週末の江戸は人で賑わっている。
 巡回パトロール中の原田は、パトカーのハンドルを握ったまま、注意深く町行く人々を観察していた。この強面に睨まれると肝の小さいものは萎縮する。つくづく警察というものは自分の天職だなと、原田はどこかしみじみと思う。

「では、監察方はまだ内偵中ですか?」
「あぁ。大した手がかりも見つからんようだし、今回は見当が外れたのかもな」

 助手席に座る土方と打ち合わせとも言えないような話をしながら、原田は土方の冴えない横顔を盗み見た。

「でしたら、こっちの案件にもっと人を回してくださいよ。十番隊はもう手一杯なんですから」
「甘えたこと言ってんじゃねぇよ。手一杯なのはどこも一緒だ」

 土方はどことなく注意散漫だった。その目には力がなく、咥えたままの煙草の灰が今にも零れ落ちそうなのに放っておくから、手の甲にそれが落ちて、みっともなく「あっちぃ!」っと呻いたりしている。つっこむのもかわいそうなので、原田はそれを見て見ぬ振りをした。

 商店街の入り口に面した大きな十字路で信号待ちをしていると、原田の目にの姿が映った。大きな買い物かごを手に下げ、八百屋の店主と話をしている。夕食のための買い出しにでも来たのだろうか。笑顔を浮かべて大きなかぼちゃを指差す姿はとても和やかで、原田はつられて口元をほころばせた。
 その途端、隣に停まっていた車の後部座席のいた子どもが、火がついたように泣き出した。原田の胸に小さな棘がちくりと刺さる。

さんと、何かあったんですか?」

 藪から棒に尋ねた原田を、土方は渾身の力を込めて睨みつけた。

「あぁ? なんか言ったか?」

 原田はその迫力に押し負けて口をつぐむ。けれど、こうむきになるということは原田の想像も案外的外れではないようだ。
 腕組みをしてだんまりを決め込んだ土方を尻目に、原田はゆっくりとアクセルを踏む。もう一度の姿を探そうとしたけれど、雑踏に紛れてしまってもうどこにいるのか分からなかった。

 原田をはじめとして真選組の隊士達は誰もが、土方がとどんな付き合い方をしているのか知らない。ときどきふたりきりで話をしているところを見かけると、見てはいけないものを見てしまったかとつい身構えてしまうけれど、よくよく耳をすませていると、なんということはない、仕事の細々したことを話しているだけだったりするのだ。ふたりとも良い年をした大人だし、立場も考えてわきまえているのだろう。

 けれど、土方とが付き合うようになってからふたりの空気感は見違えるほど変わった。土方は以前と比べてほんの少し肩の力が抜けたように見えたし、はもともと透明感のある美しい人だったがさらに磨きがかかった。副長の女に手を出すわけにはいかないから、隊士達は何も言わないけれど、そうでなかったら誰も黙っていないだろう。

 喧嘩をするほど仲が良い、とはよく聞く話だし、土方の不機嫌の原因がそれなら、なんて平和なことだろう。原田はとても穏やかな、菩薩になったような気持ちで微笑んだ。パトカーの前を走っている車に乗っている犬が、原田に向かってぎゃんぎゃん吠え始めた。

「まぁ。何かあったら相談に乗りますよ。伊達に年食っちゃいないですからね、俺も」
「別に何もねぇよ」
「またまた、副長ってばそんな強がっちゃって」
「だから何でもねぇって言ってんだろーが! いい加減にしねぇと切腹させんぞ!?」
「はいはい、分かりましたよ。あっはっは」
 
 と、その時、無線からけたたましいアラームが鳴り響いた。それにかぶさるように、電子音の隊士の声。

『緊急連絡です! 原因不明の爆発事故発生! 場所は本町……』
 
 原田はパトカーのサイレンを鳴らすと、進入禁止の交差点で無理にUターンをしてアクセルを踏み込んだ。








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