計画は早急に決まった。

 一番隊の親睦会と称して、馬之助と三倉を屯所の外に連れ出す。しこたま飲ませて酔い潰し、足元も覚束なくなったところを斬り捨てる。粛清人は、一番隊隊長・沖田総悟。作戦には直接参加しないが、真選組幹部は屯所に待機して、不測の事態に備える。

 銀時は、土方と一緒に屯所の会議室で待機していた。沖田は、裏口から酔い潰れた馬之助と三倉を連れ帰ってくる手筈になっている。この会議室の窓からは、裏口の戸がよく見えるのだ。

 土方は窓辺から、絶えず外の様子に目を光らせている。銀時は刀を抱えるようにして腰を下ろし、何度も欠伸を噛み殺していた。

「こんな日だっていうのに、緊張感のねぇ奴だな」

 土方がため息に乗せて、煙を吐きながら言った。銀時は欠伸混じりの声で答えた。

「俺が緊張したって何の意味もねぇだろ」
「確かに、お前が手を汚す必要はねぇがな、真選組の在り方にも関わることだぞ。思うところのひとつやふたつないのか?」
「組織とかなんとか、そういう小難しいことは俺には分からん。そもそも、俺には団体行動は向かねぇって言ったのはお前だぜ? だから俺は副長なんだろ。小隊を率いるなんて向いてないからな。だが、そんな俺だからこそ、他の連中には見えないものが見えることもあるのさ」
「ほう、そいつは初耳だな。お前には一体何が見えてるって言うんだ?」
「今んとこ何も。だが、戦で言えば俺は遊軍だ。お前が必死に考えた作戦に、もしも穴があったら、俺が尻拭いしてやんよ」

 土方は苛立ちの滲む微笑みを浮かべ、呆れたように言った。

「それは当然のことだろうが、お前に言われるとなんか腹立つな」
「穴が無けりゃ、仕事が減ってラッキーってなもんよ」
「ますます腹立つわ」

 静かな緊張感は失わないまま、気の抜けた与太話は続いた。その傍ら、銀時には密かにきっかけを探していた。土方とふたりきりになることがあったなら、必ず確かめようと思っていたことがある。

 幹部が集まった宴会の席で、これ見よがしにの手を握ったこと。あれは、一体どういうつもりだったのか。

 どうしてこんなに気になるのか、銀時にもよく分かってはいなかった。土方が誰に惚れて、誰を口説こうが、そんなことには一切興味はない。その相手がだとしても、横槍を入れるつもりはない。昔馴染みとは言え、色恋沙汰に口を挟む権利などないのだ。

 そう思っているのに、どうしても確かめずにはいられない強い欲求があることだけは確かなのだ。

「そう言えば、のことだがよ」

 銀時が会話の糸口を探っていると、土方の方からの名前を出してくれた。

「あいつがどうした?」
「いや、俺の勘違いかもしれないんだがな。何か隠しているような気がするんだ。お前はそう思わねぇか?」
「隠し事? あいつが?」

 そんなことは考えたこともない。銀時は首を横に振った。

「どうだろうな。松平公に情報を流してることか?」

 土方は窓の外から目を逸らさずに続ける。その瞳は集中を欠かず、それでいて深い思案に沈んでいる。

「それもあるが、もっとこう、俺達に知られちゃまずいようなことだ。松平公の件はそもそも隠す気なんかねぇだろ」
「考えすぎじゃねぇのか。あいつは猿芝居が打てるほど器用な奴じゃない。隠すにしたって、たかが家政婦にそんな大層な秘密があるとは思えねぇよ」
「そうかもしれねぇ。けど、話してるとなんとなく違和感があるんだよな……」

 土方は眉間に皺を寄せ、真剣に悩んでいる様子だ。

 ふと、銀時は閃いた。その口元が、にやりと歪む。

「それはつまり、脈ありってことなんじゃないのか?」

 その瞬間、ずっと裏口に張り付いていた土方の視線が初めて剥がれた。

「どういう意味だ?」
「だからよ、隠し事してるんじゃなくて、照れてるだけなんじゃねぇのか? お前、最近、あいつにちょっかい出してるだろ? てっきり口説いてるのかと思ってたんだが、違うのか?」

 不躾な言い方に、土方はぐっと言葉に詰まる。銀時は勢いに乗って畳み掛けた。

「俺が知らねぇとでも思ってたのかよ。あんなにわざとらしく見せつけておいてよ」
「お前に見せつけたつもりはねぇ」

 土方の眉間の皺がますます深くなるのを見て、銀時は胸がわくわくするのを止められない。根が真面目な土方はいじられ、からかわれること不慣れだ。

 銀時の腹の中に湧き上がった物は、いつも口煩い小言を食らっていることに対する仕返しか、ただの野次馬根性か、それともどちらとも違うものか。何にせよ、銀時の口を滑らかにした。

「自覚がないなら、尚更、気をつけた方がいいぜ。に手を出すなって、わざわざ局中法度で定めたのはてめぇだ。度が過ぎると、自分で作った法度に殺されることになるぞ」
「度が過ぎるほどのことしてるつもりもねぇよ」
「どうだかな。俺が気付くくらいだ、隊士連中も当然気づいているだろうぜ。鬼の副長が家政婦に手ぇ出してるだなんて、さすがに外聞が悪いんじゃねぇのか? 人一倍、隊の風紀にうるさいお前らしくもねぇ。しかしまぁ、我を忘れるほど本気で惚れちまったってことなのかね? だったらしょうがねぇか、恋はするものじゃなく、落ちるものって言うからな」

 土方は眉根をぴくぴく痙攣させながら銀時を睨みつけている。今にも爆発寸前、といった顔が、銀時にはおかしくてたまらない。気配を消してじっとしていなければならない今、土方はどこまで耐えられるだろうか。

「まぁ、俺から見た感じじゃ、悪くないんじゃないの、お前ら。お似合いだよ。なんなら俺が取り持ってやろうか? 飲み会でもセッティングしてよ、いい雰囲気になったらふたりっきりにしてやるよ。あいつの好みをリサーチしてやってもいいしな。沖田くんから聞いたけど、お前案外うぶらしいじゃん? まぁ、心配すんな。俺に任せてくれれば百人力だ、なんたって昔馴染みだからな。あいつのことならなんでも知ってる。大船に乗ったつもりでいろよ」
「おい、そのうるさい口を閉しろ」

 ピシャリ、と打つような声で、土方は銀時を牽制した。土方は腕を組み、顎を上げ、火が着きそうに鋭い目で銀時を睨んでいた。

「興味津々のようだから教えてやるがな、俺があいつを口説いてるように見えるんなら、それは願ったり叶ったりだ」
「なんだ、やっぱりそうなんじゃん。何を怒ってんだよ?」
「あいつはな、隊士にモテるんだよ」
「はぁ?」

 理解ができず、銀時は首を傾げる。

 は人目を引くような美人ではないし、胸が大きいわけでも、特別に目を引くような長所があるわけでもない。男所帯の紅一点、という意味では、それだけで1.5割り増しに見えてもおかしくはないかもしれないが、それにしても銀時には理解しがたいことだった。

 土方は続ける。

「女を巡って、隊士どもに問題でも起こされたら敵わん。本当なら、こんな男所帯に女を住まわせるべきじゃないんだ。だが、屯所の家政を回すには、あいつにいてもらわなきゃ困る。だから、あいつには高嶺の花でいてもらいてぇんだ。そこいらの平隊士が手を出そうとすら思えねぇような、な。そのためには、こうやって隊士達を牽制するのが手っ取り早いと思ったんだ」
「つまり、が副長のお手付きだと思わせるってことか?」
「そうだ。俺は隊士達にも恐れられる鬼の副長だぞ。その女に手ぇ出そうとする輩はそうそう現れねぇだろう。そうすりゃ間違いは起こらねぇで済む。真選組の風紀は守られるってわけだ」
「俺の女は高嶺の花、ねぇ。さすが、モテる男の考えることは違ぇや。真似できないわぁ」
「馬鹿にしてんだろう、お前」
「別にしてねぇよ」

 とはいえ、そういう策略の上でをたぶらかしているのだとしたら、土方には恋愛感情はないということになる。土方はそう器用なタイプだとは思えないし、ああ見えてうぶな性格だと付き合いの長い沖田が断言していた。けれど、人前で平気で手を握り、わざと見せつけるようなことをする男を、不器用でうぶな男だと、果たして言えるものだろうか。

 土方は結果的に、の気持ちを弄んでいるのではないか。

 近頃のは、戸惑いながらも土方を意識しているように見える。真選組の風紀を守るため、そしての身を案じての策略だとはいえ、土方本心を知ったら傷つくのではないだろうか。

 土方は本当のところ、どう思っているのだろう。心の奥底にある土方の魂は、ひとりの女としてを求めているのだろうか。

 銀時がそんなことを考えていると、ふいに、土方が自分の爪を見やった。

「あいつの手、いつも荒れてるんだ」
「はぁ? 手?」

 首を傾げる銀時の前で、土方はぎゅっと拳を握った。あの夜、強く握りしめたの手の感触を思い出すように。

「水仕事のせいなんだろうな、肌がかさかさで、爪のささくれなんか痛々しいくらいだ。気づかねぇか?」
「知らねぇよ。他人の手なんて、そんなまじまじと見ねぇし」

 土方の呆れた顔に、銀時はわずかにいらだった。

「あいつは本当によく働く。若い隊士に見習わせてぇくらいだ。真選組にとって、あいつはもう欠かせない存在になってる。それを守るのは当然のことだろうが」
「……ご高説、もっとも。さすがは隊士も恐れる鬼の副長さんだ。すごいすごい」

 銀時は、ぱん、ぱん、と両手を打ち付け、気の無い拍手をした。馬鹿馬鹿しくて、突っ込む気にもなれなかった。

 を守ることは、数ある任務のひとつのように言う。不逞浪士を取り締まり、斬り捨てることと、を口説くことは全く同じことなのだ。

 それを承知の上で、銀時は確信した。土方はに惚れている。そうでなければ、肌の荒れ具合や爪のささくれなどに気を止めるとは思えない。

 ところが、当の本人はそれに無自覚なようだ。副長の立場でもっともらしいことを言うからそれっぽく聞こえるだけで、について話す時の土方の目や声、指先のちょっとした仕草は、鬼の副長と呼ぶにはいささか気が抜けすぎている。

 こんな顔でに話しかけているところを見せつけたら、土方の作戦はいとも簡単に成功するだろう。ただし、副長の女だから易々と手は出せないという脅しではなく、土方がに惚れているから、うまくいくように見守ってやろう、そんな温かな気遣いの上での成功になるに違いない。

 それならそれで、銀時に文句はなかった。不器用でうぶな男に惚れられては、進展するのに時間はかかりそうだが、心に偽りがないのであれば、が傷つく心配は杞憂に終わるだろう。

 と、その時だ。何かに気づいたように、土方が目を上げた。

「来たぞ」

 裏口の戸が開く気配がする。続いて、どたどたと騒がしい足音。銀時は細く扉を開け、その隙間から廊下の先の裏口の様子を伺った。

「沖田隊長、しっかりしてください」
「飲み過ぎですよ」

 沖田を両側から支えているのが、馬之助と三倉だ。沖田は足を縺れさせながら三和土に尻餅をつく。

 そういう芝居をすると打ち合わせで聞いていたが、沖田はなかなか芸達者らしい。

「悪いな。面倒かけちまって」
「いいえ、大丈夫ですか?」
「水を一杯持ってきてくれねぇか」
「はい。すぐに」

 馬之助が立ち上がって、こちらに向かってくる。身をひそめるべきか、それとも隙をついてこのまま斬り捨てるべきだろうか。銀時が刀の柄を親指で押し上げた、その時だった。

 ぐあっ、という低い呻き声の後、砂袋が倒れるような重い音が響いた。馬之助が裏口を振り返ると、そこはすでに血の海が広がっていた。

 いつ刀を抜いたのか。あまりに素早い太刀捌きに、さすがの銀時も閉口する。

「……沖田隊長?」

 馬之助が震える唇で絞り出すように言う。

 ゆらりと立ち上がった沖田の足取りは、もはや酔っ払いのそれではない。

「どうした? 俺ァ、水を持って来いっつったんだ。こいつの死に水を取ってやらなきゃならねぇからな」
「な、何を言っているんですか?」

 馬之助の手が腰の刀に伸びる。鯉口を切るのと、沖田が口上を述べたのはほぼ同時だ。

「荒木田馬之助。攘夷浪士との密通の罪で、お前を粛清する」

 白刃と白刃がぶつかった。

 沖田の重い一撃をぎりぎりのところで受け止めた馬之助は、渾身の力でそれを押し返して後ずさり、なんとか体勢を立て直そうとする。が、沖田が繰り出す剣戟を受け止めるだけでやっとのようだ。いや、受け止めているだけでも、褒められるべきなのかもしれない。沖田の剣の腕前は、屍を食う鬼と呼ばれた銀時すら寒気を感じるほど、末恐ろしいものがある。

 沖田が振り下ろした剣を受け止め、弾き返した馬之助が叫んだ。

「三倉!! 女だ!!」

 裏口に倒れていたはずの三倉が、いつの間にか立ち上がっていた。急所を外したのだ。三倉は血の跡を引きずるようにしながら、最後の力を振り絞って裏口から駆け出していく。

 三倉が向かった先は、おそらく離れだ。屯所に暮らす女はしかいない。はそこで眠っているはずだ。

「くそっ!」

 銀時の足が動きかけたが、土方が部屋を飛び出す方が早かった。一歩、出遅れた銀時は、じりじりとした気持ちで、沖田と馬之助のやり取りを見守る。

「どういうことだ? お前の狙いはさんなのか?」

 沖田は刀を構えたまま言う。

 馬之助は肩口に頬を擦り付けるようにして、額から流れ落ちる汗を拭った。刀を握った両手は、かたかたと小刻みに震えていた。

「こうなったら、できる限り利用させてもらいます」
「どういう意味だ。答えろ」

 沖田が脅すように言う。警戒は解いていないが、殺気が無かった。沖田が本気を出せば、馬之助程度の男、ひと振りで斬り殺せる。粛清するのは、できるだけ情報を引き出した後にしたいのだ。おそらく、三倉に致命傷を負わせなかったのもそのためだ。

「深い意味なんてありませんよ。ただ、こうなったらもう、なりふり構っていられないだけです」
「真選組の内情を調べることが目的じゃねぇのか?」
「さぁ、どうでしょう」

 馬之助の口許が、ぐにゃりと歪んだ。きっと笑おうとしたのだろう。決して敵わない敵を前にして、それでも自分を奮い立たせるために笑ったのだ。

 その口から発された言葉に、銀時は腸が煮えくり返るような思いがした。

「これだけは言えます。さんに危害が及べば、情勢は一気に変わりますよ」
「何を馬鹿なことを」

 沖田はとても信じられないと言いたげだったが、銀時には考えなくても分かった。

 馬之助の狙いは、銀時なのだ。

 銀時は、を利用することは許さないと馬之助を脅した。それはつまり、の安否によって、いかに銀時の感情が大きく揺さぶられるかということを知られてしまったということだ。は銀時の弱点になる。もしかするとそれは、桂の考えかもしれない。

 銀時は体の内側が焦げるような気分を味わいながら、我知らず笑っていた。

 なんの力もない無力な女を、くだらない争いに巻き込む、松下村塾でそんな教えを受けたことがあっただろうか。

 気がつけば銀時は、沖田より先に、腰の刀を抜いていた。

 怒りに任せて突き破った扉越しに、馬之助の肩を突く。とっさのことに何が起きたのか分からない馬之助は、銀時が目の前に立ち塞がった時も、利き腕を奪われたことにさえ気づいていなかった。

「黙って聞いてれば、好き勝手言ってくれるじゃねぇか」
「銀時さん、どうして?」
「副長に対してどういう口の利き方してやがる」

 銀時は刀を握り返すと、馬之助の頬を峰打ちした。勢いで壁に叩きつけられた馬之助は派手に咳き込む。

「まぁ、正体がバレちまった以上、取り繕っても仕方ないってか。そっちがそのつもりなら、遠慮はいらねぇよな」

 馬之助の腹を、思い切り蹴り上げる。つま先が鳩尾に入った。馬之助の体は廊下の突き当りまでごろごろと転がりながら、吐瀉物をまき散らす。胃液の酸っぱい匂いに顔をしかめながら、銀時はその後を追う。

 びくびくと体を痙攣させながら、馬之助は刀の柄を握り直そうとした。その手を、銀時は力を込めて踏み潰した。骨が砕ける嫌な音にも、銀時は少しも顔色を変えない。

「言ったよな。てめぇの都合でをだしに使われるのを、黙って見ている訳にはいかねぇって。こうなる覚悟はできてたんだろう」

 馬之助は答えない。体の痛みに呻き声を上げるばかりで、銀時の言葉も耳には届いていないのかもしれない。

 銀時は馬之助の手を踏みつけた足に体重をかける。足の裏から、骨が砕けるごりごりという感触が伝わってきた。馬之助は夜を切り裂くような悲鳴を上げてのたうち回る。

 手の骨を砕いても人は死なない。これは粛清ではない、銀時の私情だ。許せなかった。魂が叫んでいた。それは真選組副長ではない、吉田松陽の弟子、坂田銀時の魂の声だった。

 どんな外道に落ちても、貫き通さなければならな魂の芯だった。

 馬之助が顔を上げる。まだあどけない顔立ちに、縋るような気配をまとって。

「銀時さん、どうして……?」
「どうしてって、自分が何をしたかくらい分かってるだろう」
「そんな、でも……」
「悪いな。俺には俺の事情ってもんがあるんだ」
「銀時さん……!」

 ふと、馬之助の目線が逸れた。こんな状況で何に気を取られているのか、その目線の先を負って、銀時は目を剥いた。

 がいた。全身血塗れの体を、土方に支えられていた。

 銀時の目の前が激しい怒りで真っ赤に染まる。刀を上段に振り上げる。が何か叫んでいたが、聞き取れなかった。

 もしかすると、聞こえないふりをしたのかもしれない。









20210223