来島また子が暴れたせいで掛け軸が曲がり、障子に穴が開き、畳がささくれ立った部屋を見回して、武市は呆れてため息を吐いた。
「まったく。面と向かって話したこともない相手に対してよくそこまで怒り狂えますね」
「……余計なお世話っすよ」
獣が唸るような声を出して、肩で息をしながら振り乱した髪をかく来島は女らしさのかけらもない。これでは張り合う前から勝負は決まっているようなものだ。
「あの女の名前を聞くだけで虫酸が走るんすよ! 私は!」
来島は高杉に惚れていて、だから、高杉の昔馴染みである
を会ったこともないのに毛嫌いしている。とはいえ、そもそも向こうに張り合う気があるかどうかも分からないのだからその名前を聞いただけでここまで腹を立てるのはお門違いにもほどがある。
武市は冷めた目をして来島を睨んだ。暴れる来島を押さえ込んだ時に殴られた右頬がじんじんと痛かった。
「あなたが考えることはよく分かりません。巻き添えを食う私の身にもなってください。腹を立てるのは勝手ですが、そろそろ静かにしないと高杉殿に嫌われますよ」
来島はぐうと喉を詰まらせ、結局耐えられなかったのか、音高く襖を閉めて部屋を出て行った。
武市は、吉田の去った後、部屋でひとり三味線を抱えたまま女物の巾着を弄んでいる高杉の前に立った。
「吉田に見張りはつけますか?」
「いや、必要ない。好きに泳がせておけ」
「しかし、窮鼠猫を噛むと申しますし」
「俺があいつに尻尾噛まれるって言いてぇのか?」
「そうは言いませんが、動向は掴んでおいた方がよろしいかと思いますが」
「なら好きにしろ。俺は興味がない」
武市は面白くなかった。高杉は過去に捕らわれるような男ではないが、松下村塾での仲間達は武市達にとっては過去の亡霊だ。そんなものが高杉の進む道に現れては鬱陶しくてかなわないし、本音を言えば一刻も早く高杉の前から消えてなくなってもらいたい。たとえそれがか弱い女であろうと、だ。
高杉は巾着を大切そうに握りしめ目を離さない。巾着の古びた布地を親指で静かに撫でている。長い前髪と包帯で表情は見えないが、その細めた目がかすかに光る。
「そんなものと引き換えに情報を渡したのですが?」
武市は巾着を指差して追求した。
「昔のよしみがあるとはいえ、いささか親切が過ぎるのでは?」
「大した情報じゃない。どうせすぐに分かることだ」
「そうでしょうか」
「やけにつっかかるじゃねえか。そんなにこれが気になるのか?」
「気にしているのは高杉殿の方では?」
高杉は突然、堰を切ったように笑い出した。腹を抱え、甲高い声を上げるさまは狂気じみていて、武市はひそかに鳥肌を立てる。それを気取られないよう唇を噛み締めた。
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3/5 20161231