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 午前9時を過ぎると食堂は閑散とする。隊士はとっくに任務を開始しているし、朝食の後片付けも終わって、この時間は昼の仕込みが始まるまでのわずかな休憩時間だ。

 静かな食堂の真ん中でただひとり箸を動かしているのは銀時だ。

「よくもまぁこんな時間に平気な顔をして食べていられるわよね」

 は急須と湯飲みを乗せた盆をテーブルに置き、銀時の真正面の椅子を引く。

「腹減ったんだからしょうがねぇだろ」

 銀時は口の中に卵焼きを放り込みながらぶつくさと言った。

「だいたい、俺の分の朝メシ取っといてくれたのちゃんでしょ? 何を自分で言ってんだよ」
「そりゃ、せっかく作ったんだもの。捨てちゃうよりは食べてもらった方がいいに決まってるじゃない」
「じゃぁ文句言うなよな、せっかくのメシが不味くなるだろ」
「あら、おいしいとは思ってくれてるのね」
「コンビニの握り飯よりはましだ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」

 銀時は面倒臭そうに眉根を寄せながら味噌汁をすすった。

 銀時が隊服をきちんと着込んでいる姿をは一度も見たことがなかったが、今日の着こなしは一段とだらしがない。スカーフはなく、シャツの胸元は鎖骨が見えるところまで開いている。よく見れば、第二ボタンまでなくなっているではないか。袖がしわくちゃで、カフスボタンが今にも取れてしまいそうに細い糸の先でぶらぶら揺れていた。

 は銀時のためにお茶を注いでやりながら、ため息をついた。

「一体何をしたらそんなにぼろぼろになるの?」
「別になんでもねぇよ」
「なんでもないのにどうしてボタンが取れたりシャツがぐしゃぐしゃになるわけ?」
「お前には分かんないだろうけどな、俺の仕事は激務なんだよ。シャツのひとつくらいすぐだめになるわ」
「毎日のようにそんな風になるの銀さんだけよ?」
「人一倍働いてる証拠だろうがよ」
「どの口が言うんだか」
「んだよ、分かったような口ききやがって」
「分からないから聞いてるんじゃない。一体何やってるの? 土方さんも心配してるのよ」
「んだよ、あいつに俺を尋問しろとでも頼まれたのか?」
「私はただ銀さんが心配で」
「お前に心配されなきゃいけねぇほど落ちぶれてねぇよ」
「そこまで言ってないわよ、もう」

 銀時はだんまりを決め込んだらしく、口いっぱいにご飯を頬張ってハムスターのように頬を膨らませる。

 まだ言い足りはしなかったけれど、こうなっては銀時は右にも左にも動かないと分かって、はそれ以上の追求を諦めた。

 銀時の行動は読めない。定時になっても寝こけて平気で遅刻することもあるし、夜勤でもないのに真夜中過ぎまで屯所に戻らない日もある。一体何をしてきたのか分からないがぼろぼろの様相で帰ってきてもには何があったのか話そうともしない。近藤や土方には詳しく報告しているのかもしれないが、ただの家政婦であるところのが報告の内容など知る由もない。

 そもそも、銀時がどんな任務に当たっているかを問いただす権利などにはないのかもしれなかったが、昔馴染みのよしみで少しくらい話してくれてもいいのではないのかという思いは譲れなかった。

 お登勢の店のこともそうだ。はあれから何度か、お登勢の店に行ったことを銀時に話そうとしたのだけれど、どうして女ひとりでスナックに行ったのか、その理由をうまく話せる気がしなくてずっと黙ったままでいた。けれど、銀時があの店に行ったらきっとお登勢がのことを話してしまうだろう。それはいささか具合が悪いし誤解も産みそうだから、マッチをこっそりポケットから抜いたことを謝ってその勢いで話してしまいたかった。

 けれど、それが、できない。

 たまにふたりきりになれたときにはこれを好機と思うのだけれど、いつもうまくはぐらかされて口喧嘩のようになってしまう。子どもの頃はこんな風ではなかった。喧嘩はたくさんしたけれど、それと同じ数だけ仲直りもした。

 小さないさかいとはいえ、次に顔を合わせた時に喧嘩をしたのは夢だったとでも言うように平然とした態度を取られるのはなんだかむなしかった。

 これが大人同士ということなのかもしれない。お互いに成長したと言うことなのかもしれない。けれど、都合の悪いことを手の内に隠して当たり障りのない関係を保とうとして、それが一体何になると言うんだろう。

 子どもの頃は、思ったことを全部口に出して泣きじゃくりながら、全身全霊でぶつかり合うような喧嘩をした。手を上げたりこそしなかったけれど、人生のうちであんなに痛い思いをしたことは他にない。ぶつかり合って初めて分かり合えることもある。大人になったってそれは同じなのではないかとは思う。もっと心を開いて、子どもの頃にように何でも言い合える関係には戻りたかった。

 そんなの望みを知らずに、銀時は付け合わせのたくあんをばりぼりとかじっている。その手が湯飲みの方に伸びてきたのを見計らって、はそれを横からさらった。

「あ、おい」

 あっけに取られる銀時を尻目に、はずずずと音を立ててお茶をすすった。これくらいの仕返しは許してもらわなければ割りが合わない。

 と、その時、食堂のドアが勢いよく開いた。

「おい、銀時はいるか?」

 大声で言ったのは土方だ。銀時とは対照的にきっちりと隊服を着込んで帯刀している。

「おー、ここにいるぞー」

 と、銀時は気の無い返事をしてひらりと手を振った。

「お前はそんなところで何をしてんだよ?」
「朝メシ食ってんだよ」
「今日は新隊士の選抜があるって知らせてただろうが!? さっさと道場に来い!」
「選抜なんてお前らが勝手にやりゃぁいいだろ? どんなのが入ったって俺ァかまやしねぇよ」
「馬鹿野郎! てめぇ仮にも副長だろ!? 真選組の実力を見せてやらねぇと示しがつかねぇだろうが!」
「んなもん局長がいれば十分だろうが。俺疲れてんだよ」
「ごちゃごちゃ言ってねぇでさっさと来い!」

 はテーブルの下で銀時のつま先を蹴る。銀時が怪訝な顔をして振り返るのを見て、は小さく頷いて見せた。

 銀時は首を後ろを撫でながらしぶしぶ立ち上がる。

「ったく、しょうがねぇな。分かったよ、行けばいいんだろ、行けば」

 銀時は律儀にも、食器をトレーに乗せて返却台に下げ、水につけてくれた。ぼちゃんぼちゃんと食器が水に落ちる音、銀時が背中を向けている間に、土方との目が合った。

「あいつを見とけって言っただろうが」

 と、土方の口が動いたのを見て、は首を横に振りながら身振りで答えた。

「私の言うことを聞くとは思えないって、言ったでしょう」

 知り合って間もない土方とは視線を合わせるだけで意思疎通ができるというのに、どうして子ども時代まで知っている銀時とはこんなにかみ合わないんだろう。情けなさに肩を落としたに、ふいに銀時が言う。


「何?」
「ごちそーさん。ありがとな」
「あぁ、うん」

 ぺったぺったと、踵を踏み潰したくつを引きずるように歩きながら、銀時は土方の後を着いて食堂を出て行こうとする。食堂のガラスの引き戸がゆっくりと閉まる直前、はとっさに銀時を呼び止めた。

「あ、銀さん」
「なんだよ?」
「そのシャツ、直してあげる。後で出しておいてね」

 銀時は銀時は一瞬目を見張りすぐに視線をそらすと、ぽりぽりと首の後ろを掻きながら、小さくうなるように「おぉ」と答えた。








20190903