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30 煙なのか湯気なのかよく分からない白いもやもやが、網の上に立ち昇っている。テーブルに広がっている、サンチュと色とりどりの野菜、そして肉。 「さん、ちゃんと食べてる?」 と、韓国語で話しかけられて、それをツアーコンダクターのキムテソップが通訳する。彼はソウル選抜のキムドハンで、なぜかの隣に陣取って絶えず話を振ってくる。テソップが2人のそばにたまたま居合わせたことが不幸中の幸いで、は始終苦笑いを浮かべて、間を持たせるのに精一杯だった。 「すいません。実はちょっと、風邪気味で……。」 「え、そうだったの? 大丈夫?」 「えぇ、まぁ。もう治りかけなので……。」 「無理はしないでね。何か温かいものでも飲む?」 ドハンとテソップ、2人分の好意的な視線にあてられて、は辟易した。よく似ているとはいえ、やっぱり日本人と韓国人は違う。それだけでもう、何を話していいのか分からなくて頬が引きつってしまう。 がそう思っているのもよく分かっているようで、ドハンは殊更気を使って話しかけたし、テソップも穏やかな眼差しで隣り合う若い2人を眺めた。その光景は、騒がしい焼肉屋の片隅にあっても微笑ましくて、少し離れた席に座る玲とマルコは、顔を見合わせて笑った。 「結人が振られたのって、あの子でしょ?」 そんなを指差しながら潤慶が意地悪そうに言うので、若菜は心底詰まらなさそうに唇を尖らせた。 「だったらなんだよ。」 「結人メンクイなんだねー。」 「っるせぇな、悪いかよ。てかそれ以上傷口に塩を塗るな! これでも傷付いてんだからな!」 「キズグチニシオ? 僕日本語よくわかんなーい。」 「調子いいこと言ってんじゃねぇよ!」 試合とはうってかわって和やかなムードで会食は進む。その立役者は間違いなく潤慶だった。日本語と韓国語を自在に操って通訳をこなしながら、気の聞いた言葉で笑いを誘う。潤慶の人柄の良さがその言葉と笑顔に表れているようで、誰もがその笑顔に心を和ませた。 真田も若菜も、潤慶が昔と変わらずにいることが嬉しくて、つい口が軽くなった。 「でもま、もともと脈薄そうだったもんな。」 「一馬までそんなこと言うなよなぁ。」 「実際そうだったじゃん。」 「確かに。誰が見ても明らかだったね。」 「英士まで……。」 若菜は郭に止めを刺されて、テーブルに並んだ皿を器用に避けて突っ伏した。真田と郭は、潤慶と顔を見合わせて笑った。 「けどさ、ちゃんってよっぽどサッカーが好きなんだね。」 ふいに、潤慶が言った。あまりに意外な言葉に、3人は一斉に疑問符を浮かべる。 「何で3人とも黙るの?」 「いや、さんはそんなにサッカーが好きって訳ではないと思うんだけど。」 と、郭が言葉を選んで答える。潤慶は目を丸くして驚いた。 「なんだ、そうなの?」 「ていうか、なんでそんな風に思ったの? 潤慶、さんとまともに話した?」 「いや。けど、風邪引いて熱出してるのに韓国までついてきちゃったんでしょ? よっぽどサッカーが好きじゃなきゃできないことだと思うけど。」 潤慶の言うことはもっともらしいことだったけれど、その言葉を素直に飲み込めない3人は一様に眉根を寄せた。はサッカーが好き、と言われて、「その通り、彼女はサッカーが大好きなんだ!」なんて、とてもではないけれど言える訳がない。 「いや、さんはそういうタイプの人では……。」 「……確かに。」 「……うん、間違いなく。」 3人ともが難しい顔つきで言いよどむので、潤慶は呆気にとられてしまう。潤慶の言葉を真っ向から否定しないのは、一体誰に対するどんな思いやりだろう? 若菜も真田も郭も、のことを一体どんな風に思っていのだろう? 都選抜のマネージャーなんて望んだって簡単にできることではない。何より、1泊2日で行き帰りできる隣国とはいえ、風邪を引いた体に鞭打って韓国までやってくるなんて、よほどの情熱があってこそだろうに。 3人は額をつき合わせて難しい顔をしていて、潤慶の疑問に答えてくれそうになかったので、潤慶は離れたテーブルでドハンと和やかに笑い合っているを眺めた。 その笑い顔はどこか緊張した面持ちだ。ドハンがやけにを気に入ってしまったようで、食事が始まってからずっとにかまってばかりいる。あんな風に強気な姿勢でからまれたらどんな女の子でも辟易しそうなものなのに、(内気な性格の日本人なら尚更だ。)ドハンはこういうことに関していつも遠慮がない。 そんなことをかんがみても、が特別引っ込み思案だとは潤慶には思えなかった。昨日ほんの少し話をしたは、社交性があるとまでは言えなくても、きちんと目を見て話してくれた。きっと、とても真面目な良い子なのだ。潤慶がに抱いた印象はその程度だった。 そんなが3人にこんな風に困らせる原因は何だろう。潤慶にはどうしても分からない。 けれど、郭も若菜も真田も一度悩んだっきりもそもそと悩んでばかりいるので、そこまで考え込ませてしまったことが申し訳なくて、潤慶はわざとらしい明るい声音で笑って、その場を和ませようとした。 「まぁ、でも。サッカーが好きでもないのに風邪引いても遠征にくっついてくるなんて、もしかしたらメンバーに好きな奴でもいるのかもしれないよねぇ。」 そう考えれば合点がいくし、若菜をからかう格好の話題になるだろう。そんな気を使った潤慶の気遣いは、顔色を変えた3人の声に一蹴されてしまう。 「「「はぁ!?」」」 存外大きく響いた声に一同の視線が集まったけれど、潤慶が軽い冗談で誤魔化した。 この憶測がメンバーの中に投げ込まれたのは、日本に帰国してからのことになる。無責任な発言で選抜に大きな波紋を広げた潤慶がその騒動について知ったのは、もっとずっと時間が経ってからのことだった。 20110704 |