沖田はとある公園のベンチに腰掛け、容赦なく襲ってくる眠気と戦っていた。
 昨日は岩城屋から押収した資料の整理をしていて遅くなってしまって満足に眠れていない。それでも近藤や土方に比べれば十分休めている方だし、沖田は普段から仕事の暇を見つけてはこっそりさぼるのが上手い。今こうしていられるのも、一番隊の分担を全て隊士達に任せてきてしまったからだ。

 らしくもなく、働きすぎている。ちょうど雲が風に流されてきたのか、日差しが和らぐ。誘われて目を閉じた沖田の脳天に神楽の番傘が振り下ろされた。

「公務員風情がこんなところで昼寝なんていい度胸あるナ」

 声にならない悲鳴を上げてうずくまる沖田を、神楽は軽蔑の眼差しで見下ろした。

「……て、てめぇ……、いきなりなにしやがんだよくそが……!」
「す、すいません、沖田さん。大丈夫ですか?」

 新八が沖田を気遣う。定春が噴水のそばで大きなあくびをしていた。

「何の用だよ? こちとら爆破テロ事件の捜査で忙しいんだ」
「よく言うネ。こんなときに仕事ほっぽり出すナんて! 今、がどんな気持ちでいるかちょっとでも想像してみようと思わないアルか!?」
「想像して事件が解決すんのかよ」
「それで、捜査はどうなってるんですか? さんはまだ見つからないんですか?」

 沖田はずきずきと痛む頭を抱えて、どう答えるべきかを考えた。本来なら、一般人に事件の捜査について情報をもらすわけにはいかないのだが、万事屋には山崎がの捜索について協力を頼んでいる。もちろん正式な捜査依頼ではない。かといって、を探し出すためには猫の手も借りたい状況であることには変わりなかったし、いつものように真選組と万事屋で仲違いをしている場合でないことも分かっている。

「……手掛かりはあった」

 沖田は顎をしゃくって、公園に面した宿を指し示した。

「やっぱり、あそこにいたんですね。さんは」
「知ってたのか?」
「僕、あの宿で迷い犬を見つけたんですよ。あの時僕が気づいていれば、さんを助けられたかもしれないのに……」
「今更なに言ったってしょうがねぇだろ。それより、その犬が岩城屋で爆発したって聞いたぜ。だから俺が昨日あそこに乗り込んだんだ。もぬけの殻だったけどな」
「手掛かりって、何が残ってたんですか?」
「縫いさしのふきん。さん、趣味だっつってよく縫ってたんだとさ」
「それに気づいたのは私ネ!」
「人質に取られた場所で縫い物してたって言うんですか?」
「あの人、見かけによらず肝が据わってっからな。もしかしたら、俺らが助けに行く前に自力で逃げ出してくるかもしれねぇぜ」
「でも、相手は攘夷浪士なんでしょう? しかも立て続けに爆破テロを仕掛けてくるなんて、ただものじゃないですよ。女性ひとりで逃げ出してくるなんて無茶でしょ」
「それはどうかな」
「ずいぶんを信用してるアルな」
「お前よりは付き合い長いからな」
「それで、どうして沖田さんはあの宿を見張ってるんですか?」
「お前らこそ、犬っころ見つけた宿にまた何の用だよ?」

 新八と神楽は意味ありげに目配せをした。

「実は、銀さんがさんを探しに出たっきり戻らないんです。だから、銀さんが帰ってくるまでは、僕たちにできることはなんでもやっておこうと思って、宿の女将さんに話を聞いてきました。あの犬、宿に迷い込んできたときは既にあの首輪をつけていたそうですよ」
「つまり?」
「宿にいた攘夷浪士があの首輪の爆弾を仕掛けたのではないんじゃないかってことです」
「複数犯がいるってことか? そりゃまた面倒くせぇ話になってきたな」
「岩城屋に家宅捜査が入ったって聞きましたよ。浪士との火薬のやり取りがあったとか聞きましたけど」
「あぁ、おそらく黒だな。今回の爆破テロ、あれだけの火薬を調達するにはそれなりにでかいパトロンがいねぇと説明がつかねぇ」
「首輪の爆弾は、岩城屋が仕掛けたものだとは言えませんか?」
「……自分の会社を爆破して、その罪を攘夷浪士になすりつけようとしたってことか? まぁ悪くない線だな」
「犯人の攘夷浪士は後ろ盾を失って窮地に立たされているはずです。なんのためにさんをさらったのか目的は分かりませんが、ここぞという時の切り札にするつもりなんじゃないですか?」
「つまり、まだテロは続くと?」
「僕はそう思います」
「切り札っつったって、さんがどうしてそんな役に立つ人間だって思えるんだ? 一般人ひとり人質に取るくらいなら他にもっと利用価値のある要人がいそうなもんだけどな」
「おいぃ! お前、をけなすつもりアルか!?」
「うるせぇよ。いきなり大きな声出すな」
「沖田さんは、銀さんが伝説の攘夷志士・白夜叉だと知っているんですよね?」

 沖田は目を見張った。
 銀時が伝説の攘夷志士白夜叉だと知ったのは、攘夷組織・知恵空党と真選組、見廻組との抗争の折のことだ。見廻組に命じられて潜入捜査をしていた銀時が、自分の口からそう名乗ったのだ。

 新八は続けて言う。

「銀さんが帰ってこないのは、そのことが関係してるんじゃないかと僕達は思ってるんです。さんはきっと、攘夷志士同士の取引のために人質に取られている。銀さんはそれをどうにかするために、動いているんだと思います」

 新八は確信を持っているようだ。
 沖田はあくまでも冷静を装って答えた。

「それが本当なら、旦那は今度こそ豚箱行きかもな」
さんの命が助かるなら、銀さんはそんなこと何とも思わないと思いますよ」
「そうネ。自分のせいでがこんな目に遭ってるっていうだけで内臓ねじ切れそうになってるはずアル」

 あの死んだ魚のような目をした得体の知れない男が本当のところ何を考えているのかは分からないが、新八と神楽は根が素直な性格をしている。ふたりがそう言うなら、そうなのだろう。

「ところで、土方さんはどうしてるんですか?」
「どうもこうもねぇよ。あいつがあんまり頼りねぇから俺がこんなキリキリ働かなきゃならねぇんだぜ。いい迷惑だよ」

 沖田は心底うんざりしていると言いたげにしっしと手を振る。
 新八は苦笑いをした。

「そんな言い方しなくても……。昨日ちょっと見かけましたけど、寝る間も惜しんでさんを探しているような顔してましたよ?」
「寝る間を惜しんで肝心な時に役に立たねぇなんてことにならなきゃいいけどな。あいつはいろいろ考えすぎるとこがあっていけねぇよ。勝手に妄想して消耗して、まったく世話ないぜ」
「あぁ、土方さんってそういうところありますよね。悪い想像を膨らませすぎて自分でそれに振り回されちゃう感じ……。それで自滅しなきゃいいですけど」
「そうなったら、今度こそ副長の座は俺のもんだな」

 男ふたりがうんうんと頷きあっているのを横目で見ながら、神楽はじゃれてくる定春の頭を撫でてやっている。

 男どもときたら、呆れるほど馬鹿だなと思う。
 銀時は万事屋に帰って来ず、どこまでもひとりでを探し出そうとしているのだろう。どうしてそう何でもひとりで背負い込もうとするのか全く意味が分からない。これまでだって、ひとりじゃどうにもならなくなって新八や神楽に助けられたことが何度もあるのに、銀時は肝心な時にも絶対に誰かを頼らない。こちらから強引に押しかけていかなければ、その硬い扉は絶対に開かないのだ。銀時を助けたいと思っている人間は大勢いるのに、どうしていつまでたってもそれが分からないんだろう。

 土方も銀時と似たようなものだ。ひとりでうじうじ悩んで悪夢にうなされて、自分だけが辛い思いをしているとでも言いたげな顔をして、どれだけ周りに心配をかけているのかをまるで分かっていない。誰もが土方に気を遣って優しくしてくれていることには気づかないのだ。土方を目の敵にしている沖田でさえそうだというのに。

 考えているうちに、神楽はだんだん腹が立ってきた。これはただのカンだったが、きっと状況は芳しくない。だというのに、男どもは皆みっともないし馬鹿で使えない。沖田は真っ昼間から仕事をさぼって昼寝に勤しんでいるし、新八はなんだか頭でっかちなことばかり言っている。

 だったら、自分がやるしかない。

「新八。私は定春と行くネ。お前はそのポンコツと情報収集でもしてロよー」
「え? ちょっと、待ってよ! 神楽ちゃん!」

 去り際、定春が後ろ足で土煙を巻き上げ、男ふたりは盛大にむせた。








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