|
04 予想外の事態だ。は東京選抜のマネージャーになってしまったことを、今更ながらひどく後悔した。本当に今更だけれど。 「ダイジョウブ? 」 と、ゴールキーパーコーチのマルコ・フェレンナハイドに顔を除きこまれて問われた。 の顔色は合宿の頃と変わらずあまり健康的ではない。その口許に無理矢理笑みを張り付けて、は答えた。 「はい。大丈夫です」 「ビックリシタ?」 「……はい、ちょっと」 マルコはからりと快活に笑って「気ニスルコトナイヨ」と、軽くの肩を叩く。元気付けてくれていることは分かっても、なかなかそううまくの心は浮上しない。 尾花沢の入院にあたって新しく監督に就任した西遠寺玲に勝負を挑んだのは、の所感からすれば一番の問題児である鳴海貴志だった。サッカーの知識に乏しいにとって、この事件は喧嘩を売った鳴海と買った玲のいざこざでしかなく、そして、は平和的でない解決法を好まない。 結果的に玲が自分の実力を見せつけたことで、彼等の士気を煽ることには成功したのだけれど、なんとも強引な手段だ。 玲がこうなることを予測していたとまでは思わないけれど、計算はしていたことだろう。ずるがしこい玲は怖いとは思う。そして、その玲に喧嘩を売るくらいの気性を持ち合わせているらしい鳴海も苦手なタイプだし、それを興味深そうに見守っていた他の彼等の感覚も不思議でたまらない。なんて自分の性に合わない場所だろうとは思って吐息した。 「さん、相変わらず具合悪そうだね」 唐突な郭の言葉に、どきりとしたのは若菜だ。 あからさまに驚いてきょとんと目を見張る若菜は、意地悪くにやりと笑っている郭と真田の視線を浴びて、きまずそうに頬を掻いた。 「話しかけてくればいいのに。せっかくの休憩時間なんだから」 「……いや、今はいいよ別に」 「珍しいな、若菜がそんなに引いてばっかいるの」 郭と真田はドリンクを飲みながら、今だかつて見たことのない若菜の様子に興味深々だった。先日までの合宿の時はが迷惑に思っていることを承知でアピールしまくっていたくせに、この突然の変わり様は一体どうしたというのか。 「別に、大した理由じゃねぇけど」 「そのわりに考えこんでるみたいじゃない?」 「……どーせ話したって面白がるだけだろお前ら」 「まさか。親友の一大事なのに。ね、一馬?」 「当然」 もっともらしいことをいいながら、二人の表情はやっぱり意味深な笑顔だ。若菜は正直いらっとしたけれど、ここまで言われて黙っていられるほど深く悩み沈んでいたわけではないのであっさり口を割った。 「あいつさ、また痩せたと思わねぇ?」 神妙、という言葉は若菜にはとても似合わないが、この時ばかりはそうとしか言いようにない顔をしていた。 郭と真田は顔を見合わせて、それからマルコと話をしているを見やる。確かに、は小柄だ。今は、がたいのいいゴールキーパーコーチが隣にいるから尚更そう見える。先日の選抜合宿の頃と比べてどうかといえば、うまく言えないが、対比物をマルコとすれば本当に小さくて細い。少し極端な対比ではあるけれど。 「ちゃんと食ってんのかな? あのまま餓死したりしないよな? あいつ」 「そんな大袈裟な」 と呆れて突っ込んだのは真田だ。 「何かあったの? それともしたの?」 と、郭は平気な顔で辛辣な言葉を吐く。二人の言葉には若菜も馴れたものなので声を大きくしたりはしないが、とりあえず「何かした」という事項だけは「ちげぇよ」と否定した。 「集合前にさ、ちょっと声かけようと思ったんだけどさ」 「うん?」 「こう、『おーす!』って挨拶するじゃん?」 若菜は顔の横に掌をかざしてみせた。うんうんと郭と真田は頷く。 そして若菜はそのまま頭を下げて大袈裟にうなだれた。 「俺の顔見て一瞬黙ったんだよ」 「へぇ? それで?」 「『あぁ、結人。おはよう』って言われた。今気付いたみたいに」 「え、なんで?」 「俺が聞きたいんだって! おかしいよな? これ」 疑問符を浮かべて首を傾げる真田と、訳が分からず混乱している若菜を見て、郭はきっぱり言い放った。 「つまり、さんは結人のことをきれいさっぱり忘れてたってことでしょ」 「え、まじで?」 「この短期間で忘れるかよ! フツー!」 「分からないよ。さんって未知数なところあると思うし、若菜のアピールが足りなかっただけの話かもしれないけど」 「まじで!? そういう話になんの!?」 何を根拠にした推測なのか、郭は明かさない。なぜならそれは単なる憶測でしかなく、郭が若菜をからかっているというだけのことだからだ。 いつもならこれくらいのこと、若菜だって簡単に切り返して笑い話にしてしまえるはずなのに、今日はどこか調子がおかしい。に顔と名前を忘れられたことがよほどショックだったようだ。 面倒なことになったものだと、真田は溜め息を殺し切れずに思った。盲目的に何かに夢中になった若菜は何かしら面倒なのだ。色恋沙汰にはてんで無頓着な真田は、郭が一体何をそんなに面白がっているのか全く分からない。ただ何となく、何かが起こりそうな予感だけはひしひしと感じていた。まるで始まったばかりの夏がじりじりと肌を焦がしているみたいだった。 20071212 |