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 佐々木が吉原を出てから間もなく、土方さんの元に、地上で勾留されていた私の身代わりが釈放されたという連絡が入り、私は晴れて自由の身となった。これで命を狙われる心配もなくなり、真選組屯所の家政婦として、元の生活に戻れる。

 祭りも、何事もなく終わった。この日、吉原を訪れた人は過去最高で、屋台の売り上げも上々。お汁粉も完売した。日輪さんも月詠さんも、ほくほくと満足しているようだった。

 祭りから一夜が明け、貸座敷に長居していた客達もすっかりはけた、吉原の朝。私は、茶処「ひのや」で銀さんと並んでお茶を飲んでいる。銀さんは、バイト代が入った茶封筒をふところにしまい、満足そうな顔をしておまんじゅうを頬張っていた。

「よく働いた後に食べるまんじゅうはやっぱりうまいなぁ」
「それはお疲れさま」
「お前もな。花魁に屋台に、命狙われながらよく働いたよ。お疲れさん」

 祭りの当日も、銀さんは町の雪かきに追われていたらしいのだけれど、ちょうど、屋根の上の雪を下ろしていた時、佐々木に脅されて町外れに連れ込まれた私を見つけてくれたのだそうだ。あの時、銀さんが屋根の上にいてくれなければ、私は今頃この世にはいなかっただろう。

「それにしても、必ず守るとかなんとかカッコイイことほざいてたわりに、肝心な時に使えねぇ奴だったな、土方くんは」
「ギリギリのところで間に合ったんだし、もういいじゃない」
「どんな理由であれ、口先だけの奴は、俺ァ嫌いだよ。でかい口叩いておいてあのざまだ、情けないったらありゃしねぇ。それに、お前も悪いんだぞ。迷子の子どもと自分の命と、どっちが大事なんだよ」
「それはどっちも大事よ。あんなに泣いてたんだもの、かわいそうじゃない」
「百華の連中に預けるとか、他に手立てはあっただろうが」
「みんな忙しかったのよ。もう、過ぎたことをぐちゃぐちゃ言わないで。土方さんにも散々言われたばっかりなのよ。頭が痛くなっちゃうわ」

 銀さんはまんじゅうを口の中に放り込むと、白い粉の付いた指をぺろりと舐めた。

「あいつにも怒られたのか?」
「もう、カンカンよ。私も悪かったと思ってるから言い返さなかったけど、あれはいくらなんでも言いすぎだと思うわ」
「ぼやくんなら、もっとそれらしい顔をしろよな」
「え?」
「笑いながら、愚痴なんて言うもんじゃねぇよ」

 そう言われてとっさに、片手を頬に添えてみた。確かに、怒ってふくれっ面の触り心地ではなかった。自分のことながら、恥ずかしかった。なんだか浮かれていた。あの慣れ親しんだ真選組屯所に、やっと帰れることが嬉しくて仕方がなくて、許されるのなら今すぐここから走って帰りたかった。子どものような気持ちが胸の中ではじけそうで、困ってしまう。

 黙り込んだ私を、銀さんは穏やかに微笑みながら見ていた。

「良かったな。無事に戻れることになって」
「銀さんのおかげね、本当にありがとう」
「俺じゃなくて、土方くんのおかげだって言ってやった方が喜ぶと思うぞ」
「土方さんには、言葉より態度で示す方がいいのよ」
「へぇ、そうなの」
「そうね、一回好きって言うくらいなら、他のやり方の方がうまく通じることの方が多い気がするわ」
「え、なにそれ、猥談?」
「なんでそう受け取るのよ」
「いやいや、いくらここが吉原とは言え、昼間っからそんな話はよした方がいいよ? 花魁なんかやってて、そこらへんの線引き分かんなくなっちまったのかよお前」

 手をひらひら振りながらわけの分からないことを言う銀さんは、ちっとも私と目を合わせない。たぶん、照れているんだろう。 銀さんは、お礼を言われることに慣れていない。昔から、あまり人好きするような性格はしていなかったし、腕っぷしが強い分、たくさんの恨みも買ってきた。だから、真っ直ぐな気持ちで「ありがとう」と言っても、なかなか素直に受け取ってくれない。仕方がないから、ご飯をごちそうしたり、困ったときに手助けをしてあげたりすることで感謝の気持ちを伝えているつもりだけれど、それでものれんに腕押しというか、こちらの気が済むだけなのだ。

 私と銀さんは、家族でもないし恋人同士でもない。友達、という言葉も、私達の関係には似合わない気がする。私達は、ただの昔馴染みだ。銀さんは命がけで私の命を守ってくれたけれど、もしも私以外の誰かが同じ目に合っても、きっと同じことをするんだろう。自分の身を削るように、犠牲を払うように、銀さんはいつも誰かを守っている。たぶんそれは、誰のためでもなく銀さん自身のためにしていることなんだと思う。

 そんな銀さんに守られたままでいるのは、少し辛かった。

 いつまでもわけの分からないことをまくしたてている銀さんを遮って、私は努めて明るく言った。

「ねぇ、銀さん。地上に戻ったら何を食べたい? 今回のお礼におごるわよ」
「まじで!? いいの!? 何でも!?」
「いいわよ。神楽ちゃんと新八君も誘って、どう?」
「いや、あいつらいると俺の分まで食われっちまうからいいんじゃね!」
「そう? 今日も冷えるし、お鍋でも食べに行きましょうか」
「おぉ、それはいいな! 酒もつけてくれよ」
「お願いだから、飲みすぎないでよ」
「……何を呑気な話をしてんだよ、お前らは」

 と、煙草を吹かしながら呆れた顔をした土方さんが、いつの間にかそばに立っていた。

「車、用意できたぞ」
「おぉ、ちょうど良かった、土方くん。これから鍋に食いに行くんだけど、車出してくんねぇ?」
「何で俺がてめぇのために車出してやらなきゃならねんだよ!? そして何でいきなり鍋だ!?」
「お礼にごちそうするって約束したんですよ」
「勝手なことするな! 俺は屯所に戻ってすることがいろいろあんだよ! お前も早く帰りてぇって言ってただろうが!」
「ちょうどお昼時だし、少しくらい寄り道してもいいじゃないですか。土方さんもお腹すいてません?」
「すいてねぇよ!」
「頼むよ、土方くん。せっかく一件落着したんだから、ちょっとくらい贅沢したって罰は当たらねぇよ」
「なんでお前に贅沢させてやらなきゃならねんぇんだよ!?」
「ねぇ、土方さん。お願い」
「ほら、こいつもこう言ってることだしよ。こいつの頼みなら聞けるだろ? 何せつい昨日まで命狙われてたんだよ? せっかく無事に地上に戻れることになったんだから、まずは美味い鍋でも食わせて、労わってやれよ」

 土方さんは柱に片手をついてぐったりとうなだれた。連日、私を守るために昼も夜も働きづめで疲れているのに、浮かれてからかいすぎてしまっただろうか。

 私はすっくと立ちあがって、土方さんの隣に立った。

「さぁ行きましょう、土方さん。お店どこにしましょうか?」

 土方さんの腕に私の腕を絡ませたら、土方さんは目を見開いて驚いた顔をしたけれど、笑顔で押し通したら諦めたようにため息を吐いた。

「そう言えば、まだ言ってませんでしたね」
「何をだよ?」
「助けてくれて、ありがとう」

 土方さんは何度か瞬きをした後、照れくさそうに頬をかいた。照れると口数が多くなる銀さんとは対照的に、土方さんは口数が減る。ほんのりと赤く染まった頬がかわいくて、見ているだけで自然と笑顔になれた。

 私が土方さんの隣で、いつまでもこんな風に笑っていたら、きっと銀さんも安心してくれるだろう。些細なことかもしれないけれど、私は私にできるやり方で、銀さんが自分を犠牲にしないでいられるように、できることをしよう。これが、大切な昔馴染みに私がしてあげられる唯一のことだ。

「土方さん。忙しいのも分かるけど、お鍋、一緒に行きましょうよ。銀さんにもちゃんとお礼がしたいの。お金は私が出すから」

 土方さんはむっと口を尖らせて言った。

「俺をおだてて言うこと聞かせようって腹か。その手には乗らねぇぞ」
「そんなんじゃありませんってば」

 土方さんの腕を引きながら、少し背伸びをして耳元に唇を寄せる。そして隣を歩く銀さんには聞こえないように、小さな声で言った。

「お願い、聞いてくれたら土方さんの言うこと何でもひとつ聞いてあげるって言ったらどう?」

 そう言ったとたん、土方さんの耳がぴくりと動いた。どうやらこれは効いたらしい。

「……ったく、しょうがねぇな」

 振り返ると、銀さんは鼻くそをほじりながら、目を細くして私を見ていた。

「ずいぶん計算高い女になったな、お前。吉原で過ごすと皆そういうふうになっちまうの?」
「あら、新しい魅力が増したって言いたいの?」
「誰もんなこと言ってねぇよ」
「いいから、もう行くぞ。腹減ってしょうがねぇや」
「お前はたった今まんじゅう食ってただろうが」
「うるせぇ、甘味は別腹だ」

 太陽の光をはじいて、星屑をまいたように光る雪道が眩しい。
 その道の両端を椿の垣根が彩っている。
 私を間に挟んで口喧嘩をしているふたりの声は、楽しいBGMだ。

 土方さんと銀さんと、三人並んで、こんなにきれいな道を歩けるのが嬉しくて幸せで、本当に生きていて良かったと心から思った。







20200413(再録)