不機嫌なポニーテール 1
中学3年生。バレー部を引退してから髪を伸ばし始めた。小さい頃からずっと短かったから、首筋に毛先がさらさら触れるとくすぐったくて仕方がなかったけれど、何とか卒業式までに肩まで伸びて、高校に入学してからはぐんぐん伸びた。
そして、高校3年生。肩甲骨がすっかり隠れるまで伸びた髪は、もともとのくせで少し波打つ。学校ではポニーテールにしているので、毛先がまるで猫のしっぽみたいだとよく笑われる。
一番よく笑うのは、徹だ。人をからかうような徹の笑い顔が、とても嫌いだった。
*
「
!」
背中を追いかけてきた声に振り向くと、及川徹が緊張感のない笑顔で手を振っていた。
は嫌そうに目を細めて、ため息に乗せて答えた。
「なんだ。徹か」
「なんだって何? 今帰りなの? 一緒に帰ろー」
「岩ちゃんは?」
「先に帰っちゃってた!」
「置いてかれたんだ。また女の子に囲まれてたんでしょ?」
「え? 何で分かんの? もしかして見てた?」
の身長は165cmで、女子生徒の中では比較的長身だけれど、184cmある徹からすれば十分小さい。
を見下ろして、徹は満足げに笑った。
「見てたんだ? そんなに俺のこと気になるなら、そう言えばいいのに」
徹の笑顔と対照的に、
は苦虫を噛み潰したような顔をした。
「……そんな顔しないでよ!」
「徹のそれも変わんないよね」
「
は冷たくなったよねっ」
「悪かったねっ」
と徹は同じ北川第一中学校の出身で、それぞれバレー部に所属していた頃からの付き合いだ。中学の時は、同じ体育館を半分ずつ男子部と女子部が分けて使っていたので、交流が深かったのだけれど、青葉城西高校では第一体育館と第二体育館とで活動場所が分かれている。たまに帰りが一緒になることもあるけれど、クラスも別なので、中学の頃と比べて一緒に過ごす時間は短くなった。
だからなのか、それ以外にも理由はあるのか、徹は
に会うととびきり嬉しそうに笑った。
「もうすぐだね、インターハイ予選」
が言う。
徹は男子部の主将としてカリスマ的な実力を発揮しているが、一方で
は、中学時代まではプレイヤーとして活動していたけれど、高校へ進学してからは女子部のマネージャーを務めていた。
「女子部は? 調子どう?」
「いいよ。男子は、聞くまでもないか。徹が部長になってから評判いいもんね」
「そうだね! 今年は絶対全国行くよ!」
「去年も同じこと言って行けなかったっけね」
「嫌なこと言うなよ。今年は絶対行くんだって。いい1年も入ってきたしね。応援来てよ」
「女子部は会場が違うから、無理だよ」
「えー」
「えーって何? 無理なもんは無理」
徹はわざとらしく口を尖らせて文句を言う。いつものおちゃらけた態度だと分かってはいるのだけれど、
は少しいたたまれなくなって、かばんの中に手を突っ込んだ。
「じゃぁ、代わりに、これあげる」
小さな紙袋に入ったそれを徹に渡して、
は照れ隠しに鼻の頭を掻いた。
「え? 何これ?」
「女子部のみんなに作ったの。ひとつ余ったから、徹にあげる」
それは、フェルトで作った巾着型のお守りだった。「必勝」の文字が赤い糸で刺繍されていて、同じ赤いリボンの飾りがついている。明らかに女子のために作ったものだということが分かるはずだったけれど、徹は心底嬉しそうにお守りをかざして言った。
「ありがとう! これ、手作り? すごいじゃん!」
「力入ってますから」
「ていうかさ、お守りを作りすぎるってことあるの? 本当は俺のためにちゃんと作ってたんじゃない?」
「一番最初に作った試作品だよ。女子部のみんなの分はイニシャルの刺繍もしたもん」
「あぁ、そう、練習。練習ね」
徹はお守りを裏返して、確かにイニシャルが入るだろう空白を見つけてため息をついた。
「どうせなら刺繍してからくれたらいいのに」
「今からやっても、予選がはじまるまで間に合わないよ」
「ふぅん。そっか」
徹はお守りをまじまじと眺めながらのんびりとしたペースで歩いている。
は横目で、女の子から絶大な人気を誇るその整った横顔を眩しいような気持ちで眺めた。
徹とは中学からずっと一緒で、岩泉と3人でばかなことをしゃべって笑ったりするのがとても楽しかったことがあるけれど、今だから分かることがある。あの頃の
は、髪が短く手足が細長くて、まるで男の子のようだった。女子バレー部の後輩からラブレターをもらったことがあるくらいだ。今となっては、その頃のことは楽しい思い出だ
けれど
は、自分の意思で男の子のように振舞うことを止めた。自分で決めたことだから後悔はしていない。
けれど、徹がのらりくらりと
をからかうと腹が立ったし、昔と変わってしまった今の自分に嫌気がさすこともある。
男も女もなくふざけあっていたあの頃に戻れたらどんなにいいだろうと思う。
徹のために長くながく伸ばした髪はその想いの分だけ重く、
の決心を揺るがせなかった。もう、昔には戻れないのだ。
「俺さ、
がバレー部のマネージャーになるって聞いたとき、男子部の方のだと思ったんだよね」
ふいに、徹がそんなことを言うので、
は首を傾げた。
「え? 何で?」
「高校は男子と女子で体育館違うじゃん? どうしても俺のそばにいたいから、男子部のマネージャーになるんだって思ったんだよ」
「……あんたって本当、自分に都合のいいようにしかものを考えられないんだね」
「あっはっは! じゃぁ、なんで女子部のマネージャーになったの? 怪我したわけでもあるまいし、何でプレイヤーやめちゃったの?」
は何と答えるべきか少し迷って、当たり障りのないことを答えることに決めた。
「マネージャーは、プレーヤーが練習しやすいよう、応援する仕事でしょ? そういうのやりがいがあるんだよね。チームのレシーブ成功率上がった! とか、あの子のサーブすごく良くなった! とか、そういう皆の成長が、単純に見ていて嬉しい」
「それなら男子部のでもよかったんじゃない? 」
徹はステップを踏むように
の前に出ると、後ろ向きに歩きながら
の顔を覗き込んだ。
「俺は、
に応援されたかったな」
その誘うような目つきに、
は苛立った。いったい何度繰り返したら、こんなに慣れた仕草で女の子を口説けるようになるのだろう。
「あんたにもう少し慎みっていうものがあったら、少しは優しくしてやろうという気も起きるんだけどね」
はそう言って、徹の肩を押しやった。
の呆れた顔を見て、徹はからかうように笑った。神経を逆なでられて、
はつんとすまして踵を返す。
髪を伸ばそうと思ったのは、徹がいたからだ。短い髪で男の子のように振る舞うのではなく、女の子になって徹のそばにいようと思った。けれどいざそうしようとすると、徹はいつも慣れた口説き文句で
を茶化す。
を怒らせるのはいつも徹だ。徹を取り巻く女の子達みたいになれたら楽なのかもしれないけれど、そんなことはできない。男の子みたいに徹の隣で笑っていた大切な思い出があるからだ。
「俺のこと好きなら好きって言えばいいじゃん?」
「世の中の女の子みんな、自分のこと好きになるとでも思ってる?」
「ホント、素直じゃないよねぇ、
は」
「私はいつも素直に思ったことそのまま言ってるつもりだけど」
は憎まれ口を叩いて、徹をきっと睨みつける。徹は笑ってそれを受け流した。
徹のことがとても嫌いだ。どうしてこんな人を好きになったのかよく分からなくて、ため息を押し殺せない。
「好き」と「嫌い」の二つの気持ちが心の中にずっとある。気持ちの落としどころを探して、
は今日も徹の横顔を見上げ、不機嫌にポニーテールを揺らした。
20141013
及川って何を喋っても本気に聞こえない。
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