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? どうかしたの、ぼーっとしちゃって」

夏名に声を掛けられて、ぼんやりしていたは物憂げに振り返る。今日は残暑が厳しくて頭がぼんやりするような気だるさだ。夏名にはの表情が体調不良を表しているようにも見えて、心配して問いかけた。

「顔色悪いよ? 具合悪いの?」

は思わぬことを聞かれて一瞬きょとんと目を丸くする。

「別に。暑くてだるいだけだけど……」

「そう? あんまり無理しない方がいいよ」

「ありがとう」

「お昼どうする? 食堂行く?」

「ううん。食欲ないからいい」

「保健室行く?」

「もう少し様子見る。調子悪かったら次の時間サボる」

「そっか。無理しないんだよ」

「ありがとう」

夏名はを気遣ってあまり話し掛けなかったので、はそれに甘えて机に臥せった。

その黒い髪を見下ろしながら、夏名はの体の弱さに軽く同情した。





昼休み後の授業をサボることに決めたは、予鈴が鳴る少し前に廊下を歩く。夏名は次の準備があるから、付き添いは断った。少しだけ足取りが覚束ないけれど、いつもより歩幅狭くゆっくりと歩いた。

「あの、さん?」

ふと声を掛けられて振り向く。そこには先輩らしい女子生徒が三人立っていて、は無意識に目を細めた。それが彼女達の気に触ったらしく、真ん中に立っていた女子がぴくりと眉を動かした。

「ちょっと話あるんだけど」

「……もうすぐ授業始まるんじゃ」

「すぐ終わるわよ。さん、サッカー部の藤代くんと付き合ってるの?」

は酷く面倒くさくて、ため息を我慢しながら視線を泳がせた。こういう事態を想定していなかったわけではないけれど、体調の良くない今、あまり長く相手にしたくない。

「ただの友達ですけど」

ぶっきらぼうに答えようとしたら、思っていたよりも少し低い声が出た。彼女達はを睨む視線を強くする。

「どういう友達なの?」

「……話すと長いんですけど」

「ちょっとどういう意味よそれ?」

「私らには話せないようなことなわけ?」

「そういう訳じゃないですけど、本当、長いんで……」

「何よ、結局話したくないだけなんじゃないの」

「やっぱり付き合ってるんじゃない」

「いや、だから……」

どう説明したらいいものかと考えようとするけれど、は頭が回らなかった。風通しの悪い廊下。具合が悪くて、気持ちが悪かった。

「何とか言ったらどうなのよ」

「早くしないと授業始まっちゃうんだけど?」

「ねぇ、聞いてんの?」

しびれを切らした彼女達の一人から、手が出た。細くて華奢な女の手であっても、悪意を持てば力は強い。は肩を突き飛ばされてよろめく。いつも通りの体調であれば少しふらつく程度だったろうけれど、今日はそうも行かなかった。

はそのまま尻餅を付いてしまう。少し過剰なその反応に、彼女らは軽く目を見張った。

「ちょっと、何フラついてんのよ」

「可愛い子ぶっちゃって。ばかみたい」

の耳に、彼女達の声は届いていない。ずっと我慢し続けていただるさがピークに達していた。もうすぐ予鈴が鳴る時間だと思う。早く鳴って欲しい、これ以上誰かと話をするのは辛かった。

「おい、お前ら。もうすぐ予鈴鳴るぞ」

ふと、男の声がして、は引かれるようにして視線を上げる。見えたのは目を真ん丸に見開いた彼女達の顔だ。授業に向かう教師でも通りがかったのかと思う。

見上げるの視界の中で、彼女達は口の中でだけで「すみません」と呟いて廊下を走って行ってしまった。

ほっと吐息したは、突然二の腕を掴まれて息を呑む。

「大丈夫か?」

振り向いたは、そこにあった三上亮の顔に愕然とした。何でこんな所にいるんだと、自分の体の事も忘れて思った。

「おい、返事くらいしろよ」

「あ、はい……。すみません」

「怪我は? 何やってんだよこんなトコで」

ちょうどその時予鈴が鳴った。は三上の手を借りて立ち上がって、スカートに付いた埃を落とす。

「ちょっと、調子悪くなっちゃって、保健室に行こうと思って……」

「そうじゃなくて。絡まれてたじゃねぇか。何あれ?」

三上はを見下ろしながら眉を寄せる。けれどはそれを見上げられず、その表情に気付いていない。

「話してただけですけど」

「本当か?」

「それ以外にないじゃないですか」

予想以上に強気な声が出て、言われた三上よりも自身が驚いた。そんなつもりはなかったのにと、少し後悔した。三上からため息の音がして、は恐る恐る視線を上げる。

「保健室だっけ?」

「え?」

「送る。俺もそっちに用あるから」

言うなりを追い越してしまう三上の背中を眺めて、はしばらく呆けた。いくら危ないところを助けてもらったとはいえ、三上はにとって苦手な人であることに変わりはない。送るだなんて、即座に遠慮したいところだ。いつもならすぐ言葉になるはずの言葉が出ない。

「置いてくぞ。どうした?」

「……あの、先輩。授業は……?」

「自習。俺は気にしなくていいから」

そう言われても、は足が出なかった。三上は少し前の方で立ち止まって振り返ったまま動いていない。

こうして目を合わせているだけで、息が詰まるような違和感があった。感謝はしているのに、やっぱり三上は苦手だと改めて思い知らされている。三上が悪い人ではないと分かってはいるけれど、できるならこれ以上一緒にいたくはない。酷い感情だと思うけれど、どうしようもない。

「あの、私、大丈夫なので……」

「どこがだよ。顔色悪ぃぞ」

「いや、だから、その……」

付いてきて欲しくないとは言えなかった。そこまでは出来なかった。



20080717