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12 選抜の練習時間中にがする仕事の一つに、ドリンクの準備がある。粉末のスポーツドリンクの素を水に溶くだけの簡単な作業だけれど、水の加減に少しコツがいる。もうだいぶ慣れたけれど、まだ苦手意識は消えていなかったりする。 浮いた汗を手のひらで拭いながら、涼しさ恋しさにふと日陰に目をやると、何かに目がついた。皆の荷物が雑多に整然に置かれている、狭い範囲の日陰から少し離れた場所。小さな四角いそれ。 「……なんだろう」 は人がいないのをいい事に独り言を呟いて、チャンス、と言わんばかりにそれを拾うために日陰に避難した。 皮製のパスケースだ。誰かの持ち物だろうから勝手に中を見るのには気が引けたけれど、それでは持ち主が分からないので、はあっさりそれを見た。 そこにあったのは親子らしい金髪の女性と女の子が笑っている写真で、それだけでは何も分からなかった。 「あぁ、天城のじゃないかな?」 渋沢に相談したらそう言われたので、は昼食が済んだ頃合を見計らってそれを届けることにした。渋沢にアドバイスを求めたのはキャプテンと言う立場もあって、チームメイトについてはある程度把握しているだろうと思ったからだ。他の誰に相談しても話が大きくなってしまいそうだった。 「天城くん。これ」 と、こそりとパスケースを差し出すと、天城はきょとんと目を丸くした。それを落としていたことに気付いていなかったらしい。 「天城くんのだよね?」 「あぁ。落ちてたか?」 「うん。渋沢さんに聞いたら天城くんのじゃないかって。中、見ちゃったんだけど、ごめんね」 「いや、いいよ。ありがとうな」 天城はパスケースを一度眺めてから、大事そうに鞄にしまう。それを見ていたは、つい口を滑らせてしまった。 「それ、誰なのか聞いてもいい?」 「え?」 まさかの質問に、天城は驚いたらしい。また目を丸くした。その表情を見ては失礼なことを聞いてしまったことに気付いて、思わず口元を手で覆う。 「ごめんなさい」 「いや、別にいいけど」 天城は立ち上がりながら、少しだけ物憂そうに目を細める。視線はグラウンドの方へ向いていて、既に準備運動を始めている人の影を追っていた。あまり天城らしくない仕草だなと、は思った。 「母親と妹なんだ」 「天城くんって、ハーフだったんだ?」 「まぁな。あんまり驚かないのな」 「驚いてるけど。ごめん、私、無表情で」 「別にそんな事言ってないけど」 そういえば、天城と二人きりで話すなんて初めてだなと、は天城の曖昧な横顔を見上げながら思った。 母親と妹。家族の話をしながら、天城の表情はどこか寂しげだった。感覚的に無意識な共感を覚えながら、は少しだけ天城に近づけたような気がしていた。 「なぁー。遊び行こうぜー? いっつも誘ってんじゃぁん」 練習終わりである。若菜は練習のたびにこうだ。と顔を合わせるのが月に1,2度しかないからその度にアプローチが強くなる気持ちは、にも分からなくもない。けれど毎度毎度ここまで馴れ馴れしいと嫌気も差してくる。はとにかく、面倒くさがりなのだ。 「夏休み終わっちゃったし、時間ないんじゃないの?」 「練習がない日なら時間なんていくらでも作れるっつーの」 「寮の門限厳しくて、そんなに出歩けないんだよ。私」 「そんなん言うなら夏休み中に遊んでおけばよかったじゃん。冷たい!」 「別に冷たくしてるつもりないんだけどな……」 「だったら遊ぼうよ」 若菜うるっせーぞー! と、鳴海が着替えをしながら叫んできたので、若菜は唇を尖らせて小声で悪態を吐いている。と若菜は皆とだいぶ距離を取った場所で話をしているので、それは鳴海まで届かない。 若菜がそうやってと会いたがる理由は、にも分からなくはない。いや、ほぼ確実な見当はついている。若菜が何をしたいのかとか、何を言いたいのかとか、予想くらいはできる。だってあまりにあからさまだ。若菜はきっと嘘を吐けない類の人種なのだろう。 「あのさ、は俺と遊ぶのそんなに嫌なの?」 「いや、別にそういう訳じゃないんだけど」 「じゃぁ何?」 「……あの、病院、とか……」 「まだ通ってんだ。でもそんな毎日じゃないんだろ?」 「そりゃそうだけど、あんまり……」 若菜を嫌っている訳ではない。少し苦手意識はあるけれど、それだけだ。明るくて、話も面白くて、一緒にいて楽しいと思うことだってたくさんある。 けれどもし、好きだ、とか言われてしまったら、きっととても面倒なことになってしまうのではないだろうか。月に数回とはいえ否応なく顔を合わせなくてはならないし、もし二人の間が気まずくなったらチームにも迷惑がかかるかもしれない。きっと若菜はそういう感情の変化が顔に出やすい。 「……まぁ、そんなに気が乗らないんなら、別にいいけど」 若菜がようやっと折れて、はほっと肩の力を抜いた。 「けど、まじで俺と遊びたいだけだからさ。変な誤解すんなよ? 本当にただと遊んでみたいだけなんだからな」 若菜があんまりしつこく念を押すので、は神妙に頷いた。 「うん、分かった」 「よし!」 若菜は満足げに頷いた。 20080715 |