真選組屯所には大きな蔵がある。

 使われなくなった家具や家電、大型の武器が格納してあるのだが、今はそこにたっぷりの水が湛えられた大きな桶があった。その真上、天井の梁から逆さ吊りにされているのは古高春太郎だ。着物はあちこち裂けていて、くずれた髷が脂汗の浮いた額に張り付いている。足の甲に五寸釘に火の着いた蠟燭が立っていて、熱い蠟が垂れるたび、古高は低いうめき声をあげて身を捩った。

「あの火薬はどこで手に入れたものだ?」

 いっそその視線だけで人を射殺してしまえそうなほどの鋭さで古高を睨み、土方は問う。

「あれを使って何をする気だった?」
「観念しろ! 吐け!」

 隊士が竹刀で床を打ち、古高を脅す。

「……だれが、はなすものか……」

 縄が緩み、古高の体が桶の中に沈む。

 まるで陸に打ち上げられた魚のように体を捩る古高を見ていると、 原田は胸の奥からこみあげてくるものをこらえ切れなくなって、口元を押さえながら蔵を出た。外の新鮮な空気を吸うといくらか楽になって、猫背になってため息をつく。

「原田、ご苦労さん! どうした、そんな青い顔をして?」

 顔を上げ、原田は苦笑いをした。
 どんな状況でも変わらない近藤の豪快な声は心底たのもしいのだが、気分が悪い今は少し胃もたれがした。

「あ、局長。すいません、ちょっと、あれが……」

 蔵の中から耳をふさぎたくなるような悲鳴が聞こえて、原田は肩をすくめ、近藤はやれやれとため息をついた。

「ったく、トシの奴は……」
「あれじゃいつ殺しちまってもおかしくないですよ。止めなくていいんですか?」
「トシはこういうことに関しちゃプロだ。間違っても息の根止めちまうようなヘマはしないさ」
「でも、今の副長は普通じゃないですよ。怒りで我を忘れてる」

 近藤は蔵に面した縁側に腰を下ろす。隣を促されて原田もそうする。水の跳ねる音、古高の悲鳴、隊士の怒声、竹刀の音。聞こえてくるのは鳥肌が立つほど不穏な音ばかりだが、近藤は涼しい顔でじっと蔵の入り口を見ていた。

「トシは今回の件で責任を感じてるんだよ。多少無茶やってもしょうがない。大目に見てやってくれ」
「責任って、さんが行方不明になってることにですか? どうしてまた?」
「真選組副長の女は、攘夷浪士にとって利用価値が高いとは思わないか?」
「あぁ、そういうことですか。けど、さんがいなくなってもう三日ですよ。もしそうなら何かアクションがないとおかしいですし、そもそも副長ひとりが責任を感じることじゃないでしょう」
「それをトシに言ったところで、あいつは納得しないさ」
「……なんというか、難儀な性格してますよね、副長は」
「それがトシの長所でもあるんだけどな」

 ははっ、と乾いた声で笑って、近藤は静かに目を伏せた。

 何かを懐かしむような、もう二度と戻らない何かに焦がれるような、ゴリラと呼ばれて馬鹿にされるようないかつい見かけに似合わない寂しい目。近藤はときどきこういう顔をする。ちょっと気持ち悪いからやめて欲しいと原田は常々思っていたが、この時、原田の脳裏にある情景が思い出された。

 確か、夏のことだった。台風一過で、子どもが絵具で塗ったような青空が広がっていた蒸し暑い日だった。台風が運んできた湿気と夏の日差しで屯所の庭には海原のような雑草がおい茂っていて、が草取りをしていた。非番の隊士達が進んで手伝いに集まっていて、近藤や土方や沖田も、仕事の合間を縫って冷やかしにきていたのだ。

 沖田が「これ、手のひらにこすりつけると虫よけになるらしいですよ」と嘯き、土方の手にそれを握らせ、いたずらに思い切りその茎を引っぱると、雑草は良く鍛えられた刀剣のように切れ味鋭く、土方の手のひらを横断するように切り裂いた。鈍い痛みに沖田を怒鳴ることもできずもだえ苦しむ土方の、おかしなことと言ったらなく、も涙を流しながら笑い、傷を消毒してやるたびに声にならない悲鳴を上げる土方を見てまた笑っていた。

 この蔵の前の庭でのことだった。あんなに穏やかで明るくて、平和で幸せな夏の日は、拷問を受けもだえ苦しむ男の悲鳴が響く寂しい秋の庭と同じ場所での出来事だったのだ。

 近藤が何を懐かしがってこんな顔をするのか分かったような気がして、原田は何も言えなくなってしまった。の笑顔が、沖田の度が過ぎるいたずらが、土方の情けない横顔が懐かしくて、原田はいかつい見かけには全く似合わない切ない顔をしてうなだれた。

ちゃんには、早く帰ってきてもらわねぇと困るな」

 近藤がかみしめるように言った言葉に、原田は心から同意して頷いた。

「本当に、そうですね」










3/4 20161230