08





ちゃんが止めるのかと思ってた」

「え? 無理だよそんなの」

「あっはっは。即答だし」

前半と同じように、と藤代は控えメンバーが座っているパイプ椅子の後ろに立って話をしている。さっきと違うところと言えば、藤代はさっきよりずっと楽しそうに笑っていて、はさっきよりずっと難しい顔をしているということだ。

「藤代くんは心配じゃないんだ?」

「え? なんで?」

「だって結局何も解決してないじゃない」

「それはほら、メンバーチェンジして一応手は打ったじゃん?」

「みんな不満そうだけど……」

「それはまぁそれだから」

は藤代の言ってることの半分も理解出来なかったけれど、サッカーに関しては全く詳しくないのでこれ以上言える事もなかった。

スコアボードのメンバーチェンジの記録は、10番の水野と補欠の風祭の交代だ。背番号も与えられていない風祭がコートに立つことは異常なことだ。水野はパイプ椅子に座って始終ふくれた顔をしている。

その後ろ頭を眺めながら、はぼんやり思った。
にはサッカーの難しい事は分からない。マネージャーなんかしていたって、その仕事といえば玲の手伝いみたいなものだ。それ以上の事は求められていないし、必要も無い。

彼らのことを理解するのは難しい。サッカーという媒体さえなければきっと関わることなどなかったはずの人たちだ。喧嘩の理由すら分からないのは当然だ。ついでに、藤代が隣にいるのも不思議だ。なんでこんな風に構ってくるんだろうか。

「早い段階でよかったとは思うけどね」

「え?」

ふと藤代に言われて、は視線を上げて藤代を見る。相変わらず楽しそうに笑っている藤代は眩しい。

「何が?」

「いやだから、このメンバーチェンジ」

「どういうこと?」

「だからね、このチームはまだ練習不足で、連係プレーとか全然なってないんだよ。それをどうにかしようとこのメンバーチェンジね」

「風祭くん補欠じゃない。いいの?」

「いいんじゃない? 風祭だもん」

「どういう意味? それ」

「そのうち分かるよ。まぁ見てなって」



そして、藤代の言った通りになった。
には細かいことは分からなかったし、メンバーの誰も満足そうな顔はしていなかった。けれど、真田一馬が一点を決めた時の喜びは確かにあった。
なんて複雑な感情の並列だろう。何が悪くて何がいいのか。彼らが感じるところをは理解し得ない。

試合が終わって後片付けやらの仕事をしていた時、洛葉の監督と挨拶を終えてきた玲は言った。

「そんなに考え込まなくてもいいのよ?」

は眉間に皺を寄せたまま、唇を尖らせて答えた。

「……そんな事言われたって」

「サッカーに興味出てきた?」

「そういうんじゃないけど」

「だったらどうしてそんなに考え込んでるの?」

は口元に手を当てて考え込む。これはの癖だ。物を考えるとき、手とか、手に持っているシャープペンとか、ボードとかを口元にくっと押し当てる。中学生にしては大人びた仕草のそれは、玲にとってはとても馴染み深く愛おしいものだ。玲はそれを眺めながらの答えを待った。

「分からないことは分からないままだと辛い、から」

「それは、具体的に言うとどういうことなの?」

「……そんなの分かんないよ」





その日の帰り道である。
は藤代達とは一緒せず、時間をずらして一人で電車に乗っていた。帰る場所が同じとはいえ、朝の時のような集団行動は苦手だったから自分から遠慮したのだ。たった四人での行動を集団行動と位置づける事は間違いかもしれないけれど、とにかくにとっては面倒なイベントだったので。

電車はこの時間のわりに空いていて、は開いていた席に座っている。隣に座っている会社帰りらしいOLは軽く俯いて目を閉じていた。

暮れ行く街並みを窓から眺めていたは、ある停車駅で見知った顔を見つけて驚いた。人ごみの中では目立つ金髪。
と同じ車両に乗ってきたシゲは、空いた車内ですぐにを見つけて笑顔を見せた。

「あれ、やん」

「こんばんわ」

シゲはの前に立ってつり革を持つ。背の高いシゲを見上げて、は思わず微笑した。久しぶりに見るシゲは少し日に焼けていて、小さなピアスとか派手なチョーカーが功を奏して、まるで本物のギャルみたいだった。

「選抜の練習でもあったん?」

「どうして分かったの?」

「ジャージ着てるし、休みの日に出掛ける事ないやんか」

「あぁ、そうだね。佐藤くんは? 部活?」

「いや、ちょっと野暮用。詳しくは聞かんとって。恥ずかしいから」

シゲはわざとらしく小首を傾げて笑った。その仕草に妙な空気を感じて、もその真似をするように首を傾げてしまう。シゲはどうやら何か隠しているらしい。

「何それ」

「だから聞かんとってって。俺に嘘つきたないねん」

「そういう事言うなら初めから言わなければいいのに」

「あ、それもそうやな」

そんな事を話しているうちに、が降りる駅に着いた。ゆっくりとホームに滑り込んだ電車の扉が開く。の隣にいたOLが先に立って、先に下りる。
立ち上がったは、シゲを見上げて軽く手を振った。

「じゃぁね」

「送ってやりたいねんけど、ごめんな」

「いいよ、そんなの。ばいばい」

別れを急かすように扉が閉じて、声が届かなくなった。
電車がゆっくりと発車する。シゲが目を離さないので、もなんとなく目を離せなくなって、もう一度手を振った。
確実にスピードを上げて離れていくシゲの姿を、結局電車が見えなくなるまで見送った。シゲがずっとから目を逸らさなかった理由が、には分からなかった。



20080426