例えば、お妙が誰にも言えない重大な秘密を隠し持っていたとして、それが目を覆いたくなるようなとんでもない秘密だったとしても、それを受け止める自信が近藤にはある。ちょっとやそっとのことで驚くような生易しい人生を送ってきたつもりもないし、何よりそれがお妙への確かな愛の証明だからだ。もしもその秘密が、真選組と敵対する幕府の敵につながる重大なものだったとしても、迷わず愛の道を行く。
だが、土方ならどうするだろう。
近藤は捜査資料を挟んで真向かいに立つ、目の下にくまが浮いた土方の顔を盗み見た。仮眠をとったおかげか、顔色はだいぶ良くなりその眼には力がみなぎっている。
山崎と沖田が集めてきた情報と、こっそり土方の寝所を訪れたという銀時が持ってきた情報のおかげで今後の捜査の展望も見えてきた。
は江戸城下の料亭「かえで」の離れに捕らわれている。そこに主犯である徒勇隊隊長・吉田利麿も身を潜めている可能性が高い。その料亭は森のような木立ちに囲まれていて、立地から考えても、江戸を火の海にするという計画を実行するにはうってつけの場所だ。浪士の人数や武器、火薬の配置などが分かれば、より詳細な作戦が立てられる。
土方はきびきびと言う。
「監察方から報告が上がってき次第、料亭を手入れしよう。急いだほうがいいな。こっちの動きに気づかれるかもしれねぇ」
「そうだな。爆発物の捜索はどのくらい進んでいる?」
「芳しくはない。今朝から捜索して、発見したのがごみ捨て場にあったブリキ缶だけ。ちゃちなつくりの簡易爆弾だったらしい。奴さんが隠し持っている火薬は雀の涙っていう可能性もあるな」
「いや、少なく見積もるよりは、最悪の事態を想定しよう。捜査範囲を広げる」
土方が碁石を使って江戸城下の隊の配置を確認する。それを見下ろしながら、近藤は話を切り出すタイミングを計っていた。
が攘夷志士・桂小太郎、高杉晋助と関わりを持っている可能性がある。それを聞いたら、土方はどうするだろう。まさか
の捜索を打ち切るとは言わないだろうが、これまでと変わらず
を真選組の家政婦としてそばに置いておけるだろうか。気難しい性格をしている土方のこと、このことを知ったら何を言い出すか分からない。土方を信じてはいるが、近藤は不安だった。
「どうした、近藤さん? 疲れたんなら少し休んで来いよ」
「いや、大丈夫だ。なぁ、トシ……」
「おや、近藤さん、土方さん。おそろいで」
沖田が風船ガムを膨らませながらやってきて、近藤は嫌な予感に口元をひきつらせた。沖田は何食わぬ顔をしているが、どこかただならぬ雰囲気をまとっていて、近藤は抜身の刀を目の前に突き付けられたような気がした。
土方はそれに気づかず、机の上に視線を落としたまま言う。
「総悟。一番隊は城下のパトロール中じゃなかったのか? 何をこんなところで油売ってやがる」
「屯所に引きこもってる土方さんよりは働いてますよ」
「誰が引きこもりだコラ」
「あの事、話したんですか?」
沖田は近藤に言い、近藤は顔をひきつらせた。何が原因だか分からないが、どうやら沖田はキレかかっている。
「いや、これから話そうとしていたところなんだが……」
「話さないでください。あんな話したところで捜査の邪魔にしかならない」
「総悟ぉ!? いきなり何言い出した!?」
「なんだよ? まだ何か情報があんのか?」
「ないです。だから話さないでくださいね、近藤さん」
「いや、明らかになんか隠してんだろうがっ! 近藤さん! 捜査に有益な情報かもしれねぇんだから教えろよ!」
「捜査の邪魔にしかならねぇって言ってんでしょ」
「だからなんでそれをお前が判断するんだ!」
「土方さんの手を煩わせるほどのことじゃないですって」
「いつも人の手ぇ煩わせることしかしねぇ野郎のいうセリフじゃねぇな」
「俺もちょっとは大人になったんです。近藤さん、腹が減ったんで飯付き合ってもらえませんか? おごってください」
「飯代くらい自分で出せよ」
「今月は落語物のDVD―BOX買っちまって、もう金がねぇんですよ」
「それのどこが大人だぁ!!」
土方が怒鳴り散らすのを無視して、沖田は近藤の肩を抱き部屋を出た。近藤は戸惑いながらも、やはり、あのことを土方に説明するのは気が引けていたから、無茶なやり方でもここから連れ出してもらえてありがたかったのだ。
「悪役やらせちまって、悪かったな、総悟」
「いえ、別に。いつものことなんで」
沖田は子どもが駄々をこねるように吐き捨てた。真選組いちの剣の使い手とはいえ、沖田は驚くほど子どもっぽいところがある。まるで欲しいおもちゃを買ってもらえず店から引きずり出されてへそを曲げた子どものような顔をしていた。
「どうした、総悟。何かあったのか?」
近藤は父親のように優しく言う。
「何があったも何も、さっき言ったとおりですよ」
沖田は答え、むっと唇を尖らせた。
「俺は、土方さんには言うべきではないと思います」
「どうしてだ?」
「あいつは私情より任務を優先する奴です。知らせたところで、
さんのためになるとは思えない」
沖田の脳裏には、もうこの世にはいない優しい姉の笑顔が浮かんでいた。
沖田ミツバは、近藤らが武州から江戸へ上洛するとき、土方にひどい言葉で拒絶された。ふたりがお互いをどんな風に想い合っていたか、その時初めて知った沖田は、江戸で一旗揚げるという望みのために姉を邪険にした土方を今でも許していない。
土方はあの頃から何ひとつ変わっていない。任務のためならどんな犠牲を払うこともいとわず、惚れた女の幸せを棒に振ることも辞さない。剣に取りつかれた鬼、喧嘩魔、仕事馬鹿。なんでもいいがそういう男なのだ。
が姉のように土方に捨てられるところを見るのなんか、沖田は絶対に御免だった。
「土方さんがやらなくても、俺が
さんを助けてみせますよ」
近藤は、沖田の本気を感じて息を飲んだ。
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