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 それから数日後、屯所で葬式があった。銀時と土方に斬り殺されたふたりの葬式である。

 攘夷浪士を易々と隊内に潜入させてしまった不手際を隠すため、死んだふたりは浪士の凶刃にかかって死んだということになり、殉職として処理されることになった。

 しかし、体面は取り繕っていても、本当にふたりを斬ったのは銀時と土方だということを知らない人間は隊内にはいなかった。噂は通過した人の口だけ尾鰭のつくものだが、この狭い屯所の中でさえそれは例外でなく、攘夷党の間者だと露見したふたりが隊から脱走するためを人質に取ったところを銀時と土方が助けたことになっていた。その噂は説得力を持って語られているらしく、土方の側近として手足のように働いている山崎ですらそれを信じて疑っていなかった。

「え、あれって嘘なんですか?」

 と、山崎は目を丸くして言う。

「そうよ。全く、誰が言い出したんだか」

 は頭を振りながらため息をついた。

 広間で法要が執り行われているかたわらで、は精進落としの準備に追われていた。喪服をたすき掛けして前掛けをつけるという出で立ちで忙しく台所と宴会場を行ったり来たりするを、山崎はそばで手伝ってくれている。

「山崎くん、本当にこんなところにいていいの?」

 重ねた皿を抱えて運び、テーブルに並べている山崎に、は言う。
 山崎は微笑みを浮かべて答えた。

「はい。こっちの方が人手が足りないから手伝ってやれと、土方さんが」

 その名前を聞いた瞬間、は息を飲む。手の甲の強く握られた手の熱さが蘇ってきて意識せずにはいられず、その手をぎゅっと握りしめた。

「そう、土方さんが」

 名前を呟くと、唇がこそばゆかった。

「心配されてましたよ。あんなところに居合わせてしまってショックだっただろうって。辛いのに我慢しているんじゃないかって」
「もう平気なのよ、本当に」
「悪いことしちまったって後悔してました。土方さんがあんなに頭を悩ませている姿見るのは僕も初めてです」
「土方さんが責任を感じるようなことじゃないわ。本当にたまたま、あの場に居合わせてしまっただけなのよ。そんなに心配かけてしまって、むしろ申し訳ない」
「土方さんはお優しいんですよ」
「ただの家政婦にまでそこまで気を配ってくれるんだものね」
「何か困ったことがあれば土方さんは力になってくれると思います。遠慮なく頼ってください」
「それ、山崎くんが言うの?」
「あ、すいません」
「土方さんが本当にそう思ってくれているんならいいんだけど」

 言葉を濁した山崎を、は微笑みであしらった。

 そうこうしているうちに、法要を終えた隊士達が宴会場に集まってきた。みなきちんとプレスをかけた隊服に身を包んでいて、神妙な面持ちだ。に向ける眼差しはどこか同情が見え隠れし、はそれを振り払うようにきびきびと働いた。

 やがて、広間の方から銀時がやってくるのが見えた。珍しくスカーフをきっちり巻き、カフスボタンも締め、隊服にシワも汚れもない。法要の場できちんと身なりを整える常識が銀時にもあったのかと、は目が醒める思いがする。

「おや、さん」

 と、沖田が先にに気づいた。

「お疲れ様。お食事の用意できてますよ。和尚さんは?」
「近藤さんと土方さんと話してます。すぐ来ると思います」
「そう、教えてくれてありがとう。ところで銀さん、お願いがあるんだけれど、ちょっといい?」

 鼻くそをほじりながらふたりの会話を聞くとも無しに聞いていた銀時は、声をかけられてふがっと変な声を出す。不意なことに小指が鼻穴の奥に入り込んでしまったらしい。苦労してそれを引き抜いて、鼻の穴の様子を気にしながら銀時は面倒臭そうに言った。

「なんだよ、これから飯なんだろ?」
「飯じゃなくて、精進落とし。お酒が足りないから、運ぶの手伝ってちょうだい」
「はぁ? なんで俺が? 面倒臭ぇな、そんなこと下っ端にでもやらせろよ」

 渋る銀時の腕を、はぐいと掴んで力いっぱい引っ張る。その勢いに体を斜めにした銀時の耳元に、は唇を近づけて囁いた。

「手伝ってくれたら、松平様にいただいた寅屋の高級ようかん分けてあげてもいいわよ」

 それを聞いた瞬間、銀時の目が誘惑に駆られてゆらりと光った。

「……まじ?」



 は銀時を伴って、厨房の裏にある女中部屋へ向かった。法要に合わせて注文した酒が厨房に入りきらず、一時的にここに保管してあるのだ。

「これを運べって?」

 積み上がった段ボールを見て、銀時はうんざりと言った。

「そうよ」
「こんなにあるなら、なおさら若手に声かけた方がいいだろ」
「でも、こうでもしないと銀さん、私と話してくれないじゃない」

 はそう言うと、後ろ手に襖を閉めた。ただでさえ狭い女中部屋、段ボールにその部屋の半分を占領されて、ふたりが立っているだけで部屋はいっぱいになる。

 真剣な顔で襖の前に立ちはだかるを見やって、銀時はますますうんざりした。

「ったく、ようかんなんかで釣りやがって」
「それで釣られてくれるんだからまだありがたいわ。断られたらどうしようかと思ってたんだから」
「で? ここまでして俺に何を聞きたいんだよ?」

 銀時は積み上がった段ボールの上に腰を下ろすと、膝に肘をついて上目遣いにを睨む。その頑なな眼差しに、はもう心が折れそうになった。銀時は頑固だ。こうと決めたならばよほどのことがない限り決心を変えたりはしない。銀時が絶対に話さないと決めたなら、それは墓場まで持っていく心づもりだということだ。

 それを分かっていても、何の行動も起こさずに泣き寝入りすることはにはできなかった。

「あの夜のことよ。どうして三倉くんと馬を斬ったの?」

 銀時は口元を歪めて笑った。

「そんなこと、わざわざ俺に聞かなくても誰かに聞けばいだろ」
「攘夷党の間者だったんでしょう。屯所を脱走しようとしたふたりが私を人質に取って、銀さんと土方さんが助けてくれた。ずいぶん都合よく解釈されたものよね」
「お前が無事でよかったよ」
「心にもないこと言わないで」
「俺がお前を心配してないとでも言うのか? 信用ねぇな」
「そうじゃない。話を逸らさないで。馬のこと、銀さんは子どもの頃からよく知ってるでしょ? どうしてそんな人のことを斬れたの? 私はその理由が知りたいの」
「よく知った人間を平然と斬り殺せることがそんなにおかしいか? あいつは攘夷党の間者で、俺は真選組の副長なんだぞ。無視しておけるかよ」
「銀さんの立場は分かってるつもりよ。けど、相手は、あの馬だったのよ?」
「そう怒るなよ。こうなっちまった以上仕方ねぇだろ」
「私は怒ってない」
「怒ってるだろーが。なんなら殴ってもいいぞ。それでお前の気が済むんならな」

 そう言うと、銀時はここを殴れとでも言うように顔を斜めにして、頬をの方に突き出してきた。

 はかっとして、体の横で拳を握りしめる。やりきれなかった。銀時は何も覚えていないのだろうか。あんなに小さくて愛らしかった馬之助。ちょこちょことおぼつかない足取りでや銀時の後をついてきたあのあどけない姿。銀時も本当の弟のように可愛がっていた。それをすっかり忘れてしまったのだろうか。

「ねぇ、覚えてる? 川遊びのこと」

 銀時は顔を斜めにしたまま、え、と目を見張った。

「昔、夏になったらみんなでよく行ったでしょ。楽しかったわよね。魚を釣ってみんなで食べたり、石投げで勝負したり。銀さん、泳げないのに川に突き落とされて、おぼれかけたところをみんなでなんとか引き上げて……。あの時、銀さんの着物を乾かしてあれこれ面倒見てくれたの誰だか覚えてる?」

 それが馬之助だった。

 馬之助は銀時によく懐いていた。その理由をは知らない。何か、馬之助にとって大切な思い出の中に銀時がいたのかもしれない。だからこそ、敵中に自ら身を投じる危険を冒してまで、真選組に潜入したのではないのだろうか。銀時に会い、話をして説得する。その役目を負った馬之助の気持ちを考えると、銀時に対する強い思いがあったに違いないと思う。

 銀時は馬之助の気持ちを想像できないほど、愚かな人間ではないとは信じている。

「どうして銀さんは、あんなに仲良くしていた馬之助を斬れたの?」

 銀時は突き出した頬をぽりぽりと掻きながら、と目を合わせずに呟いた。

「それが俺の任務だ。それだけじゃ理由になんねぇのか?」
「割り切ってるのね。銀さんはそれで本当に平気なの?」
「何がだよ?」
「銀さんの心よ。銀さんの気持ちは? 本心は? 本当に心から納得してやったことなの?」

 銀時は目を反らしたまま俯き、からその表情は見えなくなる。四方八方に跳ねた白い髪の真ん中に、ぐるりと渦を巻いたつむじがある。子どもの頃から変わらない、右巻きのつむじ。その流れをたどるように指先で髪をかき回して銀時をからかうのが、はとても好きだった。髪型にコンプレックスのある銀時はがそっと背後に忍び寄ってそれをするたびに目の色を変えて抵抗した。昔なら、一夜明ければ些細な喧嘩のことなどすっかり忘れてすぐ元通りに戻れた。

 時は流れ、時代は変わり、も銀時も大人になった。その過程で一体何を失ってしまったのだろう。

 やがて顔を上げた銀時は、真っすぐを見つめて答えた。

「本心だ。何もかも納得して斬った」
「そんなの嘘よ」
「嘘じゃねぇ。本当はやりたくなかったけど仕方なくやったって答えればそれでお前は満足すんのか? ならそう言ってやろうか?」
「そんな、ごまかすようなこと言ってほしいんじゃない。どうしてそうねじ曲がったこと言うの? 私は銀さんの本当の気持ちを大事にしてほしいだけ。馬を斬ったことが、銀さんが心から納得してやったことだとは、私にはとても思えない。本当の思いに沿わないことをしてたらいつか銀さんが壊れちゃう」
「お前が何を言ってるのか、俺には分からねぇ。てめぇに都合のいい言葉しか聞く気がねぇんなら、これ以上何も言うことはない」

 銀時が立ち上がったので、は襖に背を押し付けるようにして出口をふさぐ。

「そろそろ戻らねぇと宴会始まっちまうぞ」
「でも」
「幹部がそろってねぇと恰好がつかねぇだろ。退け」
「まだ話は終わってないわ」
「俺は終わった」
「銀さん、ねぇ」
「退けよ」
「いや」

 銀時は大きなため息を吐くと、鬱陶しそうに髪をかきあげる。

 その態度に胸がちくりと痛んで、はぎゅっと唇を噛み締めた。銀時にとって自分との会話は一刻も早く切り上げたいと思うほど不快なものなのかと思うと悲しくてたまらない。けれどまだなけなしの意地が残っている。てこでもここを動くまいと足を踏ん張るの前に立って、銀時は吐き捨てるように言った。

「お前に心配されるほど、俺は落ちぶれちゃいねぇよ」
「私は銀さんの気持ちが知りたいだけなの」
「なら教えてやる。長ったらしいお経聞かされて腹減ってんだよ。そこを退け、飯を食わせろ」
「人が真面目な話をしてるときにどうしてそんなこと言うの!?」

 と、その時、銀時の手が動いた。の肩を回って背中に伸びてきた両腕に体を囚われる。厚い胸板に顔を押しつけるように抱きすくめられて、は頭が真っ白になった。銀時の腕の中にすっぽりと収まってしまった自分の体の細さ、非力さや無力感をまざまざと見せつけられたような気がして気後れする。声が出ない。

「心配すんな。あんなことで壊れっちまうほど俺は柔じゃねぇ」

 銀時はの耳元でそう囁くと、簡単にの体を抱え上げて180度回転した。

「きゃっ、ちょっと、何!?」

 とからだの位置を入れ替えた銀時は、せいせいした顔で扉を開けると、振り返りもせずに部屋を出て行った。








20191209