丸一日を横になったまま過ごした
は、夕方にはどうにか体を起こせるようにまで回復した。まだ鈍い頭痛が残っていて体も思うようには動かなかったが、半分夢の中にいるようなぼんやりとした意識から抜け出せたことでずいぶんすっきりした。
「お食事、お持ちしました。食べられますか?」
吉田が送って寄越した宿の少女は、夕方どころか午後の早いうちからやってきて付きっ切りで
の看病をしている。
「ありがとう。でも、あまり食欲がなくて……」
「昨日から何も召し上がってないじゃないですか。少しだけでもどうですか?」
「それじゃ、少しだけいただこうかな」
温かな湯気を上げるのは卵おかゆだ。
はゆっくりと一口口に含んだが、すぐに匙を下ろした。腹は空いているはずなのだが、食べ物の匂いに胸やけがした。
「あまり無理しないでください」
少女が見かねて、
の手から椀を取る。
は力なく微笑んだが吐き気がしてそれもうまくいかなかった。
少女の手を借りて横になりながら、
は問うた。
「あなた、あの人がどういう人だか知っているのよね?」
「えぇ、もちろん」
「あの人が何を企んでいるかは知ってるの?」
「知っていますけれど、誰かとお話ししているのをかいつまんで立ち聞きしただけですよ」
「それを聞いても、何とも思わなかったの?」
少女は困ったように笑って首を傾げた。
「何とも思わなかったわけではありませんけど、吉田さんには恩がありますから、私にできるだけのことはして差し上げたいんです」
「恩って、どんな?」
「孤児だった私を、吉田さんが拾ってくださったんですよ。宿の女将さんは私の実の親じゃないんです。ちょうど娘さんを病で亡くしたばかりだったそうで、私のことを実の子どものように育ててくださって」
「そうだったの」
「
さんはお辛いかもしれませんけれど、あぁ見えていい人なんですよ。だからきっと、
さんにも悪いようにはしないと思います。だからどうか、もう逃げ出そうなんてしないでくださいね」
「……それはどうかな」
「そんな体でどうするつもりですか?」
「こんな体になったのは誰のせいかしらね」
「……すいません」
少女はまるで自分が責められてでもいるような顔をしてしゅんと体を縮こまらせた。
「あなたに謝ってほしいわけじゃないのよ。ごめんなさい、ちょっと意地悪しちゃったわね」
は少女のひざを叩いて慰める。少女は苦い顔して微笑むと、
の手に自分の手を重ねた。
「体が良くなったら、また縫物を教えてくださいね」
少女は大人びた顔をしてはいたが、手のひらは丸くてまだ小さい。家事のために荒れていたが肌はみずみずしく張りがある。
はその手を握り返して、この少女を裏切ることは自分にはできそうにないなと途方に暮れた。
まるで幼い頃の自分を見ているようだった。
親を亡くしてひとりでいた
を引き取ってくれたのは松陽だった。包み込むように優しい愛情をかけて育ててもらった。心から松陽のことが大好きだった。松陽のためならなんでもしたかったし、役に立ちたかったから家事を覚えて懸命に働いた。料理を覚えて、「美味しい」と言ってもらえるとその声が体中に染み渡るように嬉しかったし、松陽の身の回りの世話をしているときほど幸せな時間はなかった。
あの頃の自分と、少女は似ている。
生まれたての雛が一番初めに目にした生き物を母親だと認識してその後をついて回るように、それは盲目的と言ってもいいほどの信頼だ。
「……そうね」
辛うじて
はそう呟くと、少女に見守られながら目を閉じた。
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