不機嫌なポニーテール おまけ




マネージャーの仕事は、人が思うよりもハードだと思う。部員がアップをとっている間にドリンクを準備して、タオルや救急セットを揃え、練習中は必要とあれば球出しをし、練習試合があればスコアを付け、間食用に全員分のおにぎりを握る時もある。

男子部は、女子部と比べて予想以上に忙しかった。元々マネージャーはいなかったので、その間はベンチ入りしていない1年生部員がその仕事をしていたらしい。その仕事が一気にひとりに回ってきたのだから、それは忙しくて当然だ。

夏休みに入ったばかりのある日、休憩時間もそろそろ終わりという時、監督があたりを見回しながら言った。

「そういえば、及川はどこに行った?」

「外で女子に囲まれてまぁす」

誰かがからかいまじりに答えると、監督は「またか」とため息をついた。

「岩泉」

「はい」

何をどうせよと言われるまでもなく、岩泉はボールをひとつ掴んで踵を返す。は不穏な空気を感じ取って身を強ばらせたけれど、岩泉はに向かっていたずらっぽく笑ってみせた。

も行くか?」

「私?」

がいたほうが及川も気ぃ引き締まんじゃねぇ?」

コーチと監督に目配せをすると、2人共いいから行ってきなさいと言いたげに頷いた。

岩泉の隣を歩きながら、は岩泉に同情する。

「岩ちゃん、いつもこんなことやらされてるの?」

「いつまでたっても治んねぇんだよな、及川のあの悪癖」

「それはよく知ってるけど。練習に遅刻するほどとは思わなかったわ」

が一発がつんと言ってやったら、ちょっとは身に染みるんじゃねぇかな」

「それは買いかぶりすぎだって」

口をへの字に曲げるを見下ろして、岩泉はからからと笑った。

「あいつには、それが一番いい薬だと思うけどな」

徹は体育館から少し離れた場所で、制服姿の女子生徒達に囲まれていた。夏休み中ということもあって、他校からやってきたらしい私服の女の子の姿もある。徹は女子生徒と並んで写真を撮ってへらへら笑っていた。

は、そんな徹を見たらきっとまたイライラしちゃうんだろうなぁと思っていたけれど、そのお湯にふやけたようなしまりのない顔を見たら、怒りが沸く前に気が抜けてしまった。

「……で、私はどう言えばいいの? 岩ちゃん」

「まぁ、それは後で頼むわ」

そう言うなり、岩泉は頭上に高くボールを放り投げる。何をするのかと思ったら、そのまま及川の後頭部にスパイクを打ち込んだ。

女の子達の悲鳴が上がる中、徹は後頭部を押さえて涙目になりながら嘆いた。

「ちょっ! 岩ちゃん! いきなり何すんの!?」

「もう休憩終わるぞ」

「そんな普通のテンションで言わないで! ……あ」

岩泉の隣に所在なさげに立っているを見つけて、徹は顔を強ばらせた。それはまるで浮気現場を目撃された亭主みたいで、は呆れてものも言えなかった。

「行こう、岩ちゃん」

なんだか馬鹿馬鹿しくなってしまって、はため息と共に踵を返した。

の後に続く岩泉を追って、徹が駆け足で2人の間に割って入った。徹は、気まずそうに笑って言った。

! 迎えに来てくれたの?」

「あぁ、まぁね」

「あれあれ? 目が死んでるよ、?」

「別に元からこういう顔だけど」

「くっちゃべってないで、さっさと戻るぞ」

「ちょっと! 岩ちゃんもも俺に冷たすぎない!?」

「そんなことないよ。ねぇ? 岩ちゃん」

「てめぇが自意識過剰なんじゃねぇ?」

「ひどい!」

徹を間に挟んで、3人で横並びになって歩く。が男子部のマネージャーになってから、中学生の頃のように3人でつるむ時間が少しだけ増えた。にとってそれは少しだけ懐かしい時間で、昔のようにはいかないこともたくさんあったけれど、岩泉のへのフォローはうまかったし、徹の底抜けの明るさは確かに3人の空気をよくしてくれていた。

「それにしても、岩ちゃんのスパイクはすごいね」

「そうか?」

「すごいよ。あんなにピンポイントで徹の後頭部狙える人なんてそういないんじゃない?」

「あぁ。それについては俄然自信あるわ」

「岩ちゃん? そんな技術持ってても試合じゃ使えないよ?」

「あ、岩ちゃん。私、ドリンクの補充しに行くから、ここでね」

「おぉ、お疲れさん」

! 俺には!? なんか一言ないの!?」

は冷めた目で徹を見る。

徹にイライラすることはなくなったけれど、前よりももっと、どう付き合ったらいいのか分からなくなった。もっと普通に選手とマネージャーとして会話できたらいいのに、徹は相変わらず掴みどころがないし、真剣なのかふざけているのか判断がつかないようなことばかり話している。恋人同士になったのかというと、そうでもない。バレーと受験勉強を両立するのに忙しくて、それどころではないのだ。バレー部で一緒にいられるだけまだマシだ。岩泉を交えたこんなふざけた会話があるだけ、まだいい。

けれど。

? そんなに俺に見とれなくても、抱きしめて欲しいなら俺はいつでもウェルカムだよ?」

両腕を広げてそういう徹は、心底面倒くさかった。

「練習、頑張ってね」

「心こもってない!!」

選手とマネージャーとして、もっと普通に仲良くやれたらいいのに。は肩を落として2人から離れた。

の背中を見送りながら、岩泉は半泣きしている徹を見やって、鬱陶しそうに言った。

「お前、もうちょっと普通にできねぇの?」

「……やっぱり、俺、ちょっとはしゃぎ過ぎかな……?」

「そうだな。がマネージャーやってくれて嬉しいのは分かるけどさ、もうちょっとの気持ちも考えてやれよ」

岩泉は徹に向かって軽くボールを投げつけた。それを受け取った徹は両手でボールを挟むように持って、それをじっと見下ろした。

「分かってるよ。けどさ、にマネージャーやってもらうっていう念願叶って、嬉しくてしょうがないんだよ俺は!」

「だったら他の女にちやほやされんのどうにかしろ。は言わねぇけど、傷つけるなよな」

「え? それは俺のせいじゃないよ。女の子の方が寄ってくるんだもん」

「……なんでお前みたいのがモテんだろうな。心底謎だわ」

「岩ちゃん。目が怖いって」

徹は人差し指でボールをくるくると回す。

がマネージャーを引き受けてくれて本当に嬉しかった。マネージャーがいなかった間はベンチ入りしていない1年生がその仕事を引き受けてくれていたけれど、がその仕事を引き継いでくれたおかげで練習時間も増やせたし、はマネージャーとしてとても優秀だった。3年間女子部で活動していたノウハウを生かして、選手に事細かなアドバイスをくれるし、単純な男子どもは学校でも指折りの美人であるところのにアドバイスをもらうとぐんと士気を挙げた。

が練習中に徹に話しかけることはほとんどなかったけれど、が同じ体育館にいるだけで、徹は嬉しかった。が自分を見てくれていることはよく分かったし、のアドバイスを受けて上達する後輩たちにトスを上げてやるのは気持ちが良かった。春高に向けたチームのレベルアップに、が関わってくれている。と一緒に、ひとつのチームを作っていける。そのことが何よりも嬉しかった。

けれどその嬉しさが空回りして、を怒らせてしまうのはなぜなのだろう。こんなにのことが好きなのに、わざとじゃないのに、どうしてだろう。

「……岩ちゃん。俺、どうしたらいいんだろう?」

「俺が知るかよ」

「だって、岩ちゃんの方がと仲良くやってるように見えるんだもん。はっ! もしかして、岩ちゃんのこと……!」

「それ本気で言ってんのか?」

「いや、冗談だけど」

「お前は、もっとに感謝するべきだと思うぜ?」

岩泉はいつになく真剣な表情で言った。

「こんな時期からマネージャー引き受けてくれてさ、受験との両立も大変だろうに、けどそれって、全部お前のためなんだろ?」

確かにそうだ。徹は女子部を引退すると言ったに無理やり頼み込んで、マネージャーを引き受けてもらったのだ。受験もある。そもそも3年のこの時期に転部するなんて非常識だし、が将来のために使おうとしていた時間を、徹は奪った。その時間で、は期待された以上にバレー部のために心血注いでくれている。

それが、徹のためでなくて何だろう。を男子部に引き抜いてきたのは徹だと部員全員が知っていた。

「お前がにそれをさせてんなら、ちゃんと責任を取れよ」

「なんかその言い方別の意味に聞こえるよ」

「俺は自覚しろって言ってんだよ。クソ及川」

岩泉の言葉が胸に刺さった。ボールの回転を止めて、徹はそれを額に押し当てる。確かに、岩泉の言うとおりだと思った。

ふたりが体育館に戻ってくると、は補充したドリンクをベンチに並べ終わって、次の練習の補助に入るためにコーチと打ち合わせをしていた。

徹はボールを小脇に抱えてに歩み寄る。徹に気づいたは一瞬嫌そうな顔をしたけれど、徹の真剣な表情を見てすぐに気を引き締めたのが分かった。



「なに?」

「さっきは、ごめんね」

は驚いて、そのすぐ後にむっと口を尖らせた。

「別にいいけど」

「いいって顔してないよ」

「徹は皆にちやほやしてもらわないと、寂しくて死んじゃいそうだし」

「何それ? そんなことないよ」

徹はへらりと笑って、ぽんとボールを投げる。それを片手で受け止めた。

「今更だけど、マネージャー、引き受けてくれてありがとう」

「本当、今更だね。どうしたの?」

「ちゃんと言ってなかったなと思ってさ」

「もしかして、岩ちゃんに何か言われた?」

「え? なんで分かんの?」

「何となく。岩ちゃん、私達のことすごく気にしてくれてるじゃない」

は、金田一や国見と談笑している岩泉を見やった。

「私に感謝するより、岩ちゃんにしたら?」

それはもっともなことだと、徹にも分かった。インターハイ予選最終日、と会って話ができたのは岩泉のおかげだ。岩泉が働きかけてくれたから、は今徹の隣にいてくれるのだ。

岩泉と。ふたりに支えられて、今の徹がある。

徹はふたりを交互に見やって、得意げに笑った。

「そうだね」

俄然、無敵な気分だった。





20141109




岩ちゃんへの愛が溢れたおまけでした。