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02 椎名が駅まで送ってくれると言ったのではそれに甘えることにしたら、飛葉中のサッカー部に混ざった集団移動になってしまった。 「あー腹減ったー!」 「マック寄ってこうぜ、マック」 「ていうか都大会終わったその日にマックって」 「桜上水はコーチのおごりでファミレスだって」 「うわっ、なんやねんその差! 俺らベスト4やぞ!?」 「差別だよなぁ」 「誰の?」 「監督?」 「お前それ翼の前で言うのかよ」 「どうせ今話聞いてないだろ」 黒川と井上が振り返った先で、椎名とは集団の最後尾から少し距離を置いて歩いている。椎名の大きなスポーツバッグが一歩の度に、二人の間で揺れていた。目を合わせたりはしないけれど、口の動きで会話はしていることが見て取れたので、黒川と井上は視線を前方に戻した。 椎名との話題は、椎名が今日初めて知った事実に集約されている。 「お前、佐藤と知り合いだったんだ?」 「うん。まぁ」 佐藤成樹と。よっぽど奇怪な取り合わせだったのか、椎名にしては珍しく本気で驚いていた。けれどにはそれがなぜなのか全く分かっていないようだ。 「どこで知り合ったんだ?」 「春くらいに、佐藤くんが道端で怪我してたのを助けて、それで」 「はぁ? なにそれ?」 椎名は思いきりばかにした声で吐き捨てた。 「作り話にしては単純すぎるんじゃないの?」 「いや本当なの、これが」 「こう言ったら何だけどさ、つまりお前は、見ず知らずのあんな不良めいた金髪が倒れてるの見付けて何の躊躇いもなく声掛けたってこと? 見掛けは完璧にヤンキーだぞ? 普通避けて通るだろ?」 「でも、場所がお寺の前だったし……」 「関係ないだろ! 相手があいつだったからよかったもののやばい奴だったらどうすんだよ? もうちょっと後先考えて行動できないの?」 「別にいいでしょ。佐藤くんいい人だし、悪いことしたわけじゃないんだし……」 椎名はこれ見よがしに溜め息を吐き捨てた。はわけが分からずそれ以上弁解しようもなかったので黙りを決め込む。は椎名のこういう一方的なところが少し苦手だ。 と、その時高く車のクラクションが鳴って、飛葉中の面々の足がそれぞれ止まった。彼らの進行方向からヘッドライトを瞬かせて、道路の脇に止まったのは白いモダンな外車だった。一体何者だとそれぞれの注目を集める中、颯爽と運転席から下りてきたのは、 「やぁ、。今帰りかい?」 が居候している部屋の主、榊総一朗だった。 榊の車に便乗することにして、椎名達と別れたは、マンションへ付くとすぐにシャワーを浴びた。これはの習慣で、今日は得に、一日中真夏の野外にいたために酷く汗をかいてしまっていた。 その間に榊が夕飯を作る、というのも習慣である。榊は仕事に忙しい人なので毎日とはいかないものの、二人の予定が合う日はいつもこうして過ごしていた。 今日のメニューは鮮やかな赤色のトマトを使った冷製パスタとサラダだ。榊と生活をともにするようになってから、は今だかつてない贅沢な日々を送っている。少なくともはそのつもりだった 「編入試験の結果、聞きました?」 フォークを動かしながらが問掛けると、榊はいいやと首を横に振った。もし聞いていたとして、それは誰からなのか、の父である西園寺勝しかいないのだけれど、榊と父親がどの程度連絡を取り合っているのか勘ぐっての問いかけだった。否定したと言うことは言うほど連絡は取っていないと言うことだろう。は微かに安堵の溜息を漏らす。 「受かりました。今度転入手続きに行ってきます」 「そうかい。おめでとう」 祝福の言葉に、は全く喜ばしい顔をしない。対して榊は口端をつり上げて笑った。 「そんなに嫌かい? 武蔵森は」 「武蔵森が、じゃないですけど」 「じゃあなんだい」 は食事を進めるでもなく、くるくるとフォークにパスタを巻いてはほどき巻いてはほどきを繰り返していた。榊の料理が嫌いなのではもちろんない。榊の問いに何と答えていいのか分からず、目の前の美食に集中できなくなっていた。は二つのことを一度にできるほどの器用さは持ち合わせていない。 「父親のいうことを聞かなきゃならないのがいや?」 「……別に」 「じゃあ、早く家に戻りたい?」 「別に」 否定とも肯定ともつかない言葉で、は必死に自己表現をする。そのつたなさや精一杯の表情がかわいらしく思えてしまって、榊はそれ以上追求するのを止めた。榊はいつもを甘やかしてしまうのが、悪い癖だと自分で思っていた。 「手続きには一人で行くのかい?」 「はい」 「僕も付き合おうか。いつ?」 「明後日です」 榊は壁にかかっているモネの絵画がプリントされたカレンダーを見た。 「その日は会議だな。誰か一緒に行ってくれる人の心当たりはある?」 「いえ、ひとりで大丈夫です。すみません、気を遣わせちゃって」 「いや。ならいいさ」 まだ正確には決まっていないけれど、は近々武蔵森の寮に入ることにしていた。の父親の熱い希望があってのことだけれど、はそれを簡単に承知した。父親の言いなりになることがの望みではないことは確かだけれど、それでも家族と共に家に住むよりはましだと判断してのことだろうかと、榊は思っている。 事実は、が話をしないので未だ誰にも知られざるままだった。 20071030 |