新八が迷い犬を飼い主に届けにやってくると、そこは既に蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
貿易商「岩城屋」の看板が掲げられたビルは黒い煙を上げていて、消防車が地上から長い梯子を伸ばして逃げ遅れた人々を助け出そうとしている。ビルの正面玄関からは後から後から波のように人が駆け出してくる。ビルを囲むように停まっているパトカーのサイレンがあちこちで鳴っていて頭の周りを回るようだった。
犬を抱きかかえたまま様子を伺っていた新八は、見慣れた背中を見つけて駆け寄った。
「近藤さん!」
煙を吸って救護を待っていた子どもに付き添っていた近藤は、煤に汚れた顔を上げた。
「おぉ! 新八君!」
「一体何があったんですか?」
「また爆発があったんだ。おそらく過激派によるテロだ」
「もしかして、この間の爆破テロの犯人がまた?」
「その可能性はあるな。さぁ、ここは危険だ。新八君も早く逃げろ。その犬はどうした?」
新八は犬を抱え直し、心配そうにビルを見上げた。
「岩城屋さんのお嬢さんのペットなんですよ。散歩の途中で迷子になってしまったのを探して欲しいって、万事屋に依頼があって、今日やっと見つけたんです」
「そうだったか。岩城屋なら、随分前に避難したかと思うが……」
「局長!」
そこへ山崎が駆けてきた。ビルの中にいたのか、顔が煤で真っ黒になっていて黒い隊服も黒い煤でさらに黒く汚れていた。
「火災は鎮火しました! 避難も完了して現場検証に入っています」
「火元は分かったか?」
「岩城屋の倉庫です。まだ確定ではありませんが、先日の爆破テロで使用された爆発物と似た破片が見つかりました。おそらく同一犯です」
「やはりな」
「それから、局長」
山崎は新八の視線を気にするような素振りを見せたが、近藤が何も言わないのでそのまま続けた。
「これは副長の命令で動いていたことなんですが、実は俺、岩城屋を内偵してたんです」
「岩城屋を?」
「えぇ。実は、攘夷志士に火薬を横流ししているという噂があったんですが、今回使用された爆弾と、岩城屋で取り扱っている火薬の種類が一致しました」
「よし。岩城屋に事情聴取だ。急げ」
「はい。手配します」
新八は途方に暮れた。犬を届けに来ただけなのに、どうやらそれも難しくなってしまったようだ。どうしたものかと腕の中の犬を見下ろすと、犬も状況を分かっているのか、どことなく悲しげな顔をしているようにも見えた。力なく揺れた尻尾が新八の腕を力なく叩く。やけに太く豪華な首輪にぶら下がった銀色のプレートはハート型で、犬の名前らしいアルファベットが彫り込まれている。
「あれ、新八君、その犬……」
突然、山崎が顔色を変えたのを見て、新八は首を傾げた。
「何ですか?」
「新八君! 今すぐそれ離して……!!」
山崎が伸ばした腕が犬の首根っこを掴んでそれを放り投げるのと、新八が犬に向かって手を伸ばすのと、放り上げられた犬が空中で爆発したのはほとんど同時だった。
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6/8 20161212