14
















 会議室には、土方、近藤、沖田、山崎が顔をそろえていた。

「っつーわけで、の容疑は不問にする」

 土方の報告に、異を唱える者はいなかった。

「やっとですか」

 と、沖田。

「長かったですねぇ」

 と、山崎。

 あくびをするような反応に、土方は驚かなかった。が悪事を働いたなどと、本気で信じている幹部は誰もいなかった。他でもない土方が決めたことだからきっと何か深いわけがあるのだろうと察して口を挟まなかっただけだ。だから、この報告には形式以上の意味はない。

「長い間、ご苦労だったな。トシ」

 それを知っていながら、近藤は親身に土方を労わった。

ちゃんは順調に仕事に戻ってるんだな?」
「あぁ。まだ完全にというわけじゃねぇけど、体が慣れるまではしょうがねぇな。けど時間の問題だろう。もう心配ない」
「それは何よりでさぁ、早く食堂でまともな飯が食えるようになって欲しいもんです」
「沖田隊長、そればっかりですね」
「育ち盛りだからな」
「まぁ、さんの元気な顔が見れればまた屯所が華やぎますね。みんなも喜びますよ」
「そうだな、これですっかり元通りだ!」

 近藤は腕組みをしてかっかと笑った。

 それからあれこれと議題を片付け、会議はお開きになった。
 会議の後、近藤は土方を自分の部屋に呼んだ。何の話か大体の見当はついている。土方は素直にその後に従った。

 近藤は腰を落ち着けると、神妙な顔をして切り出した。

「会議の報告にはなかったが、詳しく聞かせてもらえねぇか? ちゃんが攘夷浪士に狙われている可能性があると、以前言っていたな。もうその心配はないのか?」

 土方は複雑な思いを抱えたまま近藤と膝を突き合わせる。近藤に言うべきことは全てまとめてある。それを一から順に説明していけばいいだけだ。簡単なことだ。それだけのことなのに気が重かった。どうしてそんな風に感じるのか、自分でもよく分からなかった。

「あぁ。山崎に内偵させていたんだが、もう大丈夫だ」
「どういうことなのか、教えてくれ」

 土方は重々しく口を開いた。

「原因は、実は銀時なんだ」
「銀時?」
「あいつは攘夷浪士と繋がって真選組を裏切った。だから粛清の対象になった。だが、あいつが裏切ったのは俺達だけではなかった。あいつは攘夷浪士をも裏切ってたんだ」
「どういうことだ?」
「つまり、攘夷浪士から得た情報を、真選組に横流ししていたんだ。浪士の潜伏場所、人数、武器の数、銀時の働きで完遂できた任務は山ほどある。銀時はこのことで浪士から恨みを買ってた。まぁ、俺達の情報も銀時を通じて外に漏れていただろうがな。おそらく、その釣り合いが取れていなかったんだろう。しかも銀時は、屯所に潜入した間者をその手で斬っている。ますます恨みを買って、結果、浪士から命を狙われる結果になった」
「それとちゃんとどんな関係がある?」
「銀時とは昔馴染みだ。あの頃は、銀時をおびき出すためにが利用される可能性があったんだ。これは内密にしていたんだが、一度危うい目に合ったこともある。幸い、未然に済んだがな」


 近藤は顔を強張らせた。

「なんでその時に言ってくれなかったんだ?」
「大事にしたくなかったんだ。は気づいていなかったし、怖がらせたくなかった。だから銀時と俺、ふたりの胸の内にしまっておくことにしたんだ」
「トシ、せめて俺には言ってくれても良かっただろうに」
「黙っていて、本当にすまんと思っている。だが、これは銀時たっての願いだったんだ。自分のせいでに危険が及ぶことを、あいつは一番恐れていた。に気づかれないように細心の注意を払っていた。誰かの口からこの事実が漏れることがあっちゃならないって考えてたんだ。あいつはただ、に安心して、人並みの生活を送れるようにしてやりたかったんだ」
「お前は、その意思を守ってやっていたというんだな?」
「あぁ。あいつを粛清した後も、銀時の死を信じない浪士がいることは山崎の調べで分かっていた。何せ遺体を人目に触れさせなかったから、しょうがなかったんだがな。そういうわけで、を屯所の外に出したくなかったんだ」

 近藤は顎髭を撫でながら考え込む。

「なぁ、ひとつ教えてくれないか?」
「なんだ?」
「今の話を聞いていると、銀時はまるで、自分が粛清されることを分かっていたように思えるんだ。そうなんじゃないのか?」

 土方は苦い顔をして唇を噛み、小さく頷いた。

「そうだ。あいつは全部分かってた。あの晩、自分があぁなることを」
「それ、ちゃんは知っているのか?」
「いや、まさか」

 それが、土方が一番心苦しく思っているところだった。

 は心から銀時を大切に思っている。銀時がどうしてあんな運命をたどったのか、知りたくないわけはあるまい。けれど、今更こんなことを伝えても事実が変わるわけではないし、かえっての心労を増やす結果になるだろう。せっかく前向きな気持ちになっているところに余計な情報を耳に入れたくない。

「山崎の調べで、浪士がから手を引いたことは確認できた。あいつの安全は保障された。もう心配はいらない。これであいつとの約束は果たした」

 銀時は、土方にこう言った。攘夷浪士は、銀時の手掛かりをつかむためにを利用する可能性がある。に危険が及ばないように守って欲しい、と。

 銀時は自分の身に降りかかることを全て承知して、最期にの身の安全を願ったのだ。それが、土方が銀時と交わしたたったひとつの約束だった。

「銀時は、ちゃんのことを本当に、大事に思ってたんだな」

 近藤はしみじみと言った。その目には、感動のあまりかすかに涙が滲んでいる。

「これですっかり元通りになると思うと俺も安心だよ」
「あぁ」
「どうだ、今夜飲みにでも行かねぇか? 久しぶりにぱーっとやろうぜ」
「あぁ、そうだな……」

 土方は言葉を濁して天井を仰いだ。

 約束は果たした。達成感はある。けれど、小さなしこりが胸に引っかかっているような気がした。背中に荷物を背負ったままでいるのに、それがどんな荷物なのか自分で分からないでいるような、何か不自由な、足を引っ張られているような感じがするのだ。



 近藤の部屋を出ると、どことなく小腹が空いているような気がした。時計を見ればちょうど昼時だ。午後からは巡回に出る予定だから何か腹に入れておこうと、食堂に向かう。

 食堂は腹を空かせた隊士達でごった返していた。

 人の出入りが多いために引き戸が開け放してあり、そこからの姿が見えた。味噌汁の配膳をしながら、何かと声をかけてくる隊士たちに笑顔を向けている。「おかえりなさい」とか「元気になったんですね」という声が漏れ聞こえてきた。の復帰は隊士達に無条件に歓迎されているようだ。以前と何も変わりがなく、近藤の言う通りすっかり元通りになったように見えた。

 土方は足が動かず、食堂に入っていくことができない。平然との前に立てる気がしなかった。

 とは、距離を置きたかった。少しでも近づくと心が乱れてしまう。たわいない雑談くらいしないとむしろ不自然に思われるかもしれない。けれど、「ご苦労さん」とか「調子はどうだ?」とか「病み上がりなんだからくれぐれも無理はするなよ」とか、ちょっとした言葉をかけることすら今は難しく感じた。

 は決して土方の手を取らない。きっぱりと拒絶されたのは一度や二度ではないのだ。それは十分過ぎるほどよく分かっている。

 けれど、惚れた相手が自分を嫌っていると分かっていて平常心を保っていられるほど、土方の神経は図太くなかった。

 土方は食堂には入らず、ひとりで屯所を出た。昼食は、近所の定食屋でひとり寂しく蕎麦を啜った。














20200522