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 これまで、誰かを応援するなんて一度もしたことがなかった。応援したいと思う人がいなかった。

 玲はプロのサッカー選手として活躍していたけれど、試合を見に行ったことは一度もなかったし、サッカーについての話をしたこともなかった。サッカーで父に認められている玲がうらやましかったからだ。同時に嫉妬していたかもしれないし、妬ましく思ってもいたのかもしれない。玲がサッカーをして、そこで成功して、活躍しているから、サッカーをしない私は父に嫌われるのだと思っていた。玲のせいで、私がこんな辛い目に合うのだと。

 そんな玲を応援する気になんて、とてもなれなかった。けれど、父は実の姉を応援しない私を叱りこそすれ、許してはくれなかった。父の世界はサッカーを中心に回っていて、それに追従しない私が父に受け入れられるはずがなかったのだ。

 そんな家族を応援するなんて、できるわけがなかった。

 玲に誘われ東京選抜のマネージャーを務めることになったはいいものの、どうすればいいのかまるで分からなかった。マネージャーなら、チームを一番に応援してしかるべき立ち場であるのに、自分にそんなことができるとは思えなかった。せめて与えられた仕事だけは精一杯こなそうと頑張ってきたつもりだ。

 けれど、今になって思う。どうして、「頑張って」というたった一言を、今まで一度も口にできなかったんだろう。もっとたくさん、みんなを応援していればよかった。

 この合宿を終えれば、このチームのプログラムは終了し、同じメンバーでチームになることはきっともうない。

 私は自分が考えていること、思っていること、感じていることを言葉にすることが苦手だ。私の心が感じていることを言葉しようとすると、喉に何かがつっかえてまるで窒息する寸前のように苦しくなる。たぶん、私の喉は狭く細くて、よほどの言葉でなければそこを通って体から出てこられないのだ。

 けれど、「頑張って」という気持ちは、ずっとここにあった。ただ、言葉にできなかったのだ。

 でも、これからはいくらだって言いたい。なんの力もないかもしれない。それはただの言葉かもしれない。でも、私が「頑張って」と、初めてみんなに伝えられたとき、みんなが一斉にこちらを振り向いて驚いた顔をして、その後、みんなが同じ顔をして笑ったのだ。私はあの光景を、きっと一生忘れないだろう。私の言葉ひとつで、みんなが笑顔になったあの瞬間は、私の一生の宝物だ。

 私は、みんなを応援する。これからずっと、この合宿が終わっても、東京選抜の強化プログラムが終了しても、二度と全員そろって同じチームを作ることはなくても、メンバー同士が対戦相手のチームになっても、誰がどんなチームでプレーしようと、どこへ行っても、私はみんなを応援する。

 私を変えてくれたのは、東京選抜のみんなだから。

 「頑張って」のひとことが、こんなにも誰かの力になることを教えてくれたから。





 合宿は終った。

 九州選抜戦を勝ち抜いて、関西選抜との決勝戦に挑んだ東京選抜は、風祭がハットトリックを決める大活躍を見せた。けれど、プレー中に接触して、左膝をひどく痛める大怪我をした。

 医師からは、二度とサッカーはできないだろうと告げられたそうだ。

 その知らせを受けて、私は涙が止まらなかった。

 誰よりも一生懸命で練習熱心で、誰よりもサッカーが好きな風祭からサッカーを奪うだなんて、神様はどうしてそんなむごいことをするのだろう。できるものなら、代わってあげたがった。私の足と風祭の足とを入れ替えて、風祭に若草色の芝生の上で思い切りボールを追いかけて欲しかった。

 けれど、現実は夢物語のようにはうまくいかない。

 合宿が終わってしばらくして、風祭は怪我の治療のためにドイツへ旅立つことになった。 治療とリハビリのために、どれほどの時間がかかるのかは分からないという話だった。

 私は、寂しくて寂しくて、仕方がなかった。

 思えば、同じようなことはこれまでにもあった。

 天城はドイツでサッカーをするために東京選抜を辞めた。渋沢は膝を痛めて一時期チームを離れていたし、それと前後して小堤が肩を負傷した。そのときは、風祭が補欠から格上げになったり、不破が新たに召集されたりとメンバーが入れ替わっただけだったけれど、今回は事情が少し違う。

 東京選抜の強化プログラムは終わった。だからみんなとは、これでさよならをしなければならない。

 これを限りに二度と会えなくなる人もいるかもしれない。何せ、天城と風祭は地球の裏側に旅立ってしまうし、そうでない人だって連絡先を知っているのは若菜くらいだ。特別な用事もないのに遊びに誘うなんてできそうにないし、サッカーを通してしか話ができないからそれ以外にどんなことをしたらいいのか分からない。サッカーを続けていたって、チームが分かれて対戦相手となることだってあるだろう。そうなったら、私はどちらのチームを応援すればいいんだろう。もしかしたら、サッカーを辞める人もいるのかもしれない。

 そうなったときのことを考えると、気が遠くなった。そんな未来がくるだなんて、とても信じられなかった。

 それでも、ほんの微かな光を放つ小さな希望を信じていたいという気持ちもある。

 風祭はいつかきっと怪我を治して日本に戻ってくるかもしれないし、サッカーとは全く関係ないところで誰かと偶然に再会できるかもしれない。誰かは日本を代表するトップ選手になって、毎日スポーツニュースを賑わせる存在になるかもしれないし、もしかしたら海外の華々しい舞台で活躍する人も出てくるかもしれない。

 そう思えば、たとえどんなことがあったって、東京選抜のみんながまたひとところに集まってチームを組むことだって、絶対にないなんてことは言い切れないのではないのかな。

 だから私はその日のために、ずっとずっと、みんなを応援していよう。
 いつかまたみんなで集まってひとつのチームを作ったとき、できるなら笑ってそばにいたい。

 神様にたったひとつだけ願いをかなえてもらえるなら、私はそう願おうと思う。





20160404