小鳥が朝一番のあいさつを鳴き交わしている声を聞いて、遠子はそっと目を覚ました。

 障子を透かして部屋を照らす淡く白い光と、火を落とした行灯が見える。そして、布団の上に投げ出した手を握る、土方の手。節くれだって傷だらけの、日に焼けた大きな手だ。遠子の手はその手に守られるように包まれている。じんわりと胸の奥から温かいものがあふれてきて、遠子はその手を引き寄せながら胸いっぱいに息を吸い込む。

 すると、背中から遠子を抱く腕に力がこもった。

「もう起きたのか?」

 と、土方が言う。寝起きのかすれ声で、吐息が耳にあたってくすぐったい。
 遠子は肩をすくめながら笑った。

「すいません、起こしちゃいました?」
「別に。今何時だ?」
「さぁ、何時でしょうね」
「あぁ、時計ないんだよな、この部屋」
「土方さんは、今日は午後からなんでしたっけ?」
「まぁな。お前は?」
「私は朝の配膳には出ないと」
「たまにはさぼっちまえばいいのに」
「そんなのだめですよ」

 遠子は土方の腕をほどいて起き上がろうとしたけれど、土方はそれを許さず遠子の腰を捕えて布団に引き戻す。遠子は笑い交じりの悲鳴を上げて土方の腕を叩いた。
 
 「もう、離して。土方さん」

 土方は決して逃がさないとでも言うように、背中から遠子にのしかかり、寝間着の裾を割って武骨な足を遠子の足首に絡めた。

「いくらなんでもまだ早いだろうが」
「身支度しなくちゃ。女は時間かかるんですから」
「あと5分だけ」
「本当に?」
「約束する」
「じゃぁ5分だけ」

 けれど結局その5分は10分になり、30分になり、1時間になった。

 幸いなことに、まだ新聞配達もはじまらないほど早い朝だった。ふたりがようやく布団を抜け出して、気だるい雰囲気を残したまま顔を洗い、身支度を済ましても、熱いお茶を味わう時間はまだたっぷり残っていた。

 ちゃぶ台の端に置きっぱなしのお銚子とお猪口から、昨夜の酒の臭いがほのかに漂っている。

 遠子は茶を飲みながら、長い髪の毛先を指にくるくると絡めながらため息を吐いた。

「そんなに落ち込むなよ」

 と、土方はぶっきらぼうに言う。
 遠子はわざと苦い顔をして答えた。

「落ち込まないでいられませんよ。せっかく土方さんがくれたかんざしだったのに」

 それは昨夜のことだった。遠子はこの宿にやってくる道中、かんざしを落として失くしてしまったのだ。何しろ夜中のことだったし、小さなかんざしだ。見つかったらほとんど奇跡といってもいい。それでも、遠子はその奇跡を願わずにはいられなかった。それくらい大切なかんざしだった。

「心配しなくても、ちゃんと見つけてやるよ」

 そう言う土方は冷静そのものだった。まるでかんざしが今まさにどこにあるのか既に知っているような言い方で、遠子はそれが不思議でたまらない。

「本当に?」
「疑うのか?」
「そういうわけじゃありませんけど、どこで落したのか分かるんですか?」
「だいたい想像はつくだろ」
「もしかして、場所を覚えてるんですか?」
「まぁな」
「すごいですね、私なんかもうさっぱり」
「お前酔ってたからな」
「酔ってなくても、夜で暗かったんですからしょうがないでしょ」

 土方はちゃぶ台に頬杖を付くと、意味ありげに遠子を見る。視線をそらさないままお茶をすするそのまなざしに、遠子はどぎまぎした。

「何ですか?」
「なんでもねぇよ」

 ふたりは一緒に宿を出た。普段なら、出勤時間の遅い土方を置いて遠子が先に宿を出ることが多いのだけれど、今日は土方が一緒に行くと言ってきかなかった。

「見つけてやるって言っただろ」

 と、遠子の一歩前を歩きながら土方は言った。
 遠子はゴムで簡単にまとめただけの髪に触れながら土方の背中に向かって言う。

「どこにあると思うんです?」
「来る途中に通った神社。お前、あそこで転んだだろ?」
「転びましたけど、それがどこかって聞いてるんですが?」
「覚えてねぇの?」
「転んだことは忘れてませんよ。けど、場所までは……」
「酔っぱらってたせいだよ」
「……私、そんなに酔ってました?」
「酔ってた」

 そこまできっぱりと言い切られると自信がなくなってきて、遠子は昨夜のことを思い返す。土方と居酒屋に入って飲みはじめてから宿に入って休むまでの記憶はある。けれど、それが全て夢や幻想ではないと果たして言えるだろうか。今の土方の言い方では、よほど目に余る酔い方をしていたようだし、もしかすると自分の都合のいいように夢と現実をすり替えてしまっているのかもしれない。

 黙り込んだ遠子を、土方は今にも笑い出しそうに細い目をして見ている。

「そんなに見ないで、もう」

 遠子が照れて土方の肩を叩くと、土方は煙草の煙を吐きながら軽やかに笑った。

 ふたりは回り道をしてその神社へ足を向けた。昨夜、居酒屋を出た後に酔い冷ましに通った場所だ。その神社は、天人襲来以来すっかり開発の進んだ江戸の街の中にあって珍しく、昔ながらの鎮守の森を残している古い神社で、地元の住人や氏子に長く大切にされてきた歴史のある神社だ。森の中をぐるりと回るように整備された遊歩道に、夜には月の影を映す池が美しい。

 早朝の森は、夜の間に森が清めた清潔な空気に満ちている。その清々しさに胸の奥まで洗われるようだ。夜中にたどった道を逆にたどる。昼夜が違えば全く別の場所のように見え、これでは場所を覚えていても同じ場所を探し出すのは至難の業だと思えた。

「朝の森は気持ちがいいですね」
「けど、鳥がうるさくてかなわねぇな」

 カラスだろうか、森の奥からぎゃあぎゃあと甲高い声でわめいている鳥の鳴き声が響いてくる。

 その騒がしさは歩みを進めるにつれて増していった。土方の表情は険しくなり、遠子の不安は歩みを進めるごとに大きくなる。自然と口数も少なくなり、土方は遠子を背中にかばうようにした。

 森の中ほどに黒いカラスの群れが集まっている。そのそばに、浅黄色の袴を着けた禰宜と岡っ引き、そして真選組の黒い隊服が見えた。栗色の髪は真選組一番隊隊長の沖田だ。

 遠子が不安な顔をして土方の袖を掴む。土方は安心させるようにその手をぽんぽんと叩いてやった。

「ちょっと様子を見てくるから、お前はここで待ってろ」
「一緒にいさせてくれませんか? なんだか気味が悪くて」
「ったく、しょうがねぇな」

 歩道を逸れて、落ち葉が積もった地面を踏みしめて森に入る。カラスの鳴き声はますます激しく、空から雨のように降り注いでいる。見上げると、風に揺れる葉が作り出す隙間から時折ちらちらと光が差すが、その光はほとんど地表まで届かず、早朝にもかかわらず森は薄暗くてじめっと湿っていた。

 首筋にぞわりと悪寒が走る。遠子は思わず土方の腕を強く握りしめると、土方は安心させるように振り向きざま笑った。

 足音を聞きつけたのだろうか、沖田はふたりに気づくと目を丸くした。

「おや? 土方さん、遠子さんまで」
「ご苦労さん」
「おはよう、沖田くん」
「どうしたんですか? こんな朝早くからこんなところで」
「ちょっと野暮用でな。そっちこそどうした?」
「今朝方、通報がありましてね。この神社の境内で仏さんが見つかったってんで、たった今現場に着いたところですよ」
「もしかしてここがそうなのか?」
「えぇ、あそこです」

 沖田が指差した先には、青い顔をした禰宜と、地面に向かってしゃがみこんでいる岡っ引きの姿があった。その足元に誰かが倒れている。一面に芍薬の花があしらわれた着物と帯が見えていて、どうやら女だということが分かった。遠子が興味本位で首を伸ばすと、沖田が立ち位置を変えてその視線を遮った。

「遠子さんは、見ない方が」
「ごめんなさい」
「遠子。お前、ちょっと向こうで待ってろ」
「はい」

 遠子がしぶしぶと歩道に戻って行ったのを確認してから、沖田は目を細めて土方を睨んだ。

「恋人と仲良く朝帰りたぁずいぶん腑抜けたもんですね。鬼の副長の名が聞いて呆れまさぁ」
「なんだよ、急に食ってかかりやがって」
「別に。ただ、女と腕組んでふらふらこんなところ散歩してる土方さんを、もしも若い隊士連中が見たらなんて言うかと思っただけです」
「誰にも見られてねぇんだから別にいいだろうが」
「俺が見てますよ」
「俺の何を見ちまおうとお前は今更何も変わらんだろう」
「そうですねぇ。副長の座はいつか必ず俺がいただきます」
「言ってろよ」

 岡っ引きと禰宜にそれぞれ挨拶をして、土方は地面に倒れ伏している女を見下ろした。かっと開いた目が何を見るともなく空を睨み、薄く開いた唇から体液が零れている。派手な色の髪は乱れ、紅葉した落ち葉のように地面に散らばっていた。首の後ろに何かを突き刺したような痕があるが、地面を濡らしている血液は少ない。

「首の後ろをひと突き、か」
「出血が少ないところを見ると、頚椎損傷による窒息死ってところですかね。詳しく解剖してみないと分かりませんが」
「ひでぇことしやがる。遺留品は?」
「手提げのバッグがひとつです。金目のものは残ってましたよ」
「追剥ってわけじゃねぇのか。怨恨か」
「かもしれません。凶器は何でしょうね?」
「何か、鋭く尖った釘みたいなもんだろうな。アイスピックとか」
「おい、それらしいもんその辺に転がってねぇか探してくれ」

 岡っ引きは「へぇ!」と威勢のいい返事をすると、慎重に足元を確認しながら辺りを捜索しはじめた。
 土方は、青い顔をして不安そうに縮こまっている禰宜に向かって言う。

「遺体を見つけたのはあんたか?」
「はい」
「その時の状況を詳しく聞かせてくれ」
「はい。朝のお勤めをこなしていましたら、何やらカラスが騒がしかったので様子を見に来たのです」
「そうか。この女に見覚えは?」
「ありません」
「遺体がいつからここにあったか分かるか?」
「いいえ……。ただ、神社では毎夕に森の見回りをすることになっております。その時に遺体があれば誰かが気づいたはずです」
「つまり、昨日の夕方以降から今朝までの間に遺体をここに放置していったってわけか。まさかとは思うが、そこの遊歩道に監視カメラは?」
「ありません」
「だよな。昨夜、ここを通った人間を割り出す方法は他にあるか?」
「いいえ、ここは誰でも自由に通れる道です。繁華街も近くにありますし、隣町に抜ける近道でもありますから夜中でも人通りはあります」
「難航しそうですね」

 その時、岡っ引きが少し離れた場所から土方と沖田を呼んだ。地面の一か所を指差している。行ってみると、落ち葉に隠れるように血塗れのかんざしが一本落ちていた。黒い漆塗りの軸に、深い緑色の玉飾りが付いている。

「凶器はこれですね。殺された女のものか、それとも犯人か」
「犯人のじゃねぇよ」
「何でそう言えるんですか?」

 土方はかんざしの前に片膝をつくと、思わず手を伸ばす。けれど思い直してその手をぎゅっと握り締めた。親の仇でも見つけたように思い詰めた表情を浮かべる土方を、沖田は腰を折ってのぞき込む。

「土方さん? どうかしたんですか?」
「何でもねぇ、ただ、探し物がこんな状態で見つかるとは思わなくてな」
「探し物? もしかして野暮用って、このかんざしを探してたんですか?」
「遠子が落としたんだ、昨日の夜な」
「え、じゃぁこれ遠子さんの?」

 土方は苦い顔でうなずいた。



「かんざしを落としたっていうのは、具体的にどういうことですか?」

 と、沖田が言った。

 真選組屯所の会議室である。足の短い座卓がひとつ、部屋の隅には座布団が乱雑に積み上がっている。幹部が集まる会議ではこの座布団の山も低くなるのだが、今は、遠子と土方、沖田、近藤、山崎、そして鉄之助がいるだけだ。鉄之助は座布団を使わずに部屋の隅に立っていた。

 遠子は神妙な顔をして質問に答えた。

「恥ずかしい話なんですけれど、酔って足がもつれて転んだんです。そうしたら草履がすっぽ抜けて茂みに入ってしまって。土方さんと探したんですけど、なにぶん夜中で街灯もなかったものですから、なかなか見つからなくて」
「かんざしではなく草履、ですか?」
「はい。あっちこっち探してる最中に、木の下枝に引っ掛けてかんざしまでなくなっちゃったんです」
「それで、草履だけが見つかったと」
「はい」
「草履やかんざしを落とした場所は覚えていますか?」
「それが、私は酔っていたものですから……」

 遠子は助けを求めるように隣にいる土方を見た。

「それは、俺が覚えてる。遺体の発見現場からは離れた場所だ」
「それは確かですか?」
「あぁ。なぜだか知らんが、犯人は拾ったかんざしを使って犯行に及んだんだろうな」
「そういう可能性もあるということですね」

 沖田はテーブルの上に一枚の写真を滑らせると、遠子に尋ねた。

「この人に見覚えはありませんか?」
「被害者の方ですか?」
「そうです。現場で姿を見かけたりはしませんでしたか?」
「現場ではないですけれど、話をしました」
「そうなのか?」

 一番驚いたのは土方だった。遠子の顔をのぞきこむようにして身を乗り出すので、遠子は人目を気にして背を仰け反らせる。

「えぇ、あの居酒屋に。覚えてませんか?」
「覚えてるわけねぇだろ」
「私達が座ったカウンター席のちょうど真後ろにいた方ですよ」
「よく気づいたな」
「派手な髪と着物で目立ってましたから」
「それは、ふたりで飲んでたっていう居酒屋でのことですか?」

 沖田が口を挟むと、土方ははっとして身を引いた。

「そうです。小さなお店ですから、見間違いじゃありません」

 と、遠子が頷きながら答える。

「誰かと一緒に来てましたか?」
「男の人とふたりでした」
「名前とか職業とか分かりますか? どんな外見かとか、なんでもいいんですが」
「さぁ、女性の方の印象が強くてはっきりとは……」
「話をしたと言ってましたが、内容は?」

 遠子は目を伏せると、膝の上でぎゅっと手のひらを握る。

「お手洗いに立った時にたまたま鉢合わせて、あの、かんざしを褒めてくれたんです。綺麗ねって。私も彼女の着物を褒めました。芍薬の花の染物がとても綺麗だったので」
「……それだけですか?」
「それだけです」
「居酒屋を出て宿に着くまで、遠子さんがひとりになった時間はありませんか?」

 沖田が言うなり、土方はぎろりと凄みのある目で沖田を睨んだ。

「おい、総悟。その質問はどういう意味だ?」
「形式的な質問だと思いますが、何か?」
「何かじゃねぇよ。こいつを疑うようなこと言いやがって」
「考えすぎですよ」
「土方さん、やめてください」
「どうなんですか? 遠子さん」
「土方さんとずっと一緒でした。ひとりにはなってません」
「ありがとうございます。また質問させてもらうこともあるかもしれませんので、その時はご協力よろしくお願いします」
「分かりました。仕事に戻ってもかまいませんか?」
「はい。ご苦労様です」

 遠子は腰を上げながら、なだめるように土方の膝頭を撫でる。土方はその手を一瞬だけ強く握りしめたが、座卓の下で行われたその全てのことには誰も気づかなかった。



 遠子の足音が十分遠ざかったのを確認してから、沖田は再び口火を切った。

「で、本当のところはどうなんですか?」
「どういう意味だ?」

 土方は煙草に火を着け、テーブルに腕を乗せる。
 沖田の隣で調書を付けていた山崎と、腕組みをしてじっと口を引き結んでいた近藤はこっそり目配せをした。

「遠子さんの証言に嘘はないか、と聞いているんです」
「なんであいつが嘘を吐かなきゃならねぇんだよ?」
「そう噛みつかないでください。証言の裏を取るための質問です。もっとも、土方さんの話は参考程度にしかなりませんがね」
「あぁ? てめぇ、それはどういうことだ?」

 思わず身を乗り出した土方を、近藤は迫力のある声だけで制した。

「トシ、落ち着け。総悟はいつも通りの事情聴取をしているだけだ」
「そうですよ。利害関係が一致している者同士の証言は信用してはいけないというのは常識なんですから」
「だからってなんで俺の証言が参考にしかならんという話になるんだよ?」
「仮に遠子さんが殺人犯だったとしたら、土方さんは確実にかばうでしょう」

 とっさにそれを否定できず、土方は煙草のフィルターを噛みしめた。ほら見ろ、と言わんばかりに、沖田は同意を求めて近藤を見る。近藤は肩をすくめて嘆息し、山崎も鉄之助も、苦笑いした。土方の考えることはみんなお見通しなのだ。

 土方は舌打ちをして吐き捨てた。

「犯人は遠子じゃねぇ。ちゃんと捜査すれば分かることだ」
「もちろんそうです」
「ならこんなところで油売ってねぇでさっさと行こうぜ。例の居酒屋で聞き込みすれば、被害者と一緒にいたっていう男のことも分かるだろう」

 土方は煙草の火を潰して腰を上げようとした。けれど、近藤がそれを止めた。

「ちょっと待ってくれ、トシ」

 近藤は言いにくそうな顔をしながら、膝頭を土方に向け、改まった口調で言った。

「トシには、今回の件では捜査から外れて欲しいんだ」
「はぁ? 何でだよ?」
「こういう形でとはいえ遠子ちゃんが関わっている以上、お前は冷静に捜査できんだろう。凶器の持ち主ということだから容疑者のひとりとして考えざるを得んし、遠子ちゃんの恋人であるお前に捜査させるとなると、上から何か言われるかもしれないしな」
「近藤さん! 俺がそんな身内びいきの捜査をすると思ってんのか?」
「俺じゃない。松平のとっつぁんからの命令だ」

 土方は悔しそうに唇を噛んだ。真選組を統括する警察庁長官・松平片栗粉の命令ならば従わないわけにはいかない。

 近藤は土方の隣に座り直すと、元気づけるように勢いよくその背中を叩いた。

「安心しろよ、トシ。遠子ちゃんが犯人だなんて、俺達が本気で思っていると思うのか? 捜査は抜かりなく進める。安心して俺達に任せておけって」
「……それだけが問題じゃねぇんだけどな」
「え? 何か言ったか?」
「何でもねぇ。おい総悟。この件はお前が担当するんだな?」
「はい。俺じゃ不服ですか?」
「不服とは言わねぇが、信用はしねぇぞ」
「おい、トシ。何を言い出すんだ?」

 近藤の声を、土方は手をかざして遮る。そして、真っ直ぐに沖田を睨みつけてはっきりと言った。

「お前が俺を陥れようとするのは勝手だがな、そのためにあいつを利用するような真似しやがったらただじゃおかねぇぞ。それだけは憶えとけ」
「……分かりました。肝に銘じておきます」

 土方はここぞとばかりに沖田を睨み付けた後、足音高く部屋を出て行った。鉄之助は土方の異様な雰囲気にびくびくと怯えていたけれど、近藤に命じられて慌ててその後を追っていく。

「あれは、どういう意味でしょうか?」

 と、山崎がぽかんと呟いたが、沖田も近藤もそれに答える言葉を持っていなかった。








201909