「ダイジョウブ。」は、全年齢バージョンと、R-18バージョンがあります。オチがちょっとだけ違います。
全年齢バージョンはこちら。






















「それでは、新しい仲間の入隊を祝して! カンパーイ!!」

 近藤局長の一声で、盛大な宴会が始まった。今夜は、新たに入隊した隊士達の歓迎会だ。グラスを打ち付け合う甲高い音に、隊士達の雄々しい声が重なった。

 テーブルには瓶ビールがにょきにょきと林立し、大皿に盛りつけられた料理が所狭しと並んでいる。はテーブルの間をすいすいと歩き回り、給仕に徹していた。さっそく空になってしまったビール瓶を回収し、栓抜きを片手に王冠をとってやり、求められれば笑顔で酌をする。皿が開けばすぐに新しい料理を運び、冗談には気の利いた一言を返す。

さん、エプロンおニューにしたんですか?」

 と、沖田が言う。
 はちょんとエプロンの裾をつまんで笑った。

「松平様にいただいたの。ちょっと派手かしら」

 今夜、が身に着けているのは、卸し立ての白い前掛けだった。裾にはひかえめなフリルが付いていて、歩くたびに揺れるそれは波をたくみに操る魚の尾ひれのようで、テーブルの間を縫って歩くはさながら、岩礁のすきまを軽やかに泳ぎまわる一匹の熱帯魚のようだった。

「お似合いですよ。純喫茶のお給仕みたいで」
「ありがとう」
さん。お酒の追加もらえますか?」
「はい、ただいま」
さん、これ美味いですね」
「たくさんあるから、どんどん食べてね」

 美味い料理に美味い酒、そしての晴れやかな笑顔と軽やかな身ごなしが花を添えて、歓迎会はにぎやかに進んだ。





 宴会がひと盛り上がりした頃、近藤の発案で、二次会の会場に移動することなった。ほとんどの隊士達がかぶき町のスナック「すまいる」へくり出していき、夜勤の隊士が数名残っただけの屯所は閑散とする。

 もしも今夜、突然の重大事件など起きたらまずすぐには対応はできないだろう。これで真選組は本当に大丈夫なのかしらと、も思わないではなかったけれど、それは一介の家政婦には口出しのできないことなので心配したところで仕方がない。

 照明を半分落とした台所で、はひとり宴会の後片付けに居残った。汚れた食器を食洗器に並べてスイッチを押し、(警察庁長・松平片栗虎の好意により最近導入された。)汚れた布巾は洗剤を溶かした水につけおきし、空になったビール瓶をビール箱に詰める。酒豪でないと隊士にはなれない決まりでもあるのか、隊士達はそろいもそろって上戸ばかりで、空いたビール瓶は数えきれない。

 食洗器のうなる音、その中で渦を巻く水と泡、ビール瓶がぶつかってこすれ合う少し耳障りな尖った音、蛍光灯が切れかかっているのか、不穏な音をさせて点滅した。そろそろ替え時かしらと、が視線を上げた時、廊下の向こうから静かな足音が響いてきた。

「よぉ、ご苦労さん」
「あぁ、土方さん」

 明かりの届かない台所の入り口に立って、からは土方の顔がよく見えなかったけれど、土方がまだ隊服を着ていて、腰にも刀を差したままなのは分かった。

「みなさんと一緒に行かれなかったんですか?」
「近藤さんが飲み歩いてんのに、俺まで屯所を空けるわけにはいかねぇだろ」
「まぁ、律儀ですね」
「そんなんじゃねぇ」

 土方は台所の入り口に背を預けて、煙草に火を着ける。暗いところで赤い火がぽっと灯り、それが一瞬、土方の顔を照らした。眉間に寄った皺が深かった。夜の影がそう見せているのか、それとも土方が腹を立てるようなことでもあったのか、その一瞬ではには判断ができなかった。だから、何食わぬ顔をして笑った。

「あまり飲んでいらっしゃいませんでしたね」
「見てたのかよ」
「お給仕してれば分かります。飲み足りなかったんじゃないですか?」
「ほっとけ」

 土方は煙草の煙を吐き出しながら、台所の奥まで入ってきた。あてもなくぶらぶらと散歩をするような足取りがわざとらしい。ぴかぴかに磨き上げられた作業台に腰を預けるようにして立った土方を横目で見やって、は苦笑いした。

「台所で煙草は止めてください」
「もう片付け終わってんだからいいだろ」
「匂いが残るんですよ」
「これ一本だけ」

 火をつけたばかりの煙草はまだ長い。は仕方なく、流しの下から灰皿を取り出して土方の隣においてやった。

 はたらいに素手を浸して、つけ置きしていた布巾を洗う。土方の視線が気になったけれど、いちいち相手にしていてはいつまで経っても仕事が終わらないので無視した。

「悪かったな」

 と、土方が神妙な声で言った。は言葉の意味が飲み込めず、白い泡がたつ石鹸水の中で布巾をこすり合わせながら聞き返した。

「何がですか?」
「何がって、その、あれだよ。あれ」
「だから、あれって何ですか?」
「お前、本気で分かんねぇで言ってんのか?」
「だから、教えて欲しいんですけれど」

 水が冷たくてあっという間に指先の感覚がなくなっていくのが分かったが手は止めない。

 煙草の煙がの鼻先にまで流れてきて、そのいがらっぽい匂いに、は胸が熱くなるのを感じる。それをこっそり胸に吸い込んでひっそりと微笑みさえ浮かべたとは対照的に、土方は不機嫌そうな声で言った。

「さっき、若い連中に絡まれてただろ」
「絡まれたってほどでもありませんよ。こういう席ですし、あれくらい、なんてこと」
「あれくらいって……」

 呆れた声とともにため息の気配を感じて、は両手を水に浸したまま首を巡らせた。顔は見えなかったけれど、土方のため息をそのまま形にしたような煙草の煙の残滓だけは目の端に映った。



 宴もひときわ盛り上がりを見せた頃、はちょうど、若手の隊士達が集まっていたテーブルで給仕をしていた。酔いの回った赤ら顔に満面の笑みを浮かべてある隊士が言った。

さんって、屯所に来る前は風俗やってたって本当なんですか?」

 動揺しなかった、と言えば嘘になる。明らかに笑顔が引きつったし、ちょうどグラスに注いでいたビールの泡が全部死んでしまった。酔っぱらった隊士は誰も気づかなかったようだけれど、声が震えないようにぐっと腹に力を入れなければならないのが苦痛だった。

「そんなこと誰に聞いたの?」
「なんか、風の噂で」
「あ、俺も聞きました! 売れっ子だったんですよね!?」

 酒の力で大きくなった声が、この騒がしい宴の席でもひときわ大きく響いて、の背筋は凍った。

「どこのお店にいたんですか?」
「おい、そんなこと聞いてどうすんだよ?」
「そうだぞ! 今その店行ったってさんがいるわけじゃなし!」
「違いねぇ!」
「いやでも、実際さんがいる店なら俺絶対通いますよ!」
「それは褒めてるの?」
「もちろん褒めてますよー!」

 すっかり酔いの回ったその笑顔に、嘘も偽りもなかった。彼らには本当に悪気はなかったのだろう。それでも、は胸に太い杭を打たれたような気持ちになって、呼吸が浅くなるのを感じた。

 過去を恥じているわけではない。体を売ってでもここまで生きてこられてよかったと思っている。少なくとも、あの世界に身を置いていたからこそ死なずに済んだのだ。後悔はしていない。

 けれど、いくら酒の席の戯言とはいえ、こんなふうに乱暴に揶揄されるとやるせない気持ちになる。笑って受け流すことはできる。たったそれだけのことをするのに、どうして苦い薬を飲むような気持ちを味わわなければならないのだろう。



「どうして、土方さんが謝るんですか?」

 は笑って、視線を自分の手元に戻した。たらいに張った石鹸水の中、きんきんに冷えて感覚の鈍くなった両手が揺れていた。

「バレちゃったものはもうしょうがないですし、それにみんなちょっとした話の種くらいにしか思ってないですよ、きっと、すぐに忘れます」
「本気でそう思ってんのか?」
「はい」

 土方は煙草の煙を深く吸った。

 土方が二次会には行かずに屯所に居残った理由はふたつある。

 ひとつは、キャバクラなんかに行ったら最後、好きでもない女にまとわりつかれ、酒に酔った近藤を介抱し、その上若い連中が粗相をしやしないか絶えず目を光らせていなければならないからだ。それならばひとりで屯所に詰めている方がよっぽどましだ。

 そしてふたつめは、に対する隊士達のある会話を耳にしてしまったからだ。

 若い隊士が、給仕をしているにからんで口走った下世話な言葉を、土方も聞いていた。何せ声が大きかった。土方が聞いたということは、あの場にいた全員が聞いたことになる。

 が風俗で働いていたことを隊士達が知ったら屯所の風紀が乱れる、というのが土方の見解だった。単純で馬鹿な男は、己より立場や力の弱いものを相手に憂さを晴らそうとする傾向がある。は男より力の弱い女で、かつ、風俗で働いていたという経歴はの立場をより弱くするのには十分な条件だ。

 立場が弱い、力が弱い女を手籠めにするなんて、絶対にあってはならないことだ。ましてや、江戸の平和を守る特別武装警察である真選組がそんな狼藉を働いたとあっては大問題になる。

 けれど、実際問題、男というものは単純で馬鹿なのだ。日頃から局中法度の元に厳しく指導してはいるものの、万が一が絶対にないとは言えない。

 土方の予想を裏打ちしたのは、近藤に連れられてかぶき町に移動していく隊士達を、廊下の端で一服しながら見送っていた時だった。

「あの人、実際、体売ってたらしいよ」

 何人かの隊士がどやどやと連れ立って歩いていて、誰がそれを行ったのかは分からなかった。廊下の暗がりに立っていた土方に気づいているものはひとりもいないようだったが、土方は煙草を持った手を体の影に隠した。

「まじで?」
「だとしたら違法だろ。なんでそんな人雇ってんだろう?」
「さぁ、知らねぇけど」
「昔はその辺ゆるかったんじゃねぇのかな。真選組って、元は浪人の集まりだったって聞くし」

 人一倍顔を赤くして酒の勢いで身振りが大きくなっている隊士が、下品な笑い声を上げながら言った。

「もしかして、頼んだらヤらせてくれっかな?」

 聞いていた連中が、ひとり残らず声を上げて笑った。

「お前、あぁいうのが好みなのかよ?」
「いや、好みではねぇけど」
「お前は巨乳好きだもんなぁ」
「けど、こう激務が続くとさ、手近なところで処理したくなるじゃん」
「サイテーだな!」

 笑い声が遠ざかっていくの聞きながら、土方は静かに長く息を吐いた。

 が聞いたら、どう思うだろう。

 あの隊士達は、決して悪人ではない。普段は新人の面倒をよく見る気のいい男だ。仕事の実績も悪くない。近藤にも気に入られているし、土方に冗談を言ってくるだけの度胸も据わっている。

 そこが、問題なのだ。



 土方が謝るのは、確かにお門違いなのかもしれない。けれど、言わずにはいられなかった。の笑顔が痛々しい。慰めてやりたいのに、文句のひとつも言わないからそれもできない。

 は蛇口をひねって冷たい水を流し、洗った布巾をすすいでいる。少し前かがみになった背中、真っ白でひらひらした前掛けのリボンが帯の下を通って結んである。

 土方は短くなった煙草の火を消すと、の背中からシンクの縁に手を掛けた。の両腕の間に閉じ込めるようになる。

 うなじに土方のため息がかかるのを感じて、はとっさにたらいに張った水の中に両手を手首まで沈めた。

「あんなこと言われてまで、無理して笑うことねぇんだぞ」

 たらいの中で洗いかけのふきんを握り締めながら、は無理に微笑んだ。

「あそこで私が何か言ったって、空気が悪くなるだけですよ」

 たらいの中で感覚の鈍くなった手のひらを見下ろして、は思った。土方のささやきは優しく、労りがあった。だからこそは笑った。土方がこんなにも自分を気遣ってくれるだけでありがたくて、それ以上のことを望むのはもはや贅沢がすぎるように思えた。

「土方さんがそう言ってくれるだけで、私は嬉しいです。だからそんなに心配しないで」

 と、後頭部に土方の額がぶつかる。少しだけ前につんのめるような姿勢になったのうなじに、土方の声があたった。

「惚れた女があんな風に言われて心配しない男がいるかよ」

 布巾を握りしめる手に無意識に力がこもって、ちゃぷん、とかすかな水音が立つ。土方の唇がのうなじに落ちる。は肩をすくめたが、土方の両腕に閉じ込められて身動きが取れない。

 食洗機の唸る音との手元で鳴る水音が、薄暗い台所に響く。そこにの呼吸の気配が混ざる。そのかすかな気配は、土方の耳にしか聞こえない。

 ふたりの体が静かに熱を帯びていく。

 先に音を上げたのは、の方だった。

「土方さん、ちょっと待って……!」

 土方は唇をそっと離して、鼻先にぶつかるの後れ毛を見た。土方の呼吸に合わせてふわふわと揺れている、丸くカールした産毛。

 は音を立ててたらいから手を上げると、前掛けで水滴を拭いながら土方を振り仰いだ。

「もう一回、言ってくれません?」

 は切羽詰まったように吐息だけで言う。土方も吐息だけで答えた。

「何を?」
「今言ったこと」

 土方は口をつぐんで目を細めた。

「何でだよ?」
「もう一回言ってくれたら、また明日から頑張れる気がするんです。だから」

 はねだるように土方の頬を撫でた。

 冷水できんきんに冷えたその指先を、土方はとっさに掴んで自分の腰に回す。

「頑張らせたくねぇから、言わねぇ」

 そして、ぶつけるような口づけをした。の手は土方に促されるまま隊服の上着の中に入り、土方の背中ままで滑り込んだ。土方の体温がこもった上着の中、そのぬくもりにの冷え切った手が痺れるように温かくなる。指先がむず痒いような切ないような感じになって、は思わず隊服を力いっぱい握締めた。





 重ねた唇から、体中にしびれるような甘さが広がっていく。土方の唇からは苦い煙草の香りがして、の唇には官能的な甘い蜜が混じる。角度を変えて何度もそれを味わい合う。息継ぎをするのももどかしく、ふたりの息はあっという間に上がった。

 土方の舌がの唇の裏の粘膜をなぞったところで、の膝から力が抜けた。とっさには土方の背にしがみつき、土方はの腰と背中に腕を回して抱きとめた。

「……ごめんなさい」

 お互いの唾液に濡れた唇で、は苦笑いした。土方は酔ってもいないのに酩酊したような目をしての目を覗き込んだ。

「大丈夫か?」
「土方さんこそ」

 の腹に土方の腰が押し付けられている。そこが全く大丈夫でないことは、には隊服の上からでもよく分かった。

「今夜は夜勤なんじゃなかったんですか?」
「近藤さん達が夜通し楽しんでんだから、俺だってちょっと羽目外しても許されるだろ」

 それからふたりで、台所の隣にある家政婦の休憩部屋に移った。六畳しかない狭い部屋だ。昼間は小さなちゃぶ台が部屋の真ん中に鎮座しているけれど、今それは足を畳んで壁に立てかけてある。

 文字通り転がり込むように部屋に入ったふたりは、を下にして畳の上に倒れた。口づけをかわしながら、土方は素早く上着を脱いでバックルを外す。は前掛けを外そうとしたけれど土方はそれを止めた。

「そのままでいい」
「え、どうして?」
「いいから持ってろ」

 土方は前掛けの裾を乱暴にたくし上げて、の胸元に押し付ける。は言われるままにそれを抱え込んで、土方が着物の裾を割り、太腿の裏を掴んで押し上げるのに合わせて腰を持ち上げた。ちょうどよく土方の膝の上に乗り上げる形になる。

 向こう側が透けて見えるほど濡れそぼったそこを見て、土方は生唾を飲み込んだ。

「もうこんなにしてんのかよ」
「土方さんのせいでしょ」

 は怒ったような目をして、前掛けの裾を口元までたくし上げた。白いフリルがの呼吸に合わせて震えていた。

 土方は喧嘩を売るような目での顔を覗き込んで、濡れた薄い布地の上からそこを指の腹でさすり上げる。はぎゅっと目を閉じ、つま先を快感に震わせた。土方の指の動きに合わせて漏れる甘い息が土方を激しく煽る。下着の横から指を差し入れると、こぷりと音を立てて蜜が零れてきて、それは土方のズボンまで垂れてくる。

「土方さんっ、もう、それ、いや……!」
「なんでだよ、すげぇ気持ちよさそうだけど」
「ちがうっ、もう指だけじゃ……」

 の中をかき回している土方の指に、の手が震えながら縋りついてくる。土方は中に指を入れたまま手を止めて、苦しそうに眉根を寄せるの顔を覗き込んだ。

「ん? 何だって?」

 入れたままの指の腹で内側の壁を撫でてやりながら言う。は息を詰まらせながら吐息で答える。

「もう、指じゃ、いや。土方さんのちょうだい」
「もっとゆっくり楽しませろよ」
「だって、もう、切なくて……」

 その、ねだるような、誘うようなまなざし。

 土方は背筋がぞくぞくするのを感じて、自分の下腹部に全身の血流が集中して流れ込んでいるような錯覚を覚えた。頭に酸素が回らない。何も考えられなくなる。自分が獰猛な獣になってしまったような気分になる。

 体の下に組み敷いているが自分の手で苦しみ、声を上げるさまをもっともっと見ていたいと思う。体をよがらせるほど感じさせてやりたい。感じているところを全部見たい。いくらでもしたい。それだけに頭を支配されて気が狂いそうだ。

 だから、男は馬鹿で単純なのだ。たったひとりの女に身も心もほだされて、まったくみっともないったらない。

 土方はの入り口に自分のものをあてがった。は息を詰めてそれを受け入れ、奥の方まで一気に入り込んできたそれに、快感のあまりに悲鳴を上げた。それを聞きながら、土方は無我夢中で腰を振った。。頭の中がそれだけになる。馬鹿みたいだ。でもどうにもならない。苦しそうに、けれど心地よさそうにゆがむの顔を覗き込む。一声一声を聞き逃したくない。

 ぐちゅぐちゅと嫌らしい水音が立ち、飛沫が飛ぶ。の着物も土方の隊服も、あっという間にお互いの体液で汚れたけれど、そんなことを気にしている余裕はふたりともなかった。

「土方さん、ねぇ」
「なんだよ?」
「着物、脱ぎたい」
「なんで」
「もっと、くっつきたい。せつない」
「だめ」
「えぇ? なんで?」

 不満そうに眉根を寄せるを、土方は悦に入った顔をして見下ろした。

「せっかく、似合ってんだから。もったいねぇ」

 途端に、は沸騰するように頬を赤く染めて、前掛けの裾で目元まで隠してしまった。その仕草に胸を掴まれて、土方はの額に唇を落としながら思い切り下から突き上げた。のあられもない喘ぎ声が前掛けの下から聞こえてきたのが、たまらなかった。

 卸したての前掛けは、松平片栗虎がに贈ったものらしいと土方も聞いていた。今夜の宴の席でが若い隊士達の目を引いた一因はこの前掛けにあるだろうという気が、土方にはしている。しゃれた喫茶店の給仕をしていそうなそのなりは、男の目を引くには十分すぎるほどの色香を発していて、けれどは全く意識していなかったらしい。新入りの歓迎会だからと、めかし込んだつもりだったのかもしれないが、そのせいでずいぶん嫌な思いをさせてしまった。松平がそこまでのことを考えていたとはさすがの土方も思わないが、全くいい迷惑だ。

 この前掛けが、馬鹿な隊士達を煽るのだ。土方をも。

 もし万が一、悪酔いした隊士に、が無理矢理犯されそうになったら。今は、土方の体の下で大きく足を開き、股間を濡らし、みっともない声で喘ぐがもし、他の男に同じことをされたとしたら?

 どうして今そんなことを想像してしまったのか、土方にも分からない。その時、土方の脳裏に浮かんだのは、大勢の男に取り囲まれてなすすべもなく体をもてあそばれ泣き叫ぶの姿だった。想像の中で、大勢の男のひとりになった土方は、嫌がるに無理矢理自分のものをぶち込んで好き勝手に腰を叩きつけている。

 一瞬、その想像と現実が繋がったような気がして、はっと我に返った土方は慌てて頭を振った。

 獅子がたてがみを振り裁くようなその仕草に、はぎょっと目を丸くした。

「土方さん? どうしたの?」

 恐るおそる土方の頬に触れたの手。さっきまで氷のように冷え切っていた手は、土方と体を重ねたことですっかり熱くなっている。土方はその手を取って、感触を確かめるように自分の頬にこすりつけた。

「……なんでもねぇよ」
「本当に?」
「あぁ」
「もっと、気持ち良くなって。好きに動いていいから」
「もう十分好きにしてる」

 土方が答えると、はとろけるように微笑んだ。骨抜きになる、という言葉の意味を、土方は初めてその身をもって体感した。

 の体の上に崩れ落ちて、そこからはただ夢中で腰を振るだけの獣になった。必死にしがみついてくるの手は、土方の隊服を引きちぎってしまいそうで、気持ちが良くて出ているとはとても思えない激しい声を上げている。

 真っ白になる頭の中が全て、の存在で満たさていくような気がして、土方はその快感に身も心も投げ出した。





 土方の固くそそり立ったそれが、自分の体の内側をごりごりと擦り上げる快感に、は何度も意識を手放しそうになった。けれど、そんなことをするのはもったいないような気がして土方の体にしがみついてなんとか堪えた。熱くて甘い刺激が体中を駆け巡ってじんじんとしびれるほどで、自分の体が自分のものではなくなってしまったような気持ちになる。

 これまでも、何人もの男に抱かれてきた。そうやって自分の食い扶持を稼ぎ、なんとかここまでやってきたのだ。酷いことをされたことも、痛めつけるようなことをされたこともある。今振り返ると、自分は本当によく生き抜いてきたと思う。

 後悔はしていない。それは本心だ。けれど、だからこそ、自分の体は汚れていると、は思っている。

 そんな自分を、なんのためらいもなく、こんなに必死に抱いてくれる土方は、にとっては奇跡以外の何ものでもなかった。

 獣のように獰猛な目をしてを見つめながら、激しい呼吸をして、無我夢中で腰を振って、を抱く腕には太く青い血管が浮き出ている。力づくで押さえつけられた体は全く自由にならない。肌と肌を重ねたところ、体のつながったところ、その全てからすがり付くように必死でを求める気持ちが伝わってきた。

 もはや正常には働かない頭の片隅で、は思う。もしかするといつか自分は、この獣のような人に取って食われることになるのかもしれない。けれど、ちっとも怖くはなかった。こんな風にを抱いてくれた人はこれまでにひとりもいなかった。どんなに酷いことをされても、痛めつけられても、土方は今まで出会った男の誰とも違った。

 惚れていると、言ってくれた。ずっと前から知っていたけれど、土方の口から贈られた言葉は想像以上に甘美だった。

 は土方に強く抱かれながら、抱えきれない多幸感を感じてほんの少し泣いた。



 お互いに、呼吸を整えるのにしばらくかかった。

 ようやく体を起こした土方は、の中からずるりと抜け出した瞬間、唖然とした。赤く充血した穴がひくひくと痙攣しながら、白いしずくをぽたり、ぽたりとこぼしている。手近にティッシュボックスがあったので、慌てて二、三枚抜き取って、着物にこぼれた雫を拭きとり、ついでに濡れた股間も拭いてやる。中に残したものを掻き出してやった方がいいか迷ったが、悩んだあげく、そのまま足を閉じてやった。

? おい、大丈夫か?」

 なかなか体を起こさないの腰に手を置いて言うと、は寝ぼけたようなぼんやりした声で答えた。

「はい」

 その声にかぶさるように、何か機械のアラームのような音が響いてきた。

「あ、食洗器」

 と、がひとり言を言った。

 強引に現実に引き戻され、土方は自分の中にあった熱があっという間に冷めていくのを感じる。出すものを出し切ったせいもあるだろうが、どうしたらいいのか分からない。目の前にはまだ、の生々しい素足が無防備に転がっているというのに。

 は腕をついて重そうに体を起こすと、両足を小さく折りたたんで着物の前を合わせた。あまりまじまじと見ていてはいけないような気がして、土方はそそくさと背を向けて、ズボンのジッパーを引き上げた。

 中で出してしまったことを、は気づいているだろうか。黙々と着物を直すの、その無言が、土方には痛い。終わった後、しばらく余韻に身を任せていられればまだいいのに、食洗器のアラームひとつで甘い空気をぶち壊されて、腹が立つどころか情けないような気持ちになる。

 が膝を立てる気配を感じて、合わせて土方も腰を上げる。

 と、はふらりと足をもつれさせた。慌てて腕を掴む。

「すみません」

 とっさに掴んだの手はまだ熱い。熱に浮かされたような目をして照れくさそうに笑う顔、上気した頬、乱れた髪、耳の上の後れ毛。このまま布団の中に連れて行って休ませてやりたいと、土方は心の底から思う。

 けれどは土方の腕を取ったまま、真っ直ぐに台所に戻った。食洗器が動きを止めた台所は、何かが死んでしまったように静かだ。まだ足元がおぼつかないの手を離す気にはどうしてもなれなくて、土方はつい余計なことを口走った。

「俺がやっとくか? 皿の片付け」
「え?」

 は目を丸くして土方を見る。何かおかしなことを言ったか、と土方が自問した瞬間、は突然、腹を抱えて笑い出した。ただでさえ体に力が入らない状態で全身を震わせるからそれだけで膝から崩れ落ちそうになって、土方の腕にもたれかかる。

 腕に額を押し付けて肩を震わせるを、抱きしめていいのかどうかも分からず、土方は困惑した。

「何がおかしいんだよ?」
「ごめんなさい。びっくりしちゃって」
「なんなんだよ、本当」
「ふふ、ありがとうございます」
「なにが」

 はひとしきり笑って浮いた涙を拭うと、土方の腕に自分の腕をからませた。

「明日からも、頑張れそう」
「体、大丈夫か?」
「はい」
「……本当に?」
「そんなに気にしてるんですか?」

 土方はぐっと、喉に何かが詰まったような顔をして、目線だけを横にずらす。真っすぐにの目を見れない。さっきまであんなに熱く絡め合った視線が、どうしても合わない。情けない。自分は怖気づいているのだと分かる。

 土方の視線を拾い上げるようにが目を覗き込んできて、土方は慌てて目をしばたたかせた。

「後悔しますか?」

 手を繋いだまま、は土方の手の甲を自分の下っ腹に押し付けた。の体のずっと奥の方にあるはずの自分の残滓の熱さが伝わってくるような気がして、土方はの手を握る手に力を込めた。

「しない。お前は?」
「私も、しません。
「本当に、大丈夫か?」
「大丈夫ですよ、きっと」

 がくいと顎を上げたので、土方は導かれるように口づけをした。













20180527