていくのね。なによ、悲劇のヒーロー気取り? でも、私に言わせれば尻尾を巻いて逃げる犬と一緒よ。そんな人のせいで死ぬなんてまっぴら御免だわ」
「……何が言いたいのさ」
「私を殺さないで。私の望みはそれだけよ」
「だからそれは……」
「あなたが死ぬつもりなのなら、あなたの顔を見ていようが作戦の詳細を知っていようが、これ以上私があなたの迷惑になることはないはずよ。どう?」

 吉田はぱちくりと瞬きをすると、小刻みに体を震わせて俯いてしまう。両手を握り合ったままのは膝の上に倒れ掛かってくる吉田を不審げに見下ろしていたものの、吉田がこらえきれずに笑い出したのを見て目を丸くした。

「何がそんなにおかしいの?」

 吉田はの膝に崩れ落ちて笑った。ぷるぷると肩を震わせ、腹を抱えて、ひぃひぃと呼吸困難に陥ってでもいるように笑った。これは何を言ってもしょうがなさそうだと、は吉田が笑いを収めるのをじっと待つ。

 どれくらいそうしていたか、浮いた涙を拭いながら吉田はのそりと起き上がった。

「本当、さんって結構言うよねぇ」
「少しは元気が出た?」
「あぁ、ありがとう」

 吉田はもう一度の手を取ると、今度は力いっぱい、決意を込めて握りしめた。は握手をするようにそれを握り返す。

「結果がどうなるにせよ、俺は俺の志を叶えるために精一杯やるよ。死んだ仲間と、こんな俺についてきてくれた仲間のために」
「私を生かしておく気にはなった?」
「少なくとも、俺にはさんは殺せなさそうだよ。だって殺しても死ななそう」
「言ってくれるわね」

 吉田は懐から離れの鍵を取り出すと、の手にそれを握らせた。

「俺から鍵を奪って自力で逃げたんだって話してくれて構わないよ。ちゃんとあれが爆発する前に逃げてよね」

 は手のひらの鍵を見下ろし、吉田を見つめ返した。吉田は何か吹っ切れたような顔をして、腰に差した刀を直す。

「巻き込んで悪かったね」

 は鍵を握りしめ、清々しく笑う吉田を見上げる。本当に酷いことをされたものだけれど、どこか憎めないところのある男だった。別の形で出会えていたら、友人になれたかもしれない。銀時や桂や高杉のような友人に。

「あの子、あなたのこととても心配してるのよ。生き残れたら、会いに行ってやってね」

 の言葉に、吉田は曖昧に笑った。

 それが、が最後に見た吉田の姿だった。









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