ゆぶねに とける








 小料理屋を出てからは、特に話もせずにホテルに流れた。

 その道中、土方は手を繋ぐどころか歩幅を合わせてもくれず、後ろをついて歩くとはほとんど他人のような距離が開いてしまう。すたすたと歩みを進めるその足は、ついさっきまでの着物の裾にもぐりこんでいたとは思えないほどそっけない。

 部屋に落ち着いてもその調子は変わらず、土方はひとりで先にシャワーを浴びにいってしまった。

 は寂しさよりむなしさの方がまさって、ソファに積まれていたハート型のクッションに突っ伏した。

 要するに、土方は星野に妬いているんだろう。

 とっくに時効を過ぎた昔の情事をどうして責められなければならないのか、には全く意味が分からなかった。それだけ大切に思ってもらえているのだと考えればそれまでだけれど、自分でも覚えていないことを掘り起こされるのはあまり気分のいいことではない。土方にだって過去に関係のあった女のひとりやふたりいるだろうに、どうして自分のことは棚に上げて一方的に責められなければならないのだろう。

 もしかすると、風俗店の客と店員だったということが気に入らないのだろうか。そもそも、土方は風俗で体を売るような女は好みではない。足を洗ってずいぶん経つから今更気にしていないと思っていたけれど、それは表面だけのことで本心は別だったのかもしれない。

 考えだすとキリがなかった。

 暗い迷路の中で右も左も分からなくなってしまったような心許なさを感じて、はついに居ても立ってもいられなくなってしまう。

 は勢いをつけて起き上がると、その場でするりと帯を解いた。





 熱い湯から立ち上る湯気が、浴室を白く煙らせている。

 頭から熱いシャワーを浴びていた土方は、前触れもなくガラス戸が開いてぎょっと肩をすくませた。見ると、が少し緊張したような顔をして戸の隙間から浴室を覗き込んでいた。

「どうした?」
「ひとつ思い出したことがあるんです。聞いてくれます?」
「なんだよ?」

 土方は蛇口をひねってシャワーを止める。それを待っていたように浴室に滑り込んできたは、ゆでたての卵のような丸裸だった。

 一瞬それに気を取られた土方は、に肩を押されてあっさり壁に背を付けてしまった。

「おい、……」

 は土方の首根っこを掴むと、うんと背伸びをしてその唇をふさいだ。慣れた仕草で体を密着させて土方の足の間に自分の体を滑り込ませる。土方は反射的にの腰に手を添えたけれど、すぐにそれを後悔した。からする口づけはこれまで受けたことがないほど熱く情熱的で、まるで吸盤のように吸い付いて土方の唇から離れない。土方はの腰を掴んで引き離そうとしたけれど、は土方の首に回した腕でぶら下がるような態勢になっていたから一筋縄ではいかなかった。

 しばらくふたりでもみ合った末、やっとの唇が離れた。最後に土方の下唇を吸ったのが、いかにも名残惜しそうだった。

「急にどうしたんだよ?」

 土方は少しだけ息を荒げながら言った。

「どんな手管使ったのか知りたいんでしょう?」
「はぁ? 何言ってる?」
「ちょっと、黙っててください」

 はぴったりと土方に体を寄せ、土方の厚く広い胸板を両手で撫でる。その手が胸の突起に触れたとき、土方はぐっと息を詰めてそれを我慢したがには伝わってしまったらしい、まるで宝物を見つけたような顔をしてそれをおもちゃのようにつまみ、あっという間に固くさせる。

「おい、止めろ」

 土方は訴えたが、は無視した。の唇が、土方の顎、喉仏、鎖骨、胸の順で体を滑り降りていく。の腰を掴む土方の手はもう、ただそこに乗っているだけでほとんど力は入っていなかった。

 の手が下っ腹の方に伸びる。のそりと首をもたげたばかりのそれはまだ柔らかさを残していて、はそれを五本の指で包み込むようにした。

「止めろって言ってんだろ」

 土方はとっさにの体を押し返そうとしたけれど、は土方の胸の突起に歯を立てて抵抗した。

「……いっ!」
「黙っていてって言ってるでしょう」

 土方は歯を食いしばってじっとを睨んだが、は平気な顔をして上目遣いに土方を見やった。まるで喧嘩を売られているような気分だった。

 土方のそれは洗い立てでさっぱりとしている。湯に濡れているせいでの指もよくなじんで滑る。土方の太腿に両肘を引っかけ、は指先で優しく包み込んだその先端にそっと口づけた。





 土方は胸まで湯船に浸かって、天井を仰ぎながらため息をついた。何か大事なものを失ってしまったような気がしていた。

 土方のそれはひと仕事終えたような顔をして、湯の中でくったりと倒れている。情けない気持ちが腹の底から湧き上がってきて、土方は悔しい目をして自分自身を睨み下ろした。驚くほどあっという間に達してしまった。が上手だったのか、それとも土方が早漏なのか、どちらにせよ土方にとっては不名誉なことだった。

 体を洗ってシャワーを浴びたが湯船に入ってくる。土方の両足の間にしゃがみこんだは、土方に背を向け膝を抱えて体を小さく丸めていた。

 ゴムで縛った髪が肩の上でくるんと丸い形を作っている。大陸を横断する山脈のような背骨がくっきりと浮き出た背中がきれいで、土方は思わずそこに手を伸ばしたが、からは思いがけない強い言葉が返ってきた。

「触らないでください」

 土方はほんの少したじろいだけれど、このまま引き下がってはそれこそ男のプライドに触る。迷った末、土方は手のひら湯をすくいの肩にかけてやった。

「どうした? 俺、何かしたか?」
「考えれば分かることなんじゃありませんか?」

 本当は、聞くまでもなく分かっていた。今日の土方は虫の居所が悪かった。星野とかなんとかいう男が現れてくれたおかげでここ最近では一番と言ってもいいほどむかっ腹が立ったし、そのせいでに対する態度まで悪くなってしまった自覚はある。子どもじみていると分かっているが、この得体の知れない苛立ちは自分では止められないのだ。そして、それがに八つ当たりをする言い訳にはならないことも分かってはいた。

「……悪かったよ」
「そう言っておけばいいって、どうせ思ってるんでしょう?」
「んなことねぇって。お前こそいちいち子どもみたいに拗ねやがって、言いたいことがあるならはっきり言えって、いつも言ってんだろうが」

 はさらに強く自分の両足を抱え込んで、膝頭に額をつけるようにして俯いてしまった。

「本当に、悪かったって思ってるよ」

 土方は何度も何度もその細い肩に湯をかけてやり、頃合いを見計らっての小さな肩にそっと手を置いた。

 今度は拒絶する言葉も素振りもなく、土方はほっと安心しての肩を撫でた。しばらくそうしていると、は土方の膝に寄りかかるように体を寄せてくる。野良猫が気まぐれに人間のそばに身を寄せてくるような、遠慮がちな甘え方だった。

「俺の態度が悪かったのは、謝る。けど、自分じゃどうにもできねぇんだ。仕方ねぇだろ。お前の昔の男だかなんだか知らねぇけど、そんな奴の顔見て喜ぶ男がいるかよ」
「焼きもち妬くのは土方さんの勝手ですけど、もう少し私のことも信用してほしいんです」
「俺は心配して言ってんだよ」
「それは分かってます。でも、」

 ふと、は肩に乗った土方の手に自分の手を重ねて、か細い声でいった。まるで懇願するような、祈るような声だった。

「私は本当にあの人のこと覚えてないんです。それだけたくさんの人と、私は寝ましたよ。けど、それを今さら責めて欲しくないんです。……とくに土方さんには」

 土方は両手での腰を掴んで体を引き寄せ、背中からぎゅっと抱きしめた。

「責めたつもりはない」
「そんな風に聞こえましたよ」
「そうか、ごめんな」
「傷つきました」
「お前が何百人と寝てようと俺はどうでもいいよ」
「そんなには寝てませんよ」

 生身の体ひとつのは着物を着ているときよりひと回りも小さくなってしまったように感じる。肩は小さく背中は薄いけれど、胸のふくらみは夢のようにふわふわと柔らかい。洗い立ての肌は華やかな香りがして、濡れた髪がこめかみに張り付いているのが官能的だ。首筋を伝い落ちる水滴は、鎖骨の真ん中を通って胸の谷間に落ちる。

 土方はの顎を捕えて上を向かせ、唇を合わせようとした。が、は身じろぎをして土方の手から逃れようする。土方はの顎を捕えたまま凄んだ。

「なんだよ? まだ怒ってんのか?」
「そうじゃなくて、あの……」

 は言いにくそうに視線を横にそらす。土方はこれ以上遺恨を残したくなかったので、が口を開くまで辛抱強く待った。

「土方さんが、忘れてるなら、いいんですけど」
「何を?」
「あの、さっきまで私、口で、土方さんの……」
「それがなんだよ?」

 は眉をㇵの字に曲げて、さも意外そうに言った。

「気にならないんですか?」

 土方はの顎を掴んだ指を動かして、の頬をさすった。そういうことを気にする男がいるということは話には聞くが、の方が気にしているとは思わなかった。もしかしたら、風俗店に勤めていた頃に何かあったのだろうか。

 土方はと額を合わせて、の視線を捕えたまま囁いた。

「話したことなかったけどな、俺は昔ザリガニを食ったことがある」

 は一瞬、眉間に皺を刻んだが、それは土方が瞬きをする間に消えた。

「気にするか?」

 は土方の首筋に手を伸ばすと、自分から顎を逸らせて唇を押し付けた。

「……いいえ」

 土方は貪るようにの唇と舌を吸った。は土方に全て捧げようとでもするように無防備にそれを受けた。土方はの腰をさらに強く引き寄せて、の腰に自分のものをこすりつける。いつの間にか、もうひと仕事こなせそうなくらいには硬さが戻ってきた。もそれを感じているらしく、土方を見上げている瞳が熱を持って潤んでいる。

 土方は湯の中での柔らかい体を粘土のようにこねまわした。すればするほどの体の芯がほどけ、熱く柔らかく、そして甘く土方を誘う。

 土方は頃合いを見計らってを立ち上がらせると、浴槽の縁に手を付かせて、その腰を両手で捕えた。

「土方さん」

 が肩越しに振り返って土方を見上げる。

 土方はの背中に覆いかぶさって、ゆっくりと中に入っていった。

 は全身を震わせて、溺れるように快感の波に飲まれていった。

 土方は玄妙な曲線を描くの腰と尻の線に両手を滑らせながら強く腰を打ち付ける。そのたびには体をがたがたと震わせて、浴室によく響く声で喘いだ。

「土方さん、ちょっと、激しい……!」

 の訴えに、土方は耳を貸さなかった。ついさっきまで、いくらやめろと言っても聞かなかったのはの方だった。仕返しをするつもりはなかったが、分からせてやりたかった。が土方の前にひざまずいて全身を使って奉仕したように、土方もそれをしたいと思っていた。

「いきたきゃいつでもいっていいぞ」
「やだ、待って、はやい」
「我慢することない」
「なんで」

 土方はの背中に覆いかぶさると、の耳朶を甘噛みしながらささやいた。

「お前がいくところ見たい」

 土方は両手をの腰の前の方に伸ばすと、下っ腹の下、茂みの中を分け入って小さな突起を探り当てた。そこを指の腹で撫でただけで、は強く反応して腰を突き上げた。

「そこ、だめ、触らないで」
「いいからさっさといっちまえって」
「もういってるの、お願い」
「じゃぁ、もう一回」

 の手が、土方の手にしがみついてくる。体中を電流のように走る快感に体の感覚が狂って力加減ができなくなっているらしく、の爪が土方の手の甲を破って血を滲ませた。が、感覚が狂っているのは土方も同じだった。痛みも感じないほど夢中での腰にしがみついた。

 しまいには自分の体を支えることすらできなくなったは、浴槽の縁に突っ伏すような姿勢で土方に抱かれていた。土方が最後に精を吐き出したときには、一瞬、浴槽の底からの両足が浮くほどだった。







(とける【溶ける】 高い熱によってどろどろになる。)


20181007