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 真選組の新人選抜は、実技と面接で行われる。履歴書を提出した志願者はまず、現役の真選組隊士と手合わせをする。そこで勝利を収めた者だけが隊長クラスの隊士との手合わせに進むのだ。そこでは必ずしも勝ちは求められないが、少なくとも一本以上取らなけらば次の段階には進めない。最後に、近藤局長、土方・坂田両副長、そして沖田一番隊隊長のいずれかとの手合わせとなる。真選組の中でも一二を争う実力の幹部は、そこで新人の実力をその身をもって測る。

 その日、選抜試験を受ける志願者は道場の外にまで溢れていた。

 昨今、真選組の評判はうなぎ上りで、志願者が絶えないのだ。それはひとえに、将軍警護の任務を見事やり遂げた功績による。それによって、幕府お抱えの特別警察真選組としての地位を不動のものとした。それに伴い任務も増え、巡回に当たる範囲も広がっている。真選組は今、世の期待に応えるためにその組織を大きく広げつつあった。

「どこまででかくなりますかね?」

 に声をかけたのは沖田だった。外で待機している浪人達を眺めて、その人の多さに感心するよりむしろ呆れていたは、ついくすりと笑ってしまう。沖田は頭の上に手をかざして、と自分の背丈を比べていた。

「身長、測ってみた?」
「この間測ったときから1cm伸びてました。でもまださんとどっこいどっこいってところですかね」
「成長期だもの。私なんかすぐ追い抜いちゃうわよ」

 沖田は先日16歳になったばかりで、見た目はまだ少年の域を出ていない。身長はと大して変わらないし、声変わりもまだだ。その外見で剣の腕だけは隊士の中でもずば抜けているというのだから、まったく末恐ろしい。

「一番隊隊長がこんなところにいていいの?」

 そう尋ねると、沖田は肩をすくめて答えた。

「土方さんに追い出されっちまいました。俺は手加減ってものが分かってないんだそうです」

 道場の外に敷いた筵に、志願者が数人倒れている。頭に大きなたんこぶを作っていたり、白目を向いていて泡を吹いている者もいた。どうやらあれは沖田の仕業らしい。

「あらあら」
「この程度でやられちまうようじゃ、真選組ではやっていけないと思うんですがね」
「土方さんはなんて?」
「入隊前から使い物にならなくしてどうする、幹部との手合わせはその技量を測るためのものなんだから、その腕さえ見極めればいい。わざわざ打ち負かす必要はない、だそうです」
「私にはよく分からないけど、難しそうね」
「難しくはないですけど、面倒くさいですよ」

 道場の中央では、土方と志願者が一対一で竹刀を構えて向きあっているところだった。志願者は面、胴、籠手を着けているが、土方は胴しかつけておらず、その厳しいまなざしと竹刀を強く握る武骨な手が見えている。試合形式にのっとった礼をして、審判役の声に合わせて打ち合いが始まった。

 土方の太刀筋は極めて冷静だ。相手が打ち込んできた一太刀を鮮やかに躱し、的確に隙をついて次の一太刀を打ち込む。竹刀を下段に構えて相手の攻撃を誘い、それに対してどんな攻撃を仕掛けてくるか品定めをするような眼をして志願者を睨む。相手の実力を見極める、計算された太刀筋だ。

 それに比べて、近藤の太刀筋は豪快だった。真っ向から立ち向かってくる相手を、力任せに押し返したかと思うと、「どうした? お前の実力はこんなものか?」と、腹から響く声ではっぱをかける。それで相手も奮起して、力の限り近藤に向かっていく。がむしゃらに近藤に向かっていく相手を、近藤が全身全霊で受け止めるようだった。手合わせが終わると、近藤は相手をねぎらうようにその肩をばしりと叩いて強く握った。

 沖田がそれを誇らしそうな目で見つめているのを盗み見て、はひっそりと微笑む。

「どうかしましたか?」

 沖田は不思議そうにの顔を覗き込んできた。

「ううん、何でもないの」
「何かおかしなことでも?」
「真選組の将来が楽しみだなと思ってね」
「将来? 何ですか、それ?」
「だから、何でもないってば」

 がくすくすと笑っているうちに、次の試合が始まった。

 防具に身を固めた相手に立ち会ったのは、銀時だ。その白い髪、着崩れてぼろぼろの隊服、床を踏みしめる裸足のつま先。は引き付けられるようにその姿に目を奪われる。いまいち力の入っていない立ち姿で、竹刀を片手で握り体を斜めにしている。その眼には覇気がなく、あくびをかみ殺したばかりのような顔をしている。そんな銀時に相手も戸惑っているようだった。

 審判役が手を振って声を上げる。

 銀時は自分からは一斉手を出さず、ひたすら相手の攻めをいなして躱す戦いをした。竹刀が交差すれば押し返しはするが、それで態勢を崩した相手に打ち込むことはしない。誰が見ても隙だらけの未熟な相手に対して、のらりくらりとからかうような太刀筋だった。

 相手はそれを、なめられていると感じたのだろうか、肩を怒らせて銀時に向かっていく。この相手、腕っぷしの強さでぐいぐいと押してくるような猪突猛進なタイプかと思えば、意外と剣さばきは器用だ。正面から打ち合った竹刀をすり上げ、手首をひねって銀時の首を狙う。すんでのところでそれを躱した銀時はにやりと笑った。

 その瞬間、の背筋に悪寒が走る。銀時がどうやって相手を倒したのか、は瞬きをひとつする間に見逃してしまった。

「すっげぇ」

 と、沖田は感嘆のため息をもらした。

「さすが副長。油断していると見せかけて一刀両断だ」
「でも、あれじゃ相手の実力を試したって言えるのかしら?」

 の思惑通り、倒れた相手に背を向けて道場を出ようとする銀時を、土方が肩を掴んで引き留めた。銀時は肩を回してその手を振り払おうとしたけれど、逆に胸倉を掴んで怒鳴る。何を話しているかまでは分からなかったけれど、銀時の顔色が変わったのは分かった。土方の胸倉を掴み返して怒鳴り返す。とっさに近くにいた隊士が止めに入ったけれど、ふたりが振り上げた手に突き飛ばされて縁側から転がり落ちてしまった。

「おやおや、選抜試験の最中だっていうのにあの人らは」
「まったく、仲がいいんだか悪いんだかね」

 は呆れてため息をつきながら頬を押さえた。今朝も食堂で言い合いをしたばかりだというのに、喧嘩の種が尽きないふたりである。取っ組み合いは激しさを増して、ついには局長自らが間に割って入ろうとしている。

「しょうがない、俺も加勢してきます」

 と言って、沖田も仲裁に入っていった。

 それを見送ったのそばに、ひとりの男が近づいてきた。新入隊士の志願者らしい、ひょろりと背の高い青年だがその面立ちにはまだ少年の影が残っている。沖田とそう年は変わらないだろう。着物や袴にはあちこち直した跡があって汚れていた。幹部との手合わせはもう終えたらしく、竹刀で打たれた腕に痣を作っている。

「あの、すいません、お尋ねしたいことがあるのですが」

 は縁側に膝をついてそれに答えた。

「はい。なんでしょうか?」
「屯所の女中さんですか?」
「えぇ、そうです」
「こちらにはどういったご縁で?」
「とある方のご紹介で。以前、別のお屋敷で下働きをしていたので」
「では、それ以前は?」
「そうですね、まぁ、いろいろですけれど、あの……?」
「あ、すいません。突然、不躾でしたよね」

 男はくすぐったそうな顔をして笑うと、ざんばらに刈った髪をくしゃりとかき上げた。笑った両頬にくっきりとえくぼの影が落ちている。それに既視感を覚えて、はおや、と首を傾げた。

 この男、どこかで会ったことがあるような気がした。けれど、どこで会ったのか思い出せない。喉のあたりまで出かかっているような気がするけれど、つっかえたように出てこない。まじまじと男の顔を覗き込んでいると、男はついにぶっと息を噴き出して笑った。

「すいません、笑ったりして」
「いいえ、私こそ……。あの、もしかしてどこかで会ったことがありますか?」

 男はますます激しく笑い、を困惑させた。

 ひとしきり笑った後、男は子どものような顔をしてすっきりと笑った。

「変わらないな、姉ちゃん」








20191118