ゆび で あそぶ











翌日、土方は朝一番の汽車に飛び乗った。4時間あまり電車に揺られ、そこからさらに車で1時間。信じられないほど山奥にその町はあった。

古くは良質な銀が取れる鉱山として栄え、幕府直営の御公儀山として全国に名を知られた町だが、掘るものを掘りつくした今はその副産物として生まれた温泉が町の中心となった観光地だ。町の中央を流れる川沿いに昔ながらの温泉宿が軒を連ね、等間隔に立つガス燈がレトロな雰囲気を演出している。

「うわ、本当に来たんですねぇ」

沖田は土方の顔を見るなり、意外そうに目を丸くした。

沖田の任務は、静養のためにこの地を訪れている将軍、徳川茂々とその妹、そよ姫の護衛である。

この兄妹は年に一度だけ、馴染みの宿で水入らずで過ごすのだ。わざわざふたりの影武者を立ててのお忍び旅行で、とくにそよ姫は年に一度のこの旅行をことの他楽しみにしている。御年十二歳、まだまだ兄に甘えたい年頃だが、茂々は将軍としての職務に多忙を極めるため、ふたりでゆっくり過ごせるのはこの数日間だけなのだ。このことを知るのは、全ての計画を取り仕切っている警察庁長官・松平片栗虎と、松平が全幅の信頼を置いている一部の関係者だけだった。

沖田の話によれば、そよ姫の世話係の女が急な病を得たため、その穴埋め人員を探していた松平にを紹介したらしい。屯所を離れたい一心だったに、その申し出はありがたく受け入れられたそうだ。

は? 今どこにいる?」

沖田は目の前の土産物屋を指差した。

「今日は一日休みなんで、いっしょに土産物屋を回ってました。今はここの店に」

沖田は言いながら、大口を開けて欠伸をした。

「土方さんが来るっつーから、夜勤明けのところを今まで待ってたんですよ。早いところ寝かしてくだせぇ」

夜勤明けに仮眠もとらずにいたのならそれは辛いだろうが、興味のない任務にはとことん無頓着な男だ。そこまでしていると思わなかった土方は想像を巡らせた。

「睡眠時間を削ってまで、を見張ってたのか?」

沖田は目をこすりながら、さも面倒くさそうに言った。

「土方さんがさんを疑ってる以上目ぇ離すわけにいかないでしょ。仕事休んでどっか行くって言ってきかなかったさんをここに連れてきたことは褒めてほしいですね」
「お前がそこまで考えてるとはな」
さんの疑いは晴れましたか?」
「あぁ」

沖田はほっと息を吐きながら笑った。

「良かった。これで安心して眠れます」

その時、土産物屋の扉が軽やかな鈴の音を鳴らして開いた。が姿を見せた。くるりと周囲を見回し、沖田を見つけて手を振る。

「ねぇ、沖田くん。みんなへのお土産これでいいかしら? ちょっと見てみてくれない? これで足りるかどうか心配なの」

どうやら沖田の陰に隠れて土方の姿が見えていないらしい。沖田は土方に目配せをして合図すると、そっと体を横にずらす。

その途端、はまるで幽霊でも見たような顔をして甲高い悲鳴を上げた。足踏みをするように後ずさり、脱兎の如く駆けて行ってしまう。店の中から店員の声が追いかけてくるが、は振り返りもしなかった。

沖田は目の上に手で庇を作り、あっという間に小さくなっていくの後姿を見送りながら言う。

「こりゃ相当嫌われましたねー」

土方は思い切り頭を殴られたようなショックを受けて膝から崩れ落ちそうになったが、自分がにしたことに比べればこんなことはなんでもないと、なんとか気持ちを奮い立たせる。

「行ってくる」
「土産は預かっとくって言っといてください。俺は部屋で寝ますんで」

土方はの後を追った。

は着物の裾をからげて死に物狂いで逃げていくが、当然ながらより土方の方が足が速い。あっという間に手が届く位置まで距離を詰め、土方は必死の思いでその名を呼んだ。



はびくりと肩を震わせて振り返ったが、土方の顔を見るなりすぐ顔を背けた。

「どうしてこんなところにいるんですか?」
「お前を迎えにきたんだよ」
「頼んでません」

は肩を怒らせながら橋を渡る。昔ながらの木造の橋で、欄干は朱色だ。カンカンといい音をさせて橋を渡りきったは、土方を冷たく睨みつけ、さらに町の奥へと逃げていく。

「おい、ちょっと待てって」
「嫌です。何も聞きたくありません。こっちに来ないでください」
「俺が悪かった。せめて言いわけさせてくれ、頼むから」

やっとに追いついた土方はその隣に並ぼうとしたが、は顔を真横にそらして決して土方を見ない。仕方なく、土方はその頑なな背中に向かって言った。

「星野が屯所に来た。お前のために用意した金をどっさり持ってな」
「そうですか」
「話は全部聞いた。あいつの疑いは綺麗さっぱり晴れたよ」
「私の言った通りだったでしょう」
「あぁ、そうだ」
「私の言うことは信じないのに、あの人の言うことは信じるんですね」
「あいつが持ってきた金が、山崎が調べてた使途不明金と一致したんだ。ちゃんと裏も取った。言葉だけ信じたわけじゃない」
「同じことです」
「あいつにプロポーズされたってな」

は喉が詰まったように黙り込んだ。

さらさらと流れる川の音と、ふたり分のさくさくという足音がやけに耳につく。

「惚れた男がいるからって、断ったんだろ」

土方は期待を込めた声音で言ったが、お答えはにべもなかった。

「だからなんですか? 自惚れないでください。人の気持ちは変わるんです」

の声は冷凍庫から取り出したばかりの氷のように冷たい。土方はその氷をどうにか溶かしたくて、温かい息を吹きかけるように言った。

「真選組での仕事が好きだとも言ったってな」
「プロポーズを断るための方便です」
「嘘吐くな」
「嘘じゃありません」
「嘘だ」
「土方さんは私の言うこと何も信じてくれないんだから!」

土方は不覚にも、の剣幕に気圧されて黙り込んでしまった。

は歩みを止めず、どんどん町の奥へ入っていく。何軒かの宿と土産物屋、甘味処や食事処を通り過ぎる。やがて屋根が途切れたが、まだ道は先に続いていた。まるで堂々巡りを続けるこの論争のために用意された道のようだった。終わりが見えないその先を見やって、土方は嘆息した。

「そういうつもりで言ってるんじゃない」
「じゃあどういうつもりなんですか?」
「お前が真選組のためにどれだけのことをしてくれてるかは分かってるつもりだ。俺だけじゃない、みんなそうだ」
「それはどうでしょうね」
「なんでそう疑うんだよ?」
「言わせてもらいますけど、私のこと分かってくれているなら、どうして沖田くんは私がここにいることを土方さんに伝えたんですか? 絶対にばらさないって約束したのに!」
「それは、」

土方に先を言わせず、はさらに食ってかかった。

「それに鉄くんも! あの人と会っていることは土方さんには絶対に言わないって約束したのに、簡単に約束を破った! それでよく分かってるだなんんて気安く言えたものですね!」

大声を出すたび、は固く握り締めた拳を振り上げた。その拳は行き場がなさそうに空を切るばかりだ。あんまり興奮するから足元もおぼつかなくなって、ついにはずるりと足を滑らせてしまう。とっさに土方がその腕を掴んだから転倒は免れたが、は邪険にその手を振り払った。

は土方に背を向けたまま先に進もうとしたが、ふと足を止めて道の脇を見た。

木立ちの中に小さな社があった。は数段の石段を上ると、何も言わずに手を合わせて目を閉じた。

土方はそっと隣に立って、祈りをささげるの横顔を黙って見ていた。

温泉の効果だろうか、髪には天使の輪が光り、見違えるほど肌艶がいい。そよ姫の世話をしながらとはいえ、少しはゆっくり休めたらしい。そのことに土方は安堵した。

随分長い間、は祈っていた。

やっと目を開けたは静かに社を見つめながら、ついさっきまでとは打って変わって静かに言った。

「……怒鳴ってごめんなさい」

土方はの横顔をじっと見つめたまま言った。

「お前の気が済むなら、いくら怒鳴ったっていい」
「もう落ち着きました」
「他に言いたいことは?」
「……」
「全部言ってくれ」

はちらりと土方を見やって、踵を返した。土方は黙ってその後について行く。

社からの道は遊歩道になっていて、踏み固められた土と砂利でできている。頭上に木々の枝が屋根のように伸び、山を渡る風の音、川のせせらぎ、小鳥のさえずりがかすかに聞こえてくる。将軍と姫のお忍び旅行のためにいくつかの宿を貸し切っているので平常より客が少ないためか、と土方以外に人影はなかった。

風の音に紛れてしまいそうな小さな声で、は言った。

「誤解を招くようなことをしたのは悪かったと思ってます。でも、あの人とのことについてはひとりで片を付けたかったんです」

土方はの背中を見つめながら、その細く小さな肩を抱きたいと思った。けれどきっかけが見つからなくて、体の横で手のひらを握ったり開いたりしてごまかした。

「なんでそこまでこだわったんだ? 言ってくれれば俺だってあんなこと酷いことは言わなかった」
「それはどうでしょうね」

はそう言って、肩をすくめた。からかうような気配を感じ取って、土方は眉間に皺を刻む。

「どういう意味だよ?」
「あの人がしたことを知ったら、土方さんはきっと怒りますよ」
「昔のことをとやかく言うほど野暮じゃねぇよ」

は振り返って土方の顔を見た。その口元に笑みが浮かんでいることにほっとしたのもつかの間、の言葉に土方は愕然とした。

「あの人、避妊してくれなかったんです」
「……はぁ?」
「そういう人、意外と多いんですよ。女を買うなら性病を移されてやっと一人前だとか、それが古来の伝統だとか。あの人の場合はいつか私を身請けするつもりだったみたいですから、既成事実が欲しかったんでしょうね」
「誰かに訴えなかったのか?」
「訴えたところでどうなるものでもなかったんですよ、あの頃は」

はくしゃりと顔をゆがめて笑った。今にも泣き出しそうなのをこらえるような笑い方だった。

土方はうなるように言った。

「なんではじめからきっぱり振らなかったんだ? わざわざ何度も会ってやる必要ないだろ?」
「それが私のいけないところだと分かってはいるんですけれど……」

はふがいなさそうに目を伏せた。

「5年も前のことなのに、私のことを覚えていてくれて、しかもお金を使って私のこと探してくれたんだって思ったら、一度くらいデートしてあげなくちゃいけないんじゃないかって、思っちゃったんです」
「お人好しにもほどがあるぞ」
「ほら、やっぱり怒ったじゃないですか」
「怒ってねぇよ、呆れてるんだ」
「私は臆病なんです。……もし無下に断ったりしたら、金にものを言わせて何をされるか分からないと思って」

その時、の肩がかすかに震えたのを、土方は見逃さなかった。

は答えずに歩き続けた。土方も何も言わずに後を追った。朱塗りの橋をひとつ、石橋をひとつ超えて、白い飛沫をあげる滝をふたつ通り過ぎ、やがてたどり着いたのは小さな広場だった。

きれいに刈り込まれた芝に植木と花壇、遠く山並みを望む向きに小さな四阿が建っている。は慣れた足取りでそこに腰を落ち着けた。土方は少し迷ってから、拳ひとつ分ほどの距離をあけての隣に腰を下ろした。

空の青に山の稜線が淡く霞んでいる。その景色をふたりしばらく眺めていた。どれくらいの時が経ったのかふたりにも分からなかったが、口火を切ったのだった。

「本当は話したかったんです。でも、どうしても言えなくて」
「どうしてだ? そんなに俺が信用できなかったか?」
「そうじゃないんです。ただ……」

は膝の上で両手を握りしめている。土方は手を伸ばし、固く結ばれたの手を勇気づけるように握ってやった。

「私は、強くなりたかったんです。土方さんや隊士のみんなみたいにはいかないけれど、自分のしたことの始末は自分でつけられるくらいには強くなりたかったんです」

土方はうんと頷いて先を促す。

は土方の手を両手で握り返すと、清々しい目をして微笑んだ。

「さっきはあんなこと言いましたけど、私は真選組が好きです。方便なんかじゃありません。みんなのことが好きだし、真選組で働けて幸せだって思ってます。だから、みんなに恥じないような人間に、私もなりたかったんです」

がこんなに素直に笑うところを見るのは久しぶりで、土方は胸が詰まった。目が離せなくなる。

の膝の上でふたりの指が複雑に絡み合った。

「お前が恥じることなんか何もない」
「そうですか? 屯所の仕事ほっぽりだしてこんなところまで逃げてきちゃうような人間ですよ?」
「それは俺のせいだろ。悪かった、辛い思いさせて」

が誘うように目を伏せたのを見て、土方は迷わず口づけをした。土産物屋から姿を見せたを見た時から、この瞬間を待ち望んでいた。やっと触れられたの唇は麩のように柔らかくて夢のような触り心地がした。その感触を楽しみたくて、子どもが初めてするように唇を押し当てるだけのキスを繰り返していたら、がふっと吹き出すように笑った。

「何ですか、これ」
「何ってなんだよ」
「なんだか子どもみたい」
「嫌ならそう言え」

の瞳がいたずらっぽく光る。その瞬間、の舌が土方の唇を割った。土方は喜んでそれを迎え入れて遠慮なく食らいついた。

の吐息が喉の奥まで入ってきて、煙草を吸う時のように飲み込む。何ひとつ逃したくなかった。唇の曲線、唾液の熱さ、滑らかな歯列、その全てに触れて感触を確かめる。土方がにすることを、も土方にくり返し、それでお互いが何を感じているか言葉を介さなくても分かった。お互いに飽きるまでそれをした。

の目を覗き込みながら、土方が言った。

「ところで、本当にあいつに何もされなかっただろうな?」

はうんざりしたように眉根に皺を寄せる。

「またその話ですか?」
「いいから答えろよ」
「何にもありませんでした。何度も言わせないでください」
「お前の話聞いてると無理矢理なんでもするような野郎に思えるんだよ」
「ちゃんと断りましたってば」

土方はと繋いだままの手を持ち上げると、その指先に口づけた。血色のいい爪を唇で挟み、指の腹に舌を這わせる。

「確かめていいか?」

土方は空いている手をの着物の裾から差し込んだ。はかすかに身じろぎをして、抵抗するかと思ったが、土方の手を迎え入れるために足を開いただけだった。

太腿の内側を指でたどりながら、の指を口内の深いところまで招き入れる。の指は細くひんやりとして、某アイスでもなめているようだ。それとは逆に、の足の間は温かく湿っていた。着物の層をかき分けてようやく体の突きあたりにたどりつくと、は熱い息を漏らしながら土方の肩にもたれかかってきた。

手探りで下着をめくり上げる。は土方がやりやすいように、割れた裾から片足を出して土方の膝の上に乗せた。ほとんど日の光を浴びたことのない足の内側は、それ自体が光り輝いているように白い。

割れ目をなぞると、すでにそこからは大量の蜜があふれていた。

「いつからこんなにしてたんだよ?」

土方がからかい交じりの声で囁くと、は恥ずかしそうに体をよじった。

「分かりません、そんなこと……」
「何を想像してたんだ。あいつのことか?」
「そんなわけないでしょ、ばか」
「正直に言えって」

は小刻みに首を横に振り、土方の手の甲に唇を押し当てた。手のひらを隔てただけの距離で見つめ合いながら、土方は割れ目を下からゆっくりさすり上げ、が一番感じる場所を時間をかけて探る。

そこに触れた瞬間、の体がびくりと跳ねた。

「教えろよ、怒んねぇから」

優しくこすり上げるたび、は息を殺して体を震わせた。切なく苦しそうに顔をゆがめ、必死に土方の手にしがみついている。あんまり強く握りしめるから、そのまま指が強張ってちょっとやそっとの力では引き離すこともできなくなってしまう。



土方がひときわ熱い声で名前を読んで、はようやく観念した。

「……想像していただけですよ? 誤解しないでくださいね」

は今にも泣き出しそうに言った。こんなに恥ずかしい思いをしなくて済むのなら他のどんなことでもするとでも言い出しそうな顔をしていて、土方はそれにひどくそそられた。

「……あの人の、せ、精液を、土方さんに掻き出してほしいって、考えてました……」

は絞り出すようにそう言うと、耳の先まで真っ赤にして顔を伏せてしまった。

「……想像だよな?」
「そうですってば」

土方の指先を濡らす水量が増えた気がしてそこを見下ろすと、の膝頭がかすかに震えていた。

5年も前のこととはいえ、にとっては酷く苦い記憶なのだ。合意のない行為に身をゆだねることしかできず、誰にも助けを求められないというのはどれほどの恐怖だっただろう。

土方が濡れた中指をの中に差し込んだ瞬間、はか細い声で喘いだ。

一度、中指の第一関節まで抜いて、もう一度根元まで差し込む。はそれに合わせて呼吸した。指を抜く時に吸って、差し込むときに吐く。その中にときどき絞り出すような甘い声が混じる。指に絡むの愛液は、軽やかな水音を立てて土方の耳を楽しませる。

中をまんべんなく拭うように指を動かすと、はたまらなさそうに甘い声を漏らした。

「それ、きもちいい……」
「全部、出しちまいな」
「もっとして、掻き出して」

土方は指を増やして、少しずつ動きを早くした。それに合わせての呼吸と声も激しさを増す。掻き出しても掻き出しても、蜜はの体の奥からとめどなく溢れてきた。着物が濡れてしまうのにもかまわず、求められるまま指を使った。の中に残った幻想の精液を全て掻き出してやるまで止めるわけにはいかなかった。

「あぁっ、ひじかたさん、出る……っ!」

はびくびくと体を痙攣させながら潮を吹いた。土方の手はぎしぎしとなって刀の柄も握れそうにないほど疲弊したが、それで何の不満もなかった。

土方はぐったりともたれかかってくるの体を宝物のように抱きしめた。










(あそぶ【遊ぶ】 色に耽ること。色は恋愛、情事。)


20181119