銀時が夜通し探し回ってようやく見つけた桂は、江戸の外れの廃寺にいた。指名手配犯のくせに歌舞伎町のパブで客引きをしたり、真っ昼間からラーメン屋で蕎麦に舌鼓を打っているような男が、いかにももっともらしい場所に身を隠しているということが事態の深刻さを物語っているようで、銀時は落ち着かなかった。

「なんだ、お前も呼び出されたのか? 銀時」

 エリザベスと並んだ桂は腕組みをし、いたって真面目な顔をして言った。

「呼び出された? どういうことだ?」
「なんだ、違うのか?」
「俺はてめぇに聞きてぇことがあっただけだ」
「後にしてくれないか。俺は今忙しいんだ」
がいなくなった。何か知らねぇか?」
が?」

 桂が銀時を睨み付けると、エリザべスも「え? が?」と書かれたプラカードを振り上げる。

「何かあったのか?」
「一昨日から行方不明なんだ。どうやらあの爆発テロの現場付近にいたらしい。どうせお前ら攘夷志士の仕業なんだろ? 何か知ってることがあるなら教えろ」
「悪いが、のことは何も知らん。ただし、あの爆破テロ事件が攘夷志士の仕業であることは認めよう。だからこそ俺はここに来た」

 桂は袖の下から一枚の書状を取り出して銀時に差し出した。この寺の名前と時間だけが書かれていて、端に吉田という署名があった。文字は整っていて、線が細い。

「吉田? 誰だ?」
「過激派攘夷志士の筆頭だ。徒勇隊という組織を率いている。元は鬼兵隊内の一部隊だったのだが、高杉と対立して離反したと聞いている」
「高杉と?」
「おやおや、おふたりそろい踏みですか? どうやら俺は運がいいらしい」

 突然、突き刺すように響いてきた声に銀時と桂が振り返ると、男がひとり立っていた。藍色の着流し、腰には刀と脇差を帯刀していて、口元には胡散臭い笑みを浮かべている。

「お前が吉田か?」

 銀時が腰の木刀に手を掛ける。桂が一歩前に出てそれを遮った。

「随分無茶なことをしたな。おかげで江戸中大騒ぎだ」
「悪かったよ。ただし、あれは徒勇隊の計画にもなかったことだ。俺たちにとっても痛手なんだ」
「どういうことだ」
「火薬の輸送中のミスだ。仲間がひとり死んだ。それから、真選組に部下がひとり捕縛されている」
「爆破テロ事件の実行犯だそうだな。どうやら尋問を受けているらしい。計画が幕府に露見するのも時間の問題だぞ」
「知っているなら言わせないでよ」
「おい、俺にも分かるように説明しろよ」

 そんな情報をどこで仕入れてきたのかと、銀時は桂の横顔を不思議そうに見やる。

「古高は拷問の訓練を受けている。心配しなくても、簡単に俺達を売るようなまねはしないさ」
「これからどうするつもりだ? まさかあの計画を実行するわけにはいくまい」
「あれ? 桂さんはあの計画には反対してたんじゃなかったっけ?」
「それは今も変わらん。ただ、貴重な人材をこんなことのために失うわけにはいかんのだ」
「おい、無視すんなよこら」

 吉田は笑った。何がそんなにおかしいのか、喉の奥から湧き上がるものを堪えるように。桂はその笑い声にかぶせるように宣告する。

「悪いことは言わん。お前、このまま江戸を出ろ。体制を立て直してから、また戻ってくればいい」
「そういう訳にはいかない。もう後には引き返せないところまで来ているんだ」

 吉田は話の流れについて来られていない銀時を流し目で見やる。
 銀時はうすら寒いものを感じて唇を嚙み締めた。

「会うのは初めてだね、白夜叉・坂田銀時さん。桂さんに会った後に坂田さんのところへ行こうと思っていたから、今日ここへ来てくれて嬉しいよ。手間が省けた」
「俺に何の用だよ?」
「ふたりに頼みがある。計画を実行したい。力を貸して欲しい」
 
 銀時と桂は得体の知れない違和感を覚えて顔を強張らせた。この話の流れで、どうしてそんな頼みをふたりが聞き入れると思えるのだろう。しかし、吉田は根拠の知れない自信を湛えて微笑みを崩さない。

「そんな頼みを聞き入れられると思うのか?」
「そうだ。そもそも俺は攘夷志士じゃねぇし。どんな計画だか知らねぇが、どうせろくでもねぇことなんだろ」

 吉田は懐から何かを取り出すと、それを顔の横で振って見せた。それは女物の巾着だった。使い込まれているが古臭くはなく、何度か手直しをした跡が持ち主の人柄を表している。それを見て、銀時は血相を変えた。

「どういうことだ?」

 吉田は笑みを崩さないまま言った。

さんを預かっている」
「何!?」

 その巾着は、銀時と桂にも見覚えがあるくらい昔から、が大切に使ってきたものだった。

「ふたりが計画の実行に協力するなら、さんを解放しよう。だがそうでないなら彼女の命は僕がもらう」

 吉田が言い終わるか言い終わらないか、銀時は木刀を振り上げて吉田に斬りかかった。吉田はすんでのところで刀を構え、鞘でその太刀筋を受ける。

「あいつは関係ねぇだろ」

 獣が唸るように、銀時は言う。吉田がいなした刀が音を立てて空を切った。

「彼女の人質としての価値は想像以上のようだね」
「貴様、のことをどこで知った!?」

 ついに刀に手をかけながら桂が叫ぶ。

「どこで? そんなの決まってるじゃないか。彼女は桂さんと同じ松下村塾の出身だそうじゃないか。同じ門下の者は口をそろえて言っていたよ。白夜叉、そして鬼兵隊総督・高杉晋助の想い人だとね」
「攘夷志士の間にも顔が知られているということなのか?」
「おい、お前も攘夷志士だろうが! なんでお前がその辺把握してねぇんだよ!?」
「そんな話は俺も初耳だ!!」
「まぁそんなことはどうだっていいんだけど。協力してくれるの?くれないの? ふたつにひとつだ。さっさと決めてくれないか?」

 銀時と桂は顔を見合わせてお互いを睨み合った。銀時にはさっぱり理解できていなかったが、吉田の計画を、桂は頑なに拒んでいる。桂は攘夷志士の中でも穏健派で通っているから、その計画はきっとよほど過激で残虐なものに違いない。銀時は犯罪の片棒を担ぐのはごめんだったし、桂もその信条にもとる行為には手など貸したくはなかった。だが、そうしなければの命が危うい。どちらを選ぶべきか、双方の天秤に乗った重しは天秤の支柱を震わせるほどふたりには重かった。

「少し猶予を上げた方が良さそうだね」

 吉田はふたりの目の前で指を三本立てて宣言した。

「三日後、ふたりの答えを聞こう。それまでは彼女の命は保証する」
「そんな話信じられると思うか? なんなら、今ここでお前を再起不能になるまでぶちのめしたっていいんだぜ」
「俺にも事情はある。今言ったことは嘘じゃない。それに、そんな迷いのある太刀筋じゃさすがの白夜叉といえど負ける気はしないよ」

 吉田はの巾着を懐にしまうと、踊るような足取りで踵を返す。後ろから斬りかかられるとも思っていないような風情で、銀時も桂もその背を追うことすらできなかった。








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