「まったく、どうして私がこんなコソドロみたいなマネしなきゃならないの? いくら銀さんの頼みとはいえ、仕事でもないのにやってらんないわよ。
さんを救い出すなんて言ってもね、私と銀さんの将来のためにはあんな女いない方がいいに決まってるのよ、小姑になるの目に見えてるんだから! けど銀さんが手を貸して欲しいって言うから、銀さんのためなら火の中水の中どこへだって行くって決めたのは私だから! 誓いを破るわけにいかないんだもの! そうやってジレンマに苦しむ私を見て楽しんでるのなんか、私全部分かってるんだからね!
さんを助けたら、ハワイで身内だけの小さな結婚式上げようって約束のために、私頑張るから!」
「誰もそんな約束してねぇよ!」
薄暗い木陰の中で、銀時はさっちゃんの後頭部を思い切り殴った。もはや後の祭りだが、さっちゃんに助けを求めた自分を恨めしく思う。さっちゃんは後頭部をさすりながら、何でもなさそうに立ち上がり眼鏡を直した。
大都会江戸のど真ん中にあるとは思えないほど静かな木立ちの中、少しの物音がよく響く。さっちゃんと銀時は忍び足で移動した。
「やっぱ、お前に頼んだの間違いだったな。なんでこういう時に全蔵が捕まんねぇんだよ」
「全蔵は痔が悪化して身動きが取れないのよ」
「いや、そんな瀕死の重症みたいに言われても……」
「全蔵なんかいなくたって、私に任せてくれればオールオッケーよ! 心配しないで銀さん! どんなことがあっても、私の愛の力で乗り切って見せるわ!」
「わーったから、静かにしろよ。奴さんに見つかったらどうすんだ」
銀時が電信柱の陰に身を潜めていたさっちゃんの首根っこを捕まえたのは、吉田に取引を持ち掛けられた後のことだ。
江戸中の警備が厳しい今、桂は自由に動けない。エリザベスとともに身を隠すしかなく、これ以上頼ることはできなかった。
考えた末に、銀時は元御庭番衆であり今は始末屋として暗躍しているさっちゃんを頼ることにした。今回の事件について、さっちゃんが何か情報を持っているかどうかは賭けでしかなかったが、それ以外に銀時が頼るあてはなかった。
さっちゃんは始末屋という仕事の特性上、あまり大っぴらにはできない情報をいくつも握っている。それは重要な取引の道具であり、そう易々と他人に漏らしていいものではないのだが、相手が銀時とあってはその巾着の口は簡単に開いてしまった。
「昨日の夜中、この料亭の離れにある攘夷浪士の一派が入ったらしいわ。これは噂の範疇を出ないけど、珍しいことに女連れだったらしいわよ。
さんが行方不明になり、捕らわれていた宿から姿を消した日から逆算すれば、まず
さんと考えて間違いないわ」
「そこまで分かってんのか。始末屋の情報網ってすげぇんだな」
「銀さんには特別に教えてあげてるのよ」
「あぁ、感謝してるよ」
さっちゃんは違和感を感じて、銀時の横顔を盗み見た。暗闇のせいで表情はよく分からないし、さっちゃんは元々とても目が悪い。銀時が今何を考えているのか、さっちゃんにはこれっぽっちも分からなかった。けれど、さっちゃんにお礼を言うだなんていつもの銀時らしくない。
何か事件に巻き込まれたとしても、自分からさっちゃんに助けを求めるなんて今までになかったし、さっちゃんの方から首を突っ込んでも乱暴にあしらわれてばかりで、こんな風にふたりで共同戦線を張るなんて初めだ。
ふたりで初めて、という言葉に興奮して、さっちゃんはこっそり頬を赤らめる。銀時とふたり力を合わせて
を救い出したら、銀時は自分の思いに応えてくれるかもしれないし、ふたりっきりで海外ウェディングも夢じゃないかもしれない。ふたりで小さなアパートを借りて、生まれてくる子どもは銀さんそっくりの天然パーマのかわいい男の子で……。
その先のことまで妄想しようと思えばいくらでも妄想できたけれど、さっちゃんはだんだん胸が痛くなってきてしまった。銀時が何を考えているのかは分からないが、何か深刻に思い詰めていることだけは間違いなさそうだった。
「
さんは、どうして攘夷志士に拉致されたりなんかしちゃったの? あの人、そんなにおっちょこちょいだったかしら」
さっちゃんは努めて明るい声で言う。
「おっちょこちょいかどうかは知らねえけど、攘夷志士同士の取引の道具にされそうになってんだよ」
「どこかの攘夷志士と深い仲だっていうこと? 見かけによらず結構やるのね」
「実際はどうだかな。俺も本当のところは分からねえ。けど、あいつはもう真選組の人間なんだ。昔のよしみがあるとはいえ、俺達みたいな札付きと一緒にされちゃたまんねぇだろうよ」
銀時は投げ遣りな態度で言う。その声はどこか自虐的で、さっちゃんは自分勝手にほんのりと傷ついた。大好きな銀時のことを悪く言われるのは、たとえそれが銀時本人であろうと許せない。
「あいつは、俺達と関わったせいでこんな目に遭ってんだ。俺達なんかと一緒にいたせいで、こんな痛い目に遭ってんだ。俺達のせいで苦しんでるんだから、俺が助けてやんなきゃなんねえんだよ」
銀時は絞り出すように苦しそうな声で、自分に言い聞かせるように言う。
さっちゃんはだんだん腹が立ってきた。さっちゃんが惚れている坂田銀時という男は、胡散臭くてお金にだらしがなくて、ギャンブルとお酒にかまけて家賃もろくに払えないどうしようもない男だが、一本の芯を決して曲げない強い信念を持った男でもある。その信念にもとるようなことは絶対にしないし、それによって誰かに嫌われようとひょうひょうと生きていく雑草のような強さを持っている。どんなに自分の立場が悪くても、とんでもない屁理屈をこねて窮地を乗り切ってきたのだ。
今日の銀時は、俺のせいでと自分自身に呪いの言葉を振りかけてそれにすがり付いているように見えた。そんな銀時に、さっちゃんはまったくときめかない。
「ま、この私に任せておけばたちどころに解決よ!」
けれど、さっちゃんは明るく言う。今日の銀時の頼りないことと言ったらなかったが、こんな時こそ持てる力の限りを尽くして、銀時の役に立たなければならない。この恩がいつか月9ドラマばりのロマンチックなプロポーズになって返ってくるかもしれないと自分に言い聞かせ、さっちゃんは決意を新たにした。
「見えたわ。銀さん、あそこよ」
木陰に身を潜めながら、さっちゃんが指差した。よくよく目を凝らすと、木立の間に隠れるように平屋が立っているのが分かった。雨戸がしまっていて中の様子は分からず、人の気配はないように思える。
「間違いないのか?」
「えぇ。私が先に様子を見てくるわ。合図をしたら、あの雨戸の下まで来てちょうだい」
「本当に大丈夫なんだろうな? 吉田とかが部屋にいたらどうすんだよ?」
心配そうに言う銀時に向かって、さっちゃんはこれみよがしに美しく微笑んだ。
「私を誰だと思ってるの? 最強の始末屋、さっちゃんよ。銀さんのためならたとえ火の中水の中って誓ったの。任せていて」
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5/4 20161231