猿飛あやめ、もとい、さっちゃんとの付き合いはずいぶん長くなるが、どうしてこんなに面倒くさい女とずるずる付き合っていられるのか、月詠はいつも不思議でならない。
「まったく、あの人一体何考えてるのかしら!? ちょっと可愛い顔してるからって何よ、いい気になっちゃって! 泣けば許されると思って甘えてんじゃないってのよ!」
とある料亭の離れに捕らわれている
を銀時と一緒に助けに行ったのにそれを拒否されて憤慨している、という状況らしいのだが、それでどうして可愛い顔だの泣いて許してもらうだのという話になるのか、月詠にはさっぱり分からなかった。
「猿飛、あまり飲みすぎるなよ」
さっちゃんは瓶ビールを片手に、目を座らせて月詠を睨む。
「あんたも付き合いなさいよ! 傷心の私を慰めると思って!」
「どこが傷心なんじゃ。勝手に怒って勝手に愚痴っているだけではないか。わっちはこれから吉原の見回りに行かねばならんのだ。酒など飲んでいられるかっ」
「何よ! 真面目ぶっちゃってさ!」
ふたりがいるのは、吉原の入り口付近にある喫茶店だ。吉原に通う男達が主な客で、吉原遊郭の風俗店の紹介所も兼ねている。本来なら、これから女を買おうという男に酒など出す店ではないのだが、虫の居所の悪いさっちゃんが無理を言って酒をたかるので、店主が仕方なく隣の店からビールを分けてもらってきてくれたのだった。
「そんなに飲んで、もし今夜にでも何か動きがあったらどうするつもりじゃ? 泥酔していてはまともに手助けもできんぞ」
月詠は忠告したが、さっちゃんは全く聞く耳を持たない。
「私なんかに手助けされたところで、あの人は喜ばないわよ!」
「まぁ、それはそうだろうがな」
「銀さんも銀さんよ! いつもだったらこんな時、どんな屁理屈こねてでも相手丸め込こんで説得するわよ! 銀さんってそういう強引なところあるじゃない!? 私は銀さんのそういうSっ気強いところを愛してるのに!」
「誰もそんなことは聞いておらん」
「それがどんな理由があるんだか知らないけど、もう、ぐだぐだぐだぐだとわけの分からない理屈並べ立てて、私を差し置いてふたりなんてもう許さないんだから―――――!!!」
きんきんと超音波の出ていそうな奇声を上げて、さっちゃんは身を捩る。
月詠は煙管を口に咥えて両耳をふさいだ。いい加減本当に面倒くさくなってきてしまった。
「人にばれたら困るような秘密をいつまでも抱えてたせいでこんな事件に巻き込まれてるんだから、
さんも案外詰めが甘いわよねぇ!」
月詠は呆れてため息をこぼす。
さっちゃんは詰めが甘いというが、その言葉は胸の奥のしこりを撫でるように月詠の不安を煽った。
吉原で生きる遊女達は誰でも、人に言えない秘密のひとつやふたつ抱えているものだ。それにがんじがらめになって自分で自分の首を絞めるように苦しむ遊女をこれまでにも何人も見てきた。きっと
も同じように苦しんでいるのだ。月詠はさっちゃんのように、詰めが甘かったのだと
を一刀両断することはできない。さっちゃんは忍として生きているから何かを隠すことについてその腕は一流なのだろうが、誰もが同じように上手く立ち回れるわけではないのだ。
「……ばれたら困るような秘密なら、さっさと燃やして捨ててしまえばいいんだわ」
さっちゃんは酔っぱらった勢いで冷酷に吐き捨てた。怒りの炎が体の中でほとばしり、口元から火花になって飛び出してきたような声だった。
月詠の耳にその言葉は痛かったが、煙管を指先でもてあそびながら返した。
「そんなに簡単に捨てられるものなら、そもそも秘密にしておく必要もないだろう。あまりそう責めてやるな」
「そんなこと言ったって、私にはそこまでして守り抜く必要のある秘密だとは思えないんだもの。そんなもののためにどうして命懸けてんのって言いたくなるわ」
「確かに、他人から見れば些細なことなのかもしれんが、それはわっちらが決めることではない。
にとっては命を懸けてでも守らなければならないほど大切なものなんじゃ。分かってやれ」
「……くそ面倒くさいわね」
「面倒くさいのはお前じゃ。こんなところで愚痴っとらんで、いい加減に地上に帰れ。付き合わされるこっちの身にもなってみろ。わっちは忙しいんじゃ」
「こんなところで油売ってどこが忙しいのよ」
「お前が付き合えと言ってきたんじゃろうが!」
「ツッキーが押し掛けてきたんじゃないのよ!」
「調子のいいことを言うな!」
「……何の話アルか?」
声を掛けられて振り返ると、白けた目をした神楽がいた。
「おぉ、神楽。待ちくたびれたぞ」
月詠は取り澄ました顔をしてつんと背筋を伸ばす。
さっちゃんは子どもの前で大人ぶる月詠が気に入らず、ビールを片手に月詠の悪口をまくしたてている。
「何かあったアルか?」
「あれは気にするな。わっちの手には負えん」
そう言いながら、月詠は胸元から紙切れを二枚取り出した。
「猿飛が
の居場所を突き止めたらしい。住所が書いてあるから持っていけ。それから、これはわっちの方で調べたものじゃ。使えるかどうかは分からんが、まぁ、何かの手掛かりくらいにはなるじゃろう」
神楽は目を見開いて月詠を見上げる。
「これ、日輪に怒られなかったアルか?」
月詠はいたずらっぽく笑うと、人差し指を口元に立てて声を落した。
「できれば、内緒にしてくれるとありがたい」
さっちゃんが、「かわいこぶってんじゃないわよこのあばずれが!」と罵り声をあげ、さすがにキレた月詠は店の中でくないを投げて店主にめちゃくちゃに怒鳴られた。
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