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05 鳴海はという人間が苦手だ。 それを藤代に相談したら「今更何言ってんの。知ってるし」と呆れられたが、鳴海自身は必死にひた隠しているつもりだっだから驚いた。鳴海に驚かれたことに藤代は驚いていたけれど、藤代にとっては鳴海のあからさまな態度を見れば一目瞭然のことだった。鳴海は自分の事に関してとても鈍い。それを誰も指摘しないのは単に鳴海を面白がっている所以だ。 「鳴海がそこまで悩むなんて珍しいな?」 と、藤代に問われて、 「べっ、別にそんなんじゃねぇよ!」 鳴海は乱暴な言葉で返した。 そう、確かに鳴海は悩んではいない。ただ普段より少し気が立っているだけだ。その原因がたまたまであっただけで。 鳴海はごく自然に振り返って、の姿を視界に入れた。練習の度に会う彼女の様子をまるで隠れるようにかいま見ることが最近の鳴海のくせになっている。それに気付いている人間は数えるほどしかいないけれど、鳴海自身はその数に入っていない。 は若菜達ユース出身の三人組となにやら話し込んでいて、鳴海に気付いている様子は微塵もない。だから鳴海は心おきなくを睨んだ。 苛立ちの原因であるは楽しげに若菜達と談笑している。リストカットだやれなんだとつい先日まで騒がれていた環境で、なぜああも落ち着いていられるのか。鳴海にははなはだ疑問だった。 はたしてあれは合宿に参加していたと同一人物なのだろうかと疑いたくなってしまうほどだ。鳴海がに抱いているイメージは、病弱、根暗、この二言につきる。 「二重人格なんじゃねぇの? あいつ」 「なんなんだよ急に」 わけが分からないと言いたげに、藤代は眉根を寄せて相槌を打つ。 「ちょっと思っただけだって。ったく、あーゆーの鬱陶しいんだよな。女一人だからってちやほやされて、いい気になってんじゃねぇっての」 「ちゃんかわいいんだからいいじゃん別に」 「どこがだよっ、あんな根暗!」 「ちゃんそんなに言うほど暗くないと思うけどな? 俺は」 話の通じない藤代にも苛立った鳴海は、盛大な舌打ちをしてに背を向けた。なんだかとても馬鹿馬鹿しい気分だった。 「! 今日一緒に飯食いにいかねぇ?」 と、満面の笑みでを誘ったのは若菜だ。その後ろにはちゃんと郭と真田というオプションが付いている。 は苦笑いをして、さて何と断ったらいいものかとまず最初に考えた。選択肢は一つしかないのである。 「ごめん。今日病院行かなくちゃならないから……」 もちろん嘘だ。 若菜は一瞬つまらなさそうに目を細めたけれど、気を取り直して続けた。 「じゃ、明日は?」 「え、明日?」 「なんか用事あんの?」 「いや、明日は……、どうだったかな?」 が若菜の誘いを断りたがるのに、深い意味はない。若菜のことを嫌っているわけではないし、慣れないマネージャー業にひどく疲れているというわけでもない。 単に、外出が苦手なのだ。外食が嫌いなわけではないのだけれど、わざわざレストランに入らなくても寮に帰れば食事は準備されているし、門限を気にしながら夜道に足を速めたりすることも面倒としか思えない。 若菜はと真逆の価値観を持っていることは初めて会った時からなんとなく分かっていたことだ。にとって、若菜の執拗な誘いは謎以外の何物でもなかった。 「結人。そんなに無理に誘うのは失礼なんじゃない?」 と、ここで助け船を出したのは郭だ。はこっそりほっと息を吐く。それを目の端に捕らえていたのは真田だけだったけれど、は気付かれていることに気付かなかった。 「えぇ? そうか? ?」 「いや、失礼っていうか、なんていうか……」 当然、面倒くさいとは答えられない。自然と苦笑いが口元に上った。 「さんにも用事があるんなら、仕方ないでしょ」 「……、ごめんね? 結人」 若菜は聞き分けのない子どものような顔をして、分かりやすくふてくされて見せたけれど、すぐに「仕方ないなぁ」と投げやりに言って髪を掻き上げた。 の謝罪に他意はない。 気持ちに答えることができなくて申し訳ないと、は心から思っていた。本当に、心から。 「じゃ、また今度な。都合いい日教えろよ?」 「うん。分かった」 若菜の複雑な表情を見つめながら、安心しきったは肩の力を抜く。まるで雨が上がったことに気付いて傘を降ろすような、すっとした仕草だ。真田はそれをしっかりと見ていて、若菜に絡まれるの不運さを気の毒に思った。体が弱いようだから、ストレスが溜まったりしなければいいなとも思った。思っただけで、何も言わない。 最後の言葉を残したのは郭だ。 「それじゃさん、お大事に」 は一瞬きょとんと目を丸くする。それを見て郭は意味ありげに微笑んで見せた。郭はの嘘に気が付いていたらしい。 がこの時郭が言いたかったことに気付いたのはしばらく時間がたってからの事になる。 こうして、の心労は少しずつ少しずつ、積み重なっていく。 20080122 |