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5 さりげなく、告白 試合後の選手控室は試合の興奮が冷めないままの熱気と汗の臭いに満ちている。スライディングで土と草の色がうつった靴下に、汗とドリンクでびしょ濡れのユニホーム。つまり、非常に男臭い。はそれを経験から学んでいるので、挨拶はいつも試合の前に済ませてしまう。試合の後に顔を出すことは滅多にない。それをみんなよく知っているので、心置き無く自由な格好で体を休めていた。 「おい、翼。今日飲みに行かねぇ?」 五助が大きな体と大きな声で言う。鼓膜を揺るがすその声に翼は嫌そうに目を細めた。 「どーせすぐスペインに戻ってまうんやろ? 今のうちに付き合えや」 そう言うのは直樹だ。今日は二人共控えに入ったまま出番がなかったため、体力がありあまっているようだ。 「悪いけど、明日早いから帰る」 翼は清潔なTシャツを頭から被る。試合中ひとつに結っていた髪は解かれて、無造作に背中に流れたままにしていた。 「ていうか、今のうちとか言ってこの間も飲んだだろーが」 「それ同窓会やろ。細かいこと気にすんなや」 「明日って、もう戻んのか? 忙しいやつだな」 「いや、箱根行くんだよ」 「箱根!?」 「なんでや!? 急やな!」 「親が来いってさ。久しぶりに帰ってくる息子と旅行先で家族団欒を囲みたいんだと。全く試合の事はすっかり忘れてたくせして、勝手にもほどがあるよね」 いつもの翼節、マシンガントークが炸裂するかと五助と直樹は身構えたが、翼は手際よく着替を終えて荷物の整理のためにベンチに腰を下ろした。その一連の動作を目で追い掛け、二人はきょとんと目線を交す。明らかに常の翼ではない。試合中はいつもと変わらずきつい言葉で激を飛ばしていた。試合の後に疲労でモチベーションが落ちる翼は誰も見たことがない。当然、何かあったのかと勘繰ってしまう。 「あれ、翼。と一緒に帰るんじゃねぇの?」 「いや、別にそんな約束してないけど」 「なんで? 今のとこいんだろ?」 「待たせるのも悪いだろ。それにあいつ今日夕飯つくるとかどうとか言ってたし。買い物でもしてるよ」 「え、なにそれ」 と、今までさして興味がなさそうにしていたのに、政輝が思わずといった風にこぼした。 「なんでお前が驚くねん」 直樹がすかさずつっこむと、五助も隣でうんうんと頷く。政輝は表情を変えずに正直に答えた。 「いや、全部話したからさ。怒ったんじゃねぇかと思ってたんだけど」 「なんやねん、全部って」 「同窓会とか、直樹が言ったこととか、五助が言ったこととか」 「俺、になんか言った?」 「知らん。俺も別に何も言ってへんで」 そうして二人は、何訳分かんないこと言ってんだよ政輝ー、とか言って笑った。どうやら自分たちがしたことがにどれだけ迷惑を掛けているのか理解していないらしい。二人の警戒対象は翼だけのようだ。この有り様では、後で本人からどんな仕返を受けるか分かったものではない。 「政輝。それどういうこと?」 翼は皮肉たっぷりに言うが、その表情は穏やかでなかった。当然と言えば当然だ。失恋が原因で、何かの気休めになるかと興味の薄かった同窓会に出席してしまったあげく、酔った友人にそそのかされの実家からアパートの合鍵まで借り、幼馴染みとはいえそのまま連絡もなしに部屋に侵入してしまったという事実が、今回唯一最大の被害者にばれたというのだから。 「別に俺は本当のこと言っただけだし?」 黒川は両手を上げてとぼけてみせた。今更何をしたところで、本当の意味で復讐を受けるのは五助と直樹なのだ。身の安全は保証されているのだから、その他のことは例え友人のことでもどうでもよかった。 「悪かったな、迷惑かけて」 と翼は二人で鍋をつついている。みそをベースにした紅鮭メインの石狩鍋だ。二人分にしてはやたらと鍋が大きいが(が実家から借りてきた)、プロサッカー選手である翼は普通の成人男性よりも食べるのでこれくらいがちょうどいい。 翼はビールを飲んだり具をつついたり、手を動かし続けている。照れ隠しなのかどうか、またはその言葉を口にするのに相当な勇気を振り絞ったのか、いつになく素直な翼を見て、は驚きを隠せずにいた。 「結局俺の勝手だったわけだし、お前には本当関係なかったし」 「いや、関係ないわけじゃないけど。玲は私の姉なんだし」 「全然似てないけどな」 「それはどうでもいいんじゃない?」 「お前にしとこうかって思った時もあったんだよ」 「はぁ? 何それ?」 は目を見張った。翼はを見ない。けれど何かを思い出すように落とされた視線は穏やかだ。いつも通りの翼の目立った。 「直樹じゃねぇけど。こんな風に言ったら聞こえ悪いけどさ」 「……ホントにね」 「中学とか、そのくらいの時の話だけどね。あまりにも似てないから結局気持ちも芽生えなかったよ」 「失礼な話だね」 「だから、悪かったって。今はなんとも思ってないし、逆に久しぶりに話せてよかったよ。ありがとな」 翼は言って、少しはにかんで笑った。ここへきて初めて見る純粋な視線で、は嬉しくて思わず息を漏らして笑った。 「なんか、いつになく素直だね」 「悪いかよ」 「明日は雨かもね。せっかくの箱根なのにね」 「土産買ってきてやるから。根に持つなよ」 「温泉まんじゅうがいいな。ゼミの子の分も買ってきてね」 「調子に乗るな」 翼はそう言って、ささやかに笑った。 20070929 修正 |