|
11 は昨日母親と歩いた道をそのまま辿って歩く。駅に向かう大通りに人が多いのはいつもの事で、慣れることなくはそれが苦手だ。人ごみは見ているだけで気持ちが悪くなる。残暑厳しい日はアスファルトが暑い。 寮の門限は夕方の6時だ。それまではまだしばらくの時間があるので、はのんびりと人ごみを避けて歩いていた。 相手の目印は壁のような背丈と帽子だ。それだけであんなに目立つ人なのだからすぐに見つかるだろう。案の定、フットサル場に着くと、彼はを待っていたように金網の入り口近くに立っていた。 「すみません」 金網越しに声を掛けると、彼は頭二つ分も高い位置で振り向いた。口元がにこりと笑う。 「あぁ、待ってました。こんにちわ」 「はぁ」 扉を開けて出てきた彼は、両手をポケットに突っ込んで軽く会釈をする。その手を見て、は首を傾げた。 「あの、傘は?」 「心配しなくても、ロッカーに入れてありますよ。少し待っていてもらってもいいですか? もうすぐ僕の番回ってくるので」 「あ、はい。分かりました」 「そこのベンチで待っててください」 促されたベンチはコートに向かって置かれていて、試合が様子がよく見える。は言われたとおりにそこに座って、少ししてから始まった彼の試合をぼんやりと眺めた。 彼は本当に背が高くて、試合中だと尚更目立つ。なんとなくその動きを目で追ってしまいたくなるような存在感。 東京選抜の中で彼と同じようなタイプの人間は誰だろうか。背が高いという意味では鳴海だろうけれど、彼はどうやらFWではないらしい。あれだけ大きな人であればDFだろうかとあたりをつける。フットサルの試合を見ただけではサッカーコートに入った時のプレースタイルを想像するのは難しい。 そんなことを何となく考えていると、止めどなかった。自身は気付いていない。元々物事を口に出さないことを前提で物を考えることが好きなだ。だから妙な考えが生まれてリストカットなんて行為に走ってしまったのだけれど、それはこの際は関係ない。つまりは、そんなことを考えられるほどにサッカーに通じているということだ。それを、は気付いていないけれど。 「お待たせしました」 金網に覆われたコートを出て、彼は真っ直ぐにの元へ走ってきた。は何となく立ち上がってしまう。 「今、傘取ってくるので。ちょっと待っててください」 「え?」 「家まで送りますよ」 言われるまま、二人連れ立って道を歩く羽目になってしまった。 はどうも流されてしまった気分で仕方がなかったけれど、武蔵森学園寮まではそう距離もないので妙な心配はしていなかった。不思議な気分だった。 「そう言えばまだ名乗ってなかったですよね。俺はスガマです」 「です」 「サッカー好きなんですか?」 「え?」 さも意外、と言いたげに、は目を丸くした。が見上げるスガマはずっとにこにこと笑っていた。 「随分一生懸命見てたみたいだったから」 「そう、でしたか?」 「えぇ。違うんですか?」 「いえ。あの、私東京選抜のマネージャーをしていて……。それでちょっと」 興味があるのだと、当たり障りなくは告げる。けれどスガマは、初めて驚いた顔をして見せて少し声を大きくした。 「選抜のマネージャー?」 はそうまで驚かれる理由が分からず、なんとなく言葉を選びかねてしまう。スガマは興味深々と目を輝かせていて、それに見下ろされていると言葉の続きを期待されているようで困った。はそもそも赤の他人と会話をすることに慣れていなかった。 「はい。……えっと、私の姉が監督をしていて、そのつて、というか、そんな感じで」 「へぇ、そうなんですか。珍しいですね、中学生の選抜チームにマネージャーなんて」 「そうなんですか」 「そうですよ。そうか、なるほどなるほど」 何を納得したのかには分からなかったけれど、面倒だったので聞かなかった。スガマは楽しそうだったので、別にいいかという気分にもなった。 「スガマさんは、サッカーやってらっしゃるんですか?」 「あぁ、うんまぁ。そこそこ」 「そこそこ? 上手でしたけど」 「いやいやそんな事ないよ。僕なんて全然」 大した事ないですよ、とスガマはやけに楽しそうに笑って言った。何が楽しいのか、には分からなかった。 「そう、なんですか」 「そうそう。さんの方がきっとすごいよ」 「私、サッカー自体はやりませんけど」 「いやいやそうじゃなくて。選抜のマネージャーになれるってことがさ」 「そうですか? 姉に誘われただけですけどね」 「それでもすごい事だよ。なろうと思ってなれるものじゃないでしょう?」 「まぁ、そうかもしれませんけど……」 「自慢していいと思いますけれどね」 「……それはどうでしょうねぇ」 そうこう話している内に寮に着いて、二人はそのまま何事もなく別れた。スガマは最後に、また遊びにおいでよと言ったので、は曖昧に頷いておいた。 20080707 |