警視庁、見廻組の局長室である。
佐々木異三郎はよくクッションの効いた革張りの上等なソファに腰かけて、携帯電話に視線を落としたまま言った。
「真選組副長が風聞も顧みずこんなところまでのこのこと……。何か悪いものでも食べましたか?」
佐々木の嫌味はいつも通りの鋭利さを保って土方のこめかみの辺りを執拗に突いてきたが、それに構っていられるだけの余裕は土方にはなかった。
「聞き及んでいると思うが、爆破テロ事件の後、民間人ひとりの行方が分からなくなっている。おそらく、犯人に拉致された可能性が高い」
「
さんと言いましたっけ。真選組で家政婦の仕事をなさっていたとか」
「……そこまで知っていたか」
「言ったでしょう。私、真選組のファンですから。真選組にまつわる情報ならどんなくだらないスキャンダルでも耳に入れておきたいものなのです」
佐々木はほんの一瞬携帯電話から視線を上げると、意味ありげに土方を見た。
「恋人を攘夷志士に攫われ、その生死も分からず捜査は難航。そりゃ、なりふり構っていられませんよね」
そこまで知られていてはもう何も取り繕うことはできない。土方は初めて、佐々木に向かって深々と頭を下げた。
「恥を忍んでお頼みする。行方不明者の捜索のため、見廻組の力をお借りしたい」
佐々木は土方に目も向けず、携帯電話のボタンをプッシュしている。
「捜査の応援ならば既に手配しました」
「幕府のお膝元で、数多くの業績を上げておられる貴殿なら、今回の事件について有益な情報をお持ちのはず」
佐々木は蔑むように土方を一瞥した。
「あなたにはがっかりしましたよ。捜査に行き詰っているとはいえ、私を頼るなどあなたらしくもない。私が好きな真選組は、あなた方が決めたあなた方の信念によって守るべきものを守り抜いてきたじゃありませんか。どうして今回はそれができないと早々に決めつけているのですか?」
土方は頭を下げたまま動かない。
佐々木はなおも言った。
「あなたの恋人なら、あなた自身が守り抜いてやらないでどうするのです。そんなこともできないくせに真選組副長の名を背負っているのですか? 鬼の副長とも恐れられる男が、聞いて呆れますね。こんなところで頭を下げる暇があるなら、江戸中駆けずり回って恋人を探しておやりなさい。死に物狂いで、恥も外聞もなく、できるだけのことをおやりなさい。私に頭を下げるのはそれからでも遅くないでしょう」
土方は打ちのめされたようにゆっくりと頭を上げると、低い声で「失礼する」と呟いて部屋を出て行った。
それと入れ替わりに、今井信女がやってきた。
「何様のつもり?」
信女は片手を腰に当て、傲然と顎を上げ、佐々木を睨み付ける。佐々木は信女の顔色を窺うように視線を上げたがすぐに逸らした。
「聞いていたんですか」
「異三郎の口から、あんな言葉を聞くとは思わなかった」
信女は自分でも佐々木を責め立てようとする衝動を抑えきれずにいた。制御できない苛立ちが体の中を蠢いて、タガが外れたら、相手が佐々木だろうと一太刀くらい浴びせてやらないと気が済まないような気さえした。
「……自分のことは棚に上げて、よくあんなことが言える」
佐々木は数年前、自身の過失で妻を失い、信女もその片棒を担いだ。それはふたりを縛る重い鎖だった。
「それは、重々承知の上です」
佐々木は信女の苛立ちを受け止めるように静かに目を閉じると、自分に言い聞かせるように話した。
「同じ過ちを繰り返して欲しくないと願うのは、年長者のサガです。それを若い者がどう受け取るかは分かりませんが、自分の罪を棚に上げてでも言う価値はあると思っています。何せ、私は真選組のファンですから。まぁ、彼らなら私が手を回さずとも独力でどうにかするでしょう。今回は鬼の副長があんまりみっともないことを言い出すものだから、つい説教臭くなってしまいました」
「手は貸さないつもりなのね?」
信女がそう言った時、佐々木の携帯電話が可愛らしい着信音を鳴らして震えた。
佐々木はその液晶を見やると、表情を変えずに瞬きをした。
「見廻組は、ね」
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5/8 20161212