川面に何かが浮いていた。

 ゆらゆらと不安定に揺れていて、水草にでも引っかかっているのか一定の場所から動かない。霧が濃くてよく見えない。橋から川原へ降りる。足を進めるたび、湿った草がさくさくと鳴る。指先に触れた草の露が爪を濡らす。
 水面に広がる艶やかな着物、黒く長い髪、白く細い腕と足首。遠目から見れば日本人形のようだったが、近づけば近づくほど、そうではないことが分かった。水面に浮いているのは人間だった。
 無意識に小走りになる。靴を履いたまま川に入る。川の水は灰色に澱んで両足にまとわりつくように重い。両腕を使ってそれをかき分け、腰まで水に沈みながらどうにかそこまでたどり着き、うつ伏せに川面に浮いている人間の体をゆっくりと表に返す。

 変わり果てたの死に顔は、土方が想像していたよりずっと安らかだった。





 水底から浮上して初めて呼吸を覚えたような息をして、土方は夢から醒めた。目の前には見慣れた天井が広がっていて、人の顔のように見える染みが土方を嘲るように見下ろしていた。
 夢と現実の境をしばらく彷徨った後、のそりと布団から起き上り、両の手のひらを見下ろして吐き気に耐えた。ただの夢だというのに、水面に浮かぶの体を抱いた感触が指先に残っているような気がした。目を閉じても、真っ白なの死に顔が瞼に焼き付いて消えない。
 土方は震える指先を握りしめ、ただただじっと夢の衝撃に耐えた。






「あれ、土方さんは?」

 朝一番の会議に時間ぎりぎりでやってきた沖田は、上座に座る近藤に開口一番尋ねた。

「トシはもう出たぞ。警察庁での会議に出るそうだ。俺が行くと言ったんだがな。ついでに見廻組と打ち合わせをしてくるそうだ」
「へぇ。そりゃまた、どういう風の吹き回しで?」

 見廻組局長・佐々木異三郎と土方は犬猿の仲で有名だ。真選組隊士ならばそのことは誰でも知っている。沖田の疑問ももっともだ。

 近藤はたしなめるように目をすがめて、黙ってそこに座るようにと、沖田に向かって手を下げた。
 近藤は、土方が人一倍責任を感じているために冷静でいられなくなっていることを知っている。けれど、それを隊士達には気取られないようにしようとしていた。の安否を気遣って隊全体が団結している今、土方ひとりに責任をなすり付けたり、犯人扱いしてしまっては隊の結束が乱れてしまう。そうなったら捜査はうまく進まないだろう。

「よし、全員そろったな。山崎、昨日までの捜査の状況を説明してくれ」
「はい!」

 あまり寝ていないような顔をした山崎が、それでもきびきびと立ち上がる。
 誰もがそうだった。眠くて腹が減って仕方がなかったが、そんな甘えたことを言っている場合ではなかった。








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