15
今日くらいは目立つ行動は控えて大人しくしていようと、銀時はその日決められた巡回コースを大人しく回った。
パトカーのハンドルを握る若い隊士は、銀時と土方との立ち合いを見ていたのだろう、横目で銀時の顔色をちらちらとうかがってばかりいる。銀時の恨みを買うようなことをしでかした心当たりでもあるのか、油断すれば自分も斬りかかられるとでも思っているように顔色が悪い。
誰でも彼でも見境なく刀を向ける人間だと思われたならさすがに傷つくなぁ、と思うのは虫が良すぎるのだろうか。銀時はこっそりため息をつく。
車窓を流れていく江戸の町の景色を眺めていると、信号待ちで停車していたパトカーの隣に、真選組の提灯をぶら下げたパトカーが滑り込んできた。下りた窓の向こうに顔を見せたのは沖田だ。
「銀時さん、お疲れ様です」
「なんだよ、藪から棒に?」
「銀時さんを探してたんですよ。巡回コースにいてくれてよかった。急用なんです、こっちに移ってもらえませんか?」
銀時はしかめ面をして、背もたれに深く体を沈めた。あんなことがあった直後に急用とは、いい話が聞けるとはとても思えない。
「説教なら勘弁してくれ。こちとら心を入れ替えて真面目に職務に当たろうとしてんだよ、水を差してくれるな」
「説教じゃないですよ。いや、たぶん説教もされますけど、それよりもっと大事な話っぽいんですって」
「だから、大事な話ってなんだよ?」
「知るわけないでしょ、俺は迎えに来ただけなんですから。頼みますから、大人しくこっちに来てください。銀時さんが来てくれなかったら、俺が怒られるんですから」
沖田のパトカーの助手席から、そそくさと隊士が降りてきた。助手席側のドアの前に立って、腰をかがめ、「代わります」とひどくおびえた声で言う。どうやらこいつも、銀時がいつ暴れ出すかわからない狂犬のように思っているらしい。
歩行者用の信号が点滅し始めている。このまま立ち往生して、警察車両が交通ルールを無視するわけにはいかない。
銀時は仕方なくシートベルトを外し、ドアを開けた。信号が変わる直前に沖田の隣に座り込むと、パトカーはエンジンをうならせ、交差点を左折し、巡回コースから外れた。
15分ほど車を走らせて連れて来られたのは、松平片栗虎の屋敷だった。
「おいおい、呼び出しってまさか、警察庁長官かよ?」
引きつった笑顔でそう言った銀時は、思わず逃げ腰になって後ずさったが、その背中を沖田がぐいと押し返した。
「ここまできたら、腹ぁくくってください。ガキじゃないんですから」
沖田に尻を叩かれるまま、銀時はしぶしぶと屋敷の奥に足を進めた。長い歴史を感じさせる大名屋敷である。黒光りする梁や柱、廊下は鏡のようによく磨かれている。屏風の中から、恐ろしい牙をむき出しにした虎が睨みを利かせていて、責められているような重々しく雰囲気に、怖気づくなという方が難しい。
ある襖の前で立ち止まった沖田は、取っ手に指をかけて中に声をかけた。
「連れてきやした」
「おう、入れ」
答えた声は、一度聞いたら忘れられない、独特の抑揚。警察庁長官・松平片栗虎だ。
沖田は体を横にずらして、銀時を前に立たせる。襖に隠れるようにして手を引いた瞬間、銀時の目の前を弾丸がかすめた。大きな虻か何かと見間違えたかと、淡い期待を込めて後ろを振り返ってみる。が、つやつやに磨き上げられた黒い柱に、白い煙を上げる真新しい弾痕が確かに残っていた。
「来てもらってすぐで悪いが、銀時。お前も年貢の納め時だ」
振り返れば、座敷の真ん中に仁王立ちした松平が、銀時の眉間に狙いを定めて拳銃を構えていた。
「言い残したことがあるなら聞いてやるぞ。3つ数え終わるまで待ってやる。はい、いーち」
拳銃が二度目の火を噴いた。
「いや、2と3はぁ!?」
間一髪で弾は避けたが、その拍子に尻餅をついてしまった銀時は、引きつった表情のまま後ずさった。
その退路を、再び沖田がふさぐ。
「ちょっとちょっと、話が違うじゃないですか。いきなりやっちまうなんて、聞いてませんよ」
「そうだぞ、とっつぁん。ちょっと落ち着いてくれよ」
冷や汗をかきながら松平をたしなめるのは近藤だ。よく見れば、その隣には土方の姿もある。頬に絆創膏を張り、手には包帯が巻かれていて、叱られた子供のようにむっとして、銀時の方を見ない。
銀時は自分を奮い立たせるため、吐き出すように笑った。
「おいおい、こりゃ、説教なんて生易しいもんじゃなさそうだな」
「説教で済むと思ってたのかよ。つくづく、おめでたい奴だな」
土方が明後日の方を向いたまま、厭味ったらしく言う。銀時は反射的に言い返す。
「それはてめぇも同じだろうが」
「なんだと、やんのかてめぇこら」
「望むところだ、表へ出ろ。ここでけりをつけてやる」
「おいおい、よさないか。ふたりとも!」
近藤の静止より、松平の拳銃の方が威力が強かった。柱に3つ目の穴が開き、硝煙の臭いが銀時と土方の戦意をごっそり削いだ。
「いいから、お前ら。ひとまず座れ」
松平のひと言に、4人は素直に従った。浪士だけでなく、一般市民にも恐れられる真選組のトップ4人が、まさに虎のような威厳を放つ松平の前では生まれたばかりの子猫のようだった。
松平が煙草に火を着けて、ひと口吸い、四人をじっくりと眺めまわしてから、ようやく重々しい口を開いた。
「報告は聞いた。まったく、馬鹿なことをしてくれたもんだな。呆れて言葉も出ねぇ」
「……だからっていきなり銃をぶっぱなすことはないだろ」
と、銀時は口の中だけで愚痴を吐く。
「銀時、何か文句でもあんのか?」
「いいえ、僕の立場で文句なんてあるわけないじゃないですかぁ」
「分かってるなら、おとなしく口を閉じていろ」
「……すんませぇん」
銀時は口を尖らせて肩をすくめた。
松平の背後の襖で、竜虎が互いに睨みを利かせていた。どうにか自分を奮い立たせていないと、その物々しい雰囲気に飲まれそうだった。松平が宣告しようとしていることには、だいたいの想像はついている。だとしても、いざとなると腹が決まらない。どうにか茶化して、ごまかして、なかったことにして逃げ出してしまいたい。この期に及んで弱弱しい自分が情けなくて嫌になる。
松平はそんな銀時を睥睨して楽しんでいるかのように何度か煙を吐き出してから、やっと口を開いた。
「銀時。お前にはずいぶん手を焼かされてきたが、俺ぁ、お前の度胸とその腕は買ってたんだぞ。やり方はともあれ、浪士の検挙率も高かった。だから、多少の悪さには目をつぶってやっていたんだ。それをお前は、恩を仇で返すような真似しやがってよぉ」
つまり、松平は銀時が隊服のまま賭博場に出入りしたり、酒を飲んで酔いつぶれたり、あまつさえゴミ捨て場で朝を迎えたり、わざわざ市民の信用を損なうような真似ばかりしていることを知っていて放置していたらしい。
「まぁ、近藤やトシに任せておけばわざわざ俺が口を出すこともないと思っていたんだが、まさかトシまで一緒になって馬鹿なガキみたいに女取り合って喧嘩たぁ」
松平はやれやれと首を振り、煙草を挟んだ指でこめかみをかいた。
「まったく、呆れて糞も屁も出ねぇよ」
土方が不機嫌そうに口をはさむ。
「とっつぁん、誤解のある言い方はよしてくれ。俺ぁただこいつに腹が立ったんであって、
は関係ない」
「お前がそう思っていても、周りはそう思わん。俺も現場を見たわけじゃないが、噂を聞く限りじゃ、トシと銀時が
ちゃんを巡って骨肉の争いを繰り広げたようにしか聞こえんし、事実そういう話が広まっちまってる」
「だから、それは誤解なんだって」
「誰もそうとは思ってねぇんだ。今、重要なことは、女が絡んでいようがいまいが、私闘はお前らが自ら、局中法度で禁じているということだ」
松平はゆっくり時間をかけて、銀時と土方を睨み据えた。
「武州の田舎出のお前らは分かってねぇんだ。噂というのは恐ろしいぞ。自ら課した鉄の掟、それを律儀に守ってきたからこそ、お前らはこの江戸で、この混乱の時代に成功を収めることができたんだ。幹部を特例扱いして、今回のことを見逃してみろ。どういうことになるかは考えなくてもわかるだろう」
真選組は、幕府の呼びかけで寄せ集められた、なんの実績もない集団だ。犯罪や攘夷活動に身を投じた経験があるものも少なくはない。そんな野良犬の集まりのような隊士達がここまで組織を大きくすることができたのは、局中法度を固く守りながら功績を積み重ねてきたからなのだ。真選組の信用は、全ての隊士の行動にかかっている。
隊士達がこつこつと積み上げてきた信用が、今、たったひとりの行動によって大きく揺らいでいる。松平が言いたいのはそういうことだ。
「で、だ。銀時、お前には死んでもらうことにした」
驚くほど切れ味のいい刀のような鋭さで、松平は断言した。
真選組隊士の慰労のために開かれる宴会の日、屯所から逃亡した銀時を、沖田が追い、粛清するという筋書きは、松平の口から語られた。他の幹部にも、酔った銀時を屯所に送り返す役目の平隊士にも事情は伝えず、この作戦は、今ここに膝を付き合わせている五人だけのものとすると聞き、銀時は眉をしかめた。
「何で宴会の日に合わせる必要があるんだ?」
答えたのは近藤だった。
「真選組副長の脱走劇だぞ。世間が騒ぐのは防げない。お前にゃ悪いが、責任を全てお前にかぶってもらわなけりゃ、残る隊士達が肩身の狭い思いをする。これは、世間のお前への評判を落ちるところまで落とす演出なんだ」
「つまり、宴会では酔って大暴れして世間の評判になるくらいに店に迷惑かけろってことだな?」
「そういうことだ」
なるほど、それでは粛清されても文句は言えない、むしろそうしてくれてありがとうと市民がほっと胸をなでおろすくらいの人間になれということか。銀時は納得した。それなら得意分野だ。
「わざわざ屯所に戻る理由はなんだ? 俺がひとり勝手にふらっと姿消せば済む話だろ?」
近藤は横目で、隣の土方を見やった。土方は呆れたようにため息をついて、銀時を見ずに言った。
「別れの挨拶くらいしてやれ」
誰に、とは言わなかったが、土方が思い浮かべている女の顔はすぐに銀時の頭にも浮かんだ。心配そうな目で静かな微笑みを浮かべている
の顔が土方のむっつりとした横顔に重なり、胸の辺りを虫が這いまわるようにざわざわした。この後すぐ殺されることになっているから、もう二度と会えないとでも言えというのだろうか。ずいぶん残酷な気の回し方である。
「さすが、鬼の副長だな。地獄の閻魔様もこれほどじゃないだろうよ」
銀時は吐き捨てるように言う。
土方は目を伏せたまま、ぐっと眉根に力を込めた。
「あいつには詳しい事情は話せない。せめてお前の口から何か聞いておかないと、やりきれねぇだろう」
「どうかな。あいつはお前が思うよりずっと図太い神経してるぜ。事情を話せないなら、俺の口からだって何も言えねぇんだろ?」
「そうだとしても、情けのひとつでもかけてやれ」
「余計なお世話だ」
再び火花が散り、近藤が冷や冷やと目を泳がせる。それとは対照的に、のんきな口をきいて助言したのは沖田だった。
「銀時さん。あんたをいったん屯所に戻して、
さんと別れを惜しむ時間を作るのは、あんただけのためじゃない、
さんのためです。何がなんだかわからんままに、突然銀時さんが死んじまったと告げられるんです。きっと、銀時さんが想像する何倍も辛い思いをさせるでしょう。それは一時で済むことじゃない。
さんはこれからずっと、あんたの死を胸に抱えて生きて行かなくちゃならない。
さんは優しいお人だから、決して銀時さんのことを忘れたりはしないでしょう。だからこそ、せめて何か言葉を残していってほしいんです。
さんの人生を支えるようなひと言を」
ぐっと言葉に詰まる銀時に、沖田は少しおどけたように続けた。
「何も思いつかないなら、俺のリクエストを聞いてくれませんか?」
「……なんだよ、言ってみろ」
「俺は逃亡した銀時さんを追って止めを刺す役割があるんです。だから、俺のことは恨むなとひと言、言ってもらえると助かります」
冗談とも本気ともつかない、とぼけた沖田の表情に、銀時は思わず破顔した。近藤と土方、松平までわずかに表情を和らげたのが目の端に映る。
「……んなところまで面倒見きれるかよ」
苦笑まじりに答えた銀時に、沖田は肩をすくめた。
「それが嫌なら、自分で考えてください」
銀時は、その作戦を受け入れるとは最後まで言わなかった。だが、結果的には、松平の提案をそのまま飲んだ形になった。不満がないわけではなかったし、文句も尽きなかったが、言われた通りにする以外、ここで自分にできることはもうないことはもうわかっていた。真選組の中に、自分の居場所はもうないという覆らない事実が、目の前に突き付けられているようだった。
一方で、土方や沖田の言葉は、銀時を確かに勇気づけていた。他人にどう思われようとかまわない傍若無人な沖田が、嫌われたくないとはっきり口にするほど、
は強く真選組に求められていて、かけがえのない存在になっているのだ。
自分がいなくなっても、
は真選組という確かな後ろ盾を得て、そこに根を張ってやっていけるに違いない。
その確信が、銀時の決意を後押しした。
20220419