真選組隊士の選抜試験では、応募者は隊長格の隊士と手合わせをし、腕試しをする。勝敗は重要ではない。自分よりも実力が上の相手に向かっていける度胸があるか、また、どんな戦い方をするのかで適性を図る。

 一番隊隊長、沖田総悟が面も胴もつけずに竹刀を構えた相手は、面の下で複雑そうに唇を噛んでいた。子供のような顔をした痩身の優男が、真選組で一、二を争うほどの実力者と知っていても、いまいち納得できていない顔だ。

「始め!」

 審判の合図で、試合が始まる。

 互いの呼吸を読むような間の後、先に仕掛けたのは沖田だ。お前はどう攻める? と伺うような一手。相手はそれをうまくいなして上段からの攻めに転じる。気合いの一声、立て続けに打ち込まれる切っ先を、沖田は赤子の手を捻るように受け止め、躱す。竹刀がぶつかる高い音が立て続けに響く。やがて攻め手が尽きた相手が、間合いを取って肩で息をしたその瞬間、狙いすましたように沖田が動いた。

 柔らかい手首の動きで竹刀を捌き、相手に防御する隙も与えず、面と道着の隙間を素早く、重く突く。相手はうぐっ、とくぐもった声を上げて後ろに吹き飛ばされ、そのままごろごろと壁まで転がってしまった。

 呆気にとられた審判が、慌てて「一本!」と叫ぶ。

 それに被せるような大声を上げたのは、土方だ。

「総悟! やりすぎだ!」

 沖田は無邪気な目で、竹刀で軽く肩を叩く。

「これくらい躱せると思ったんですけどねぃ」
「とぼけるな、わざとだろうが。入隊する前からビビらせてんじゃねぇよ」

 壁に背中を預けたまま起き上がれない男を、近くにいた隊士が介抱している。面を外した男の顔には、はっきりとした恐れが刻まれていた。体の痛みよりも、精神的に打ちのめされてしまったようだ。

 土方はため息とともに手を振った。

「お前はもういい。原田、変われ」
「はい」
「ちぇっ、土方さんは甘くっていけねぇよ。入隊するからには、真選組の厳しさを体に教え込んでやらねぇと」

 ぶつくさ言いながら引っ込んだ沖田の代わりに立ちはだかった男は、真選組一の強面で、スキンヘッドの原田だ。その迫力に、次の相手は「ヒッ」と声を上げ、立会の前からすっかり腰が引けてしまっている。

 銀時は同情の片隅で、口元に薄ら笑いを浮かべていた。なんだか、ままごとを見ているような気分だ。

 攘夷戦争に参加していた頃は、隊士の募集や選抜などしたことがない。参加したいと名乗りをあげるものは、全て受け入れていた。理由は他でもない、人手不足だ。中には、理想ばかり高くて剣の腕が全くなっていない男もいたし、戦力として頼りにしていた男が利き腕を使えなくなったことある。限られた人員で何とか苦境を乗り切ろうと、ひとりひとりの得意分野に合わせて配置を工夫した。今思えば、ひどい自転車操業だった。

「何をにやにやしてるんですか? 銀時さん」

 竹刀を片付けて引き上げてきた沖田が、銀時の隣に座る。

 銀時は片膝を立て、真剣を肩にかけた格好で答えた。

「いや、別に。土方くんは一所懸命だなと思ってよ」
「まぁ、俺がこんなんだし、土方さんに締めるところは締めてもらわねぇと」
「お前らはそうやってバランスとってるところあるよな」
「何言ってんですか、それを言うなら銀時さんでしょ」
「俺?」
「何のために副長がふたりもいると思ってんですか。規律に厳しい土方さんと、誰よりも緩い銀時さんが近藤さんの下にいるから、隊全体がいいバランスを取れてるんですよ」

 なんだかくすぐったい気分になって、銀時は視線を逸らしながら頰をかく。

「そりゃ買い被りってもんだ。上にも下にも横にも厄介な奴抱えて、たったひとりの几帳面な真面目くんがうまく隊をまとめてくれてるんだよ。同じ副長の俺だって毎日怒鳴られてんだぜ」
「土方さんは人を怒鳴るのが好きなんですよ」

 選抜試験は続いていて、ふたりがそんなことを話し合っている間にも、無口な斉藤終の二刀流の前に、筋骨隆々の候補者が倒れていた。今回の選抜は、どうやら少々不作のようだ。

 と、道場の入り口に柔らかい光が差した。見ると、が大きなやかんを持って立っていた。

 からやかんを受け取った隊士が、鼻の下を伸ばしてへらへらと笑った。が遠慮がちに道場の中をのぞき込むと、どうぞどうぞと、誘うように手を前に出す。は恐縮したように首を振りつつ、道場の扉の外に膝をついた。

 目立たないようにしたつもりなのかもしれないが、道着をまとった汗臭い男の中に混じったは、何をどうやっても目立っていた。に気づいた隊士達がそわそわと色めき立ち、緊張感に満ちた空気が緩んでいくのが手に取るように分かる。

 沖田もそれを感じたのか、にやにや笑いながらため息を吐いた。

「あーあ、腑抜けちまって。さんが顔出すと、空気が変わりますね」

 銀時は意外そうに目をしばたいた。わがままな子供のような男だが、見ているところはきちんと見ているらしい。

「知ってます? さんって結構モテるんですよ」
「へぇ、そうなの。あんな地味なののどこがいいのかね?」

 銀時がからかうように笑うと、沖田は目を丸くした。

「銀時さんがそれを言うんですか?」
「どういう意味だよ」
「銀時さんは、さんに惚れてる男の筆頭かと思ってました」

 銀時は口をへの字に曲げて、あからさまに嫌な顔をする。

「冗談よせよ。何をどう考えたらそうなるんだ?」
「だって、ふたりはすごく仲が良いですし、何て言うのか、俺にはうまく言えないですけど……。例えば、俺達、恒道館道場の面子は付き合いが長い。江戸で集まった者とはどうしても距離感が違います。銀時さんとさんの距離感も、それと似てると思ったんですよ」
「ただ付き合いが長いってだけで、惚れてるってことにされちゃたまんねぇな。周りがあれこれ詮索して、興味本位で茶々入れたりして、そんなことするから、この国では男女の友情が育たないんだよ。はっきり言ってそういうのが一番質悪いんだからね。覚えときなさい」
「急に何ですか? 人を中学生のガキみたいに」
「お前が余計なこと言うからだろ」

 のそばに、隊士が集まり始めていた。何を話しているのかは分からないが、選抜試験の最中だというのに気の抜けた顔で笑い合っていて、その声が少しずつ大きくなっている。道場に差し込む光が、ますます大きくなっていくようだ。

 斎藤と相手が竹刀を打ち合う様を見つめながら、土方が横目でを睨んでいた。鬱陶しそうな、真剣な選抜の場を乱すのを見咎めるような、鋭い眼差しだ。銀時はそこに、焦りのようなものを見た気がした。

「ところで、銀時さんは手合わせしないんですか?」

 沖田が明るい声で話題を変えた。

「俺ぁいいよ。面倒くせぇし」

 そう言うなり、銀時はくわっと大きな欠伸をする。そこに、土方の怒声が降ってきた。

「おい、銀時。欠伸が出るほど暇なのか?」

 銀時は涙の浮いた目で手を振った。

「いや、眠くてだるいだけだ。気にすんな」
「気にするわ! いいからお前も立ち合え!」
「遠慮しとくよ。寝不足で力入んねぇし、こんな状態でやり合ったって意味ねぇだろ」
「んなこと言って、サボろうとすんじゃねぇよ。黙ってやれ」
「へぇへぇ、分かりましたよ」

 重い腰を上げて立ち上がる銀時を、沖田は「いってらっしゃい」と言って励ました。

 竹刀を持って前に進み出ると、道着をつけた男がぎこちない足取りで銀時の前に立つ。銀時の頭ひとつ分小さく、手足がひょろりと細い。今回の応募者の中では最年少に近いのではないだろうか。

「よろしくお願いします!」

 緊張した声は、声変わりが済んで間もないらしく、初々しい。

「おう、こちらこそ、お手柔らかにな」
「とんでもない。胸を借りるつもりで、やらせていただきます」

 銀時が竹刀を上段に構えると、相手の肩越しに、の顔が見えた。黒目がちの目が期待を込めて銀時を見ていた。

 そういえば、子供の頃にもこんなことがあった気がする。松陽に稽古をつけてもらっている時、はいつも道場の片隅で竹刀を振るう仲間達を見ていた。

 あんまりじろじろ見つめてばかりいるから興味があるのかと思って、試しに竹刀を持たせてみたことがある。ところが、は運動神経がなく、動きはとろいわ、反射神経は鈍いわ、何をやらせても話にならないほど下手糞で、道場の仲間にひどくからかわれてしまった。それきり、が竹刀を持つことはなかった。

 銀時を見つめるの瞳は、いつも憧れの光を宿している。銀時はいつも、それが誇らしかった。子供の頃からそれはずっと変わらない。
 期待に応えなければと腹の底から力が沸いてきて、寝不足の体に力が入る。一丁、やってやるかと思うと、自然と背筋が伸びた。

 審判が手を上げる。

「始め!」














20201124