その夜、真選組幹部を集めた宴が開かれた。車座になって酒と肴を囲むこの集まりは、幹部同士の情報交換を目的に定期的に開かれていて、任務の方針の決定がなされることもある重要な集まりだった。

 上座に近藤局長、その両脇を固めるのは土方、銀時、銀時の隣には沖田、永倉、斉藤と、隊の数字が小さいものから順に並ぶ。

 真選組の幹部は、武州出身者がほとんどの席を占めている。幼い頃からの長い付き合いである彼らには緊張感もなく、砕けた雰囲気で会食は進む。土方がその日の本題について口火を切った時も、場の空気がちっとも引き締らなかった。

「屯所に間者が侵入していることについて、気づいていた奴はいるか?」
「荒木田と三倉ですね。うちの隊のもんです」

 沖田がしれっと答え、その隣に座っていた銀時は思わず沖田を見やった。彼らが入隊してから、それほど日は経っていない。一体いつ気づいたのだろう。馬之助が沖田の前でよほどの下手を打ったのだろうか、それにしては今日まで野放しにされているのはどういうわけなのか。

「お前から見て、奴らはどうだ?」

 土方が言う。
 沖田は箸も止めずに答える。

「元気が取り柄なだけで、剣の腕も大したことないですし、何か仕掛けようとしてるにしては随分お粗末な役者だと思いますよ」
「目的はなんだと思う?」
「いろいろ考えられますけど、まずは俺達の情報を集めようとしてるんじゃないですかね」

 そこへ、原田が前のめりになって口を挟んだ。

「いや、そんな甘っちょろいもんじゃないでしょう。あいつらは平隊士用の大部屋で寝起きしています。皆が寝静まったところを見計らって一網打尽にし、こちらの兵力を大幅に割くつもりかもしれません!」
「そんな思い切りも度胸もあるような奴には見えねぇけどな」
「可能性はゼロじゃないでしょう! 即刻、粛清するべきです!」
「原田、あまり熱くなるな。どんな可能性も捨てちゃならねぇことは分かっている」

 土方はゆったりとお猪口を傾けた後、視線だけで一座をぐるりと見渡し、最後に銀時に目を留めた。

「銀時、お前はどう思う?」

 銀時は蕪の漬物を噛み締めて時間を稼ぎながら考える。

 馬之助には誰にも言わずに黙っていてやると約束したが、報告するまでもなく幹部連中は承知だったのだ。この情報伝達の速さは、武州時代からの馴染み同士ならではだろう。単独行動を好む銀時には真似できないことだ。何にせよ、意図せず馬之助を裏切ることになってしまったらしい。

 銀時は膝の上で拳を握りしめながらも、口元には笑みを浮かべて言った。

「所詮、鼠が二匹だろ。粛清するにせよ、様子を見るにせよ、大した手間じゃねぇんじゃね?」
「お前は本当に呑気だな。少しは真面目に考えろ」
「俺が考えなくても、お前のことだから、もう策は練ってあるんだろ。勿体ぶってねぇでさっさと話せよ」
「そうですよ、土方さん。いくら相手があんなちんちくりんだとは言っても、早く手を打つのに越したことはないんですから」

 土方は近藤に目配せをして言った。

「まず第一に考えなけりゃならねぇことは、真選組の名に泥を塗るわけにはいかねぇってことだ。攘夷浪士に潜入されただなんてことが世間に知られたら、真選組の評判は地に堕ちる。そうなったら上も黙ってはいねぇだろう。俺達は己の剣一本でここまでのし上がってきた。俺達の居場所を、真選組を失うわけにはいかない。そのためにも、間者には、真選組隊士として死んでもらう必要がある」
「と、言いますと?」
「間者は、局中法度に違反した罰で切腹したと公表する」

 幹部達はいつの間にか、酒を飲む手を休めて、真剣な表情で土方の話に聞き入っていた。

「なるほど、それなら世間体も守れますね」
「自らが定めた法度を忠実に守り抜く、自律的な組織というイメージも強まりそうですし」
「物騒なイメージもますます強くなりそうだけどな」
「世間に恐れられるということは、つまり浪士にも恐れられるということだ。恐れは何より犯罪の抑止となるだろう」

 概ね、賛成派が多いようだ。土方は最後に近藤に伺いを立てる。

「どうだ? 近藤さん」

 近藤は腕組みをして深く頷いた。

「うむ。内輪の問題で世間を騒がすわけにはいくまい、それで行こう。できるだけ内々で処理できるよう便宜を図ってくれ」
「分かった。具体的な策はこれから練るが、ずるずる引き延ばすわけにもいかねぇ。総早急に準備する。総悟、それまではお前がよく見張っとけよ」
「分かりました。銀時さんも、よろしくお願いしますね」

 思いがけない申し出に、銀時は酒にむせそうになった。

「何で俺が? お前ひとりで十分だろうが」

 沖田はあどけない顔で笑ってみせた。

「荒木田に懐かれてるみたいじゃないですか。山崎から報告を聞きましたよ」

 馬之助と一緒に市中見廻りに出掛けた日、監察の山崎は始終銀時と馬之助の後をついて来ていた。つまり、あの時の会話は全て筒抜けだったのだ。

「心配しなくても、あの報告は近藤局長と、土方さんと俺しか読んでません。銀時さんが奴の企みを知っていて黙ってようとしただなんて、みんなは知りませんから安心してください」

 銀時はぐっと息を詰まらせる。この言い方はまるで脅しだ。

 銀時は沖田にしか聞こえない声で毒づく。

「おい、俺の行動に文句があるなら、堂々と言え。お前は鬼の首を取ったつもりかもしれねぇが、俺のやることが気に入らねぇなら、あいつらと同じように、法度に違反したことにして切腹させればいいだろ。そんなねちねち虐められたって、かよわい女子中学生でもあるまいし、引きこもったり不登校になったりしないからね俺は」
「銀時さんを虐めるなんて、そんなおっかないこと俺にはできませんよ。勘違いしないでくだせぇ」
「じゃぁ何が言いてぇんだよ?」

 沖田は銀時に顔を近づけて、にやりと笑った。

「土方さんはきっと、荒木田達の始末を銀時さんにさせるつもりですよ。賭けてもいいです」
「はぁ? 何で俺がそんな面倒なことやらなきゃならねぇんだよ? あいつらは一番隊の隊士だろうが、体調のお前が責任を持つのが筋ってもんじゃねぇのか?」
「荒木田が銀時さんを慕っているから、ですよ。信頼関係があればこそ、尻尾も出やすいでしょうし、油断も生まれやすい。この件を報告しようとしなかったことも、それでご破算になるんじゃないですか?」
「けっ! そんな人を試すような作戦に、誰が乗るかよ。俺は副長だぞ。近藤局長にならいざ知らず、あいつの命令を聞く義理はねぇんだからな」

 向かい側で、土方は近藤と斉藤と談笑している。斉藤は誰とも口をきかない人間だが、目線の動きや身振りで会話は成り立っているようだ。付き合いが長いからできることだろう、何がおかしいのか近藤がげらげらと声を上げて笑っていて、土方も斉藤も目元を綻ばせている。

 と、その時、静かに障子が開いて、追加の酒を持った山崎が入ってきた。その後ろにの姿が見え、銀時は思わず目を見張る。

 は銀時と目が合うと、何も言わずににっこりと微笑んだ。

「坂田副長、酒のおかわりはいかがですか?」

 山崎が言い、銀時は半ば上の空で答えた。

「あぁ、もらう」
「どうかしましたか? ぼーっとしちゃって」
「別に何でもねぇよ」

 は上座にいる近藤から順に釈をして回った。地味な家政婦とは言え、女に注いでもらう酒は味が違うのか、部屋の空気が一気に明るく華やかになる。

さん! 俺にも注いでくださいよ!男に注いでもらった酒は苦くてねぇ!」

 山崎が酒を配った側に座っていた原田が大声で不満を言うと、どっと笑いが起こった。はにこにこと笑って車座を回り込み、結局、銀時と沖田を除く全員に酌をして回ることになってしまった。は皆に好かれている。

さんの利用価値って、何なんでしょうね? ただの家政婦なんだから、内部事情なんて何も知らないはずなのに」

 沖田が興味もなさそうに呟いた。馬之助がを利用しようと考えていることは、報告書にも乗っているらしい。

 銀時は肩をすくめてとぼけた。

「外野からはそう見えてねぇんじゃねぇの。もしかすると、あいつ人質に取って脅せばいい餌になるとでも思ってんのかもな」
「仮にそうだとしてもそれは、銀行強盗をして客を人質にするのと変わらんでしょう。対処のマニュアルはあります。さんだけが持っている特別な利点がなきゃ、荒木田はあぁは言わねぇと思いますけどねぃ」

 銀時はちろりと沖田を睨み、声を低くする。

「まさかとは思うが、この件、には話しちゃいねぇよな?」
「もちろん。土方さんからも箝口令を敷かれてますよ」

 が穏やかに笑っていられるのは、今、真選組の内部で何が起きているのかを知らないからだ。攘夷浪士が間者として潜入していること、それは昔馴染みの馬之助であること、もう間も無く局中法度違反の罪を着せられて粛清されることが決まったこと。何も知らないから、あぁして笑っていてくれる。

 銀時はの笑った顔が好きだった。

 花がほころんだように柔らかいあの表情を見ていると、つられてこちらの口元も緩んでしまう。

 怒りや憎しみに魂が焼き尽くされそうになった時、後ろを振り返ればいつでもの笑顔があった。たったひとつ、この笑顔だけは守ることができたのだと言い聞かせて、自分を慰めたことが、これまでに何度あっただろう。

 何もせず、ただ黙ってそこにいるだけで心を慰めてくれる、小さな花。銀時にとってはそんな存在だった。

 けれど今は、その笑顔を盾にしてを騙している気がした。

「どっちが正しいんだろうな。本当のことを話して一緒に悩み苦しませるのか、それとも、真実を隠し通して蚊帳の外に追いやって悩み苦しませるのか」

 銀時が独り言のように呟くと、沖田はぱちくりと何度か瞬きをした。銀時がこんなことを言うのは意外だったらしい。

「正解は分かりやせんが、どっちも苦しいなら、俺は傷が少ない方を選びますかね」
「どっちが傷が少なくて済むと思う?」
「それは、本人にしか分からんことでしょう。人の心は、他人には見えやしないんだから」

 空いた徳利を下げて部屋を出て行きかけたを、土方が呼び止めた。が土方の斜め後ろに膝を着くと、土方は腰を滑らせて体ごとの方を向く。

 酒が進んで声の大きくなった幹部達のせいで、ふたりが何を話しているのか、銀時の位置からは聞き取れなかった。だから余計に興味を引かれて、額を寄せ合って話をするふたりの口元を凝視してしまう。世の中には、読唇術を使って会話の内容を読み取ることができる人間がいると言う。その力が突然使えるようになればいいのにと焦がれるように思う。

 沖田が不思議そうに言う。

「どうかしたんですかぃ? そんなに土方さんのこと睨みつけて。何か恨みでもあるんですか?」

 銀時の答えは怒りに燃えていた。

「なんか、あのふたり、距離近くない? おでことおでこ、くっつきそうなんですけど。何、熱でも測ってんの? 」
「周りがうるせぇから、あぁしないと声が聞き取れないんでしょ」
「今時そんなベタなシチュエーション流行んないよ、誰もどきどきしないよ。っていうか、女といちゃつくなって法度に書いたのどこのどいつだっけ? 作った本人が忘れてんじゃねぇよ。切腹させたろかあの女たらし」
「そう怒らないでくださいよ。酒が不味くなりまさぁ」

 沖田が白い目を向けてきたが、銀時はそれどころではなかった。

 そう言えば、と土方がふたりでいるところを、近頃よく見る気がする。ついこの間も、つまらない会議を終えて会議室を出た時、庭を挟んで向かい側の縁側で、ふたりで仲良さそうに話をしていた。土方がからかうように煙を吐いて、それを煙たそうに手で払うは、迷惑そうにはしていたがまんざらでもなさそうだった。

「あのさ、あのふたりって何なの? まさかとは思うけど、もしかして付き合ってんの? 沖田くん何か聞いてる?」

 銀時は土方とから目を離さずに言う。
 沖田は興味なさそうに、焼き魚の身を解している。

「知りませんよ。確かに、一緒にいるところはよく見ますけど、あの人あぁ見えて色恋沙汰には不器用な人ですから。惚れてるとしても、そんなに先まで進んでるとは思えませんよ」
「それにしてはやけに仲睦まじげなんだけどー」

 土方が何か面白いことを言ったのか、が口元に手を添えてささやかに笑った。いつも銀時の心を和ませてくれる笑顔が、今はどこか遠い。

「土方くんってさ、今までどういう恋愛してきたの? 沖田くん少しは知ってるんでしょ? ちょこっとでいいから銀さんに教えてくんない? 300円あげるからさ」
「珍しく絡みますね。そんなにあのふたりが気になるんですか?」
「いいから教えろって言ってんだよ、さっさと言わねぇとぶった斬るぞてめぇ」
「だから、怒らないでくださいって。俺の知ってる限りでは、土方さんは、本気で惚れた女とは目も合わせられないような初心な男ですよ。女関係については、あんまりいい思い出はないじゃないですかね」
「じゃぁ、あれはどういうことだよ?」
「俺に分かるわけないじゃないですか。田舎での芋侍は女に縁がないんです」

 銀時はチッ、と舌打ちをした。子供の頃からの長い付き合いなのだから、もっとあれこれ知っているかと思ったのに。肝心なところで使えない。

 話にひと区切りついたのか、が膝を後ろに引いて立ち上がろうとする。土方はその手を掴んで引き留めた。

 が驚いて目を丸くするのと同じように、銀時も思わず目を丸くした。

 惚れた女と目を合わせることもできないような男が、大勢の人目のある場所で女の手を握ったりするものだろうか。仕事気質で生真面目で、自分にも他人にも厳しい鬼の副長のイメージとはあまりにかけ離れていた。

 銀時の目との目が合った。は気まずそうに目を泳がせたかと思うと、力尽くで土方の手を払いのけ、挨拶もそこそこにそそくさと部屋を出て行ってしまう。

 その姿が見えなくなるまで見送った土方が、体の向きを戻して御猪口を手に取った。それを口元に運ぶ瞬間、鋭い視線が銀時を睨みつけた。

 その視線で、銀時は悟った。

 土方はわざと見せつけたのだ。は自分のものだ、誰も手を出すことは許さない、と。







20210122