|
07 今日の練習試合は洛葉中学校サッカー部が相手で、藤代は控えだった。近頃立て続けて行われている練習試合は各選手のポジション確定のためのテストで、全員が同じだけピッチに立つのだと、玲が言っていたことを思い出す。 は玲と数人の控えメンバーが折りたたみのパイプ椅子に座っている後ろで、藤代と並んで立っていた。 「座ってればいいのに。また倒れたらどうすんの?」 と、藤代に問われて、はスコアブックから視線を上げずに答える。 「そこまで体弱いわけじゃないよ」 「そうは見えないけどなぁ」 「大丈夫だってば」 土のピッチでは洛陽中のユニフォームと東京選抜のユニフォームが入り乱れて駆け回っている。スコア付けなどまだ慣れていないは四苦八苦していたけれど、藤代はお構いなしにへらへら口を動かした。 「だるくなったらすぐ言えよ? 今日も暑いからな、気を付けないと」 「……だから、大丈夫だってば」 「いいじゃん、心配くらいさせてよ」 はスコアブックを口元に当てて溜め息を隠した。 藤代は一日の中で口を閉じている時間の方が少ないんじゃないかと思える程口数が多い。その言葉の内大体はどうでもいい話題だから、また面倒くささ倍増だ。にとっては苦手な人種だし、関係さえ持たなければきっと知り合いにもならなかっただろう。 「あ、そういや、三上先輩が言ってたんだけど、」 と、は思わず息を詰めた。どうして今その人の名前が出てくるのか。疑問に思うよりも驚きが先に立つ。 藤代はそれを察して、面白そうにくすりと笑った。 「三上先輩のこと苦手?」 「……苦手って、」 「見てれば分かるし。隠さなくていいよ」 まるで何もかもお見通しだと言わんばかりに、藤代は笑う。その目に見下ろされているとどうにも居心地が悪くて、は肩をすくめて少しだけ後ずさった。 「ま、俺も今まで散々ばかにされてきたりしたけど」 「ばかにって、何それ?」 「そのままの意味だよ。ばかって言われない日なんかないから俺」 「……すごいね」 は決して藤代を褒めたのではなく、笑顔で自虐的にそんなことを話せる図太い神経にそれしか言えなかっただけなのだけれど、藤代は「いやそれほどでもー」とか言って頭を掻いた。 には、藤代は馬鹿なのか賢いのか、よく分からない。 「その、三上先輩?」 「うん」 「が、何て言ってたの?」 「あぁ、うん。それがね、面白いんだけど」 「うん」 藤代は白い歯を見せて笑う。見下ろされたは自然それを下から見上げる形になって、空の明るさを背景にした藤代の笑顔に目が眩んだ。藤代には太陽がよく似合う。 藤代が口に乗せた言葉は、三上の口から零れた物そのままだった。 「ばっかじゃねーのあいつ」 「……は?」 「ばっかじゃねーのあいつ」 同じ事を二回繰り返して、藤代はその時のことを思い出したのか喉の奥でくすくす笑った。拍子抜けたはぽかんと口を開けて藤代を見上げたまま固まった。とても情けない表情になったを見て、藤代は更に笑った。 「気にしないでいいからね。あっはっはっ」 「……そう、なの?」 「三上先輩素直じゃないから。そのうち慣れるよ」 「……はぁ」 何が何にどう慣れるのか、詳しいことを藤代は話さなかったのでには分からずじまいだった。 試合は前半が30分を回ったところだ。点差は洛陽リードの1-0。 「藤代くん、この試合展開は大丈夫なの?」 「ちょっとまずいかもね」 それでも藤代の笑顔は消えなかったので、にはもう何がなんだか分からなかった。 「くそっ! ゴール前がっちり固めやがって! おまけにパスはこねーしよー」 「モノに当たるなガキ」 「なんだとお?」 「バラバラなディフェンスしやがって! 1点先制されちまったじゃねーか!」 「なんだよ俺達が悪いっていうのか?」 「ボランチはどーなんだよ! 邪魔するわ! 突破されるわ! あげく2人して上がってどーすんだよ」 「俺達のせーかよ!」 子供達の喧嘩を眺めながら、玲はこそりとの横顔を盗み見た。口元にスコアボードを押し付けるようにして息を詰めている様は、まるで野犬に睨みつけられる兎みたいで哀れだ。 はあまり集団活動を得意としていないし、そこへ持ってきて喧嘩なんかに巻き込まれては肩身が狭くなるのも無理は無いだろう。予想していた事態とはいえ、の気持ちを考えずにこんな策を取ってしまった自分を後悔した。 「、大丈夫?」 「……私は平気だけど。こっちの方が大丈夫なの?」 と、から存外全うな答えが返ってきて玲は驚いた。が選抜にちゃんと興味を持ってくれていることは嬉しかったけれど、まさか心配してくれるなんて思っていなかったのだ。前のだったらため息ひとつで一蹴してもおかしくなかったのに。 「心配?」 「いや、そういうんじゃないけど……」 「そう? そういう顔してるわよ」 「……」 「とりあえず、。ひとつ頼みがあるんだけど」 「何?」 「メンバーチェンジの準備、してきてちょだう」 「メンバーチェンジ?」 だから、彼らを一喝する場面を見せないためにを遠ざけた。それを見せつけてやることもにとって悪いことではないのだけれど、平和主義ののこと。こんなことで気分を悪くはしてやりたくなかった。 20080322 |