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 隊士の総人数、三十名というのは、江戸中にはびこる攘夷浪士全てを取り締まるには心もとない人数だが、三十名分のシャツと肌着と寝間着を洗濯するとなると少なすぎるとはとても言えない。

 ちょっとした小山のようになった洗濯物の山を見ると気持ちがくじけそうになったが、は意を決して山の中からシャツを一枚手に取った。ただ眺めていてもこの山は消えないのだしとにかく手を動かさなくては。幸い、今日はからりとした良い天気で、洗濯物はあっという間に乾いてくれた。お日様に感謝だ。

 着々と一定のリズムでシャツをたたんでいく。同じ動作を繰り返していると、しんと頭の中が静かになって手の中で布と布が触れ合うかすかな衣擦れしか聞こえなくなる。黙々と手を動かす。柔らかい風が吹いてきて揺れた前髪が頬をくすぐる。

 その髪を、のものではない指が払った。

「精が出るねぇ」

 そう言っての顔をのぞき込んできたのは銀時だった。
 は驚きのあまり声も出ず、はっと息を吸いこんで肩をはね上げた。

「びっ……くりした。おどかさないで、銀さん」
「ちっとも気づかねぇんだもんよ」
「集中してたの」

 足音どころか、気配すら感じなかった。雲のように、何もないところから湧き上がるように現れたようだった。

 銀時は隊長の証であるスカーフをしておらず、上着も着ていない。襟元をくつろげて、シャツの袖を折ってまくっている。なぜか裸足だ。洗濯物の山を回り込むと、ベルトに差した刀を鞘ごと抜いてごろりと横になる。ちょうど、たたんで重ねたシャツの山に隠れる位置だ。

「仕事はどうしたの?」

 責めるようにが言うと、銀時は何食わぬ顔でうそぶいた。

「休憩。ちょっとここで寝かせてくれ」

 は目を細めてじっとりと銀時を睨んだ。銀時が休憩といって、それが本当だったことはほとんどないのだ。

「悪いけど、かばってあげないからね」
「なんだよ、冷たい奴だな。昔馴染みのよしみだろ、守ってくれよ」
「仕事をさぼる人はきらいよ」
「鬼の副長に告げ口でもするか?」
「あいにく手が離せないから。誰も探しに来ないことを祈るのね」
「へぇへぇ」

 銀時は大あくびをして頭の後ろで両腕を組んで枕にする。居心地のいい場所を探してしばらくもぞもぞしていたかと思うと、規則正しい呼吸をしてあっという間に寝入ってしまった。

 子どもの頃から昼寝が好きな人だったけれど、大人になった今でもこうだとは、には正直驚きだった。ぐうたら過ごすのが好きで、自由気ままで誰に対しても物怖じせず、数えきれない人に存在を疎まれながらも、それと変わらぬくらいの尊敬も集めることのできる人だ。いくら年を重ねても、人間の本質はそう簡単に変わるものではないらしい。

 は銀時の寝顔を眺めながら黙々とシャツをたたんだ。幸い、どれだけ時間が経っても銀時を探して追ってくる者はいなかった。

 よほどうまく逃げてきたらしい、それを考えるとわけもなく笑えてきた。その器用さを別な方面で使えばもっとうまく生きられそうなものだけれど、それができないのがもっとも銀時らしいところだと思う。世の中をうまく渡っていこうとか、真選組という組織の中でうまく立ち回ろうとか、銀時は他人の顔色をうかがうことがない。どんな時も、どんな場所にいても、自分の魂が正しいと判断したことだけを信じている。そんな風に振る舞うことができる人は滅多にいない。

 は銀時のそういうところが魅力だと思っている。その魅力は、今のところこの仕事にいかすことはできていないようだったけれど。

 規則正しく上下する銀時の厚い胸板を見下ろしながら、はふと思った。そういえば、土方に言われていた。

「あいつが何かしでかさねぇようにお前が見張っててくれねぇか?」

 今まさに、銀時が何かしでかしている最中ではないか。これをどうにかしろと、土方はに頼んだのだ。しぶしぶとはいえ、その頼みを引き受けていたことをすっかり忘れていたことに、は虚を衝かれてとっさに銀時の肩をゆすぶった。

「銀さん、そろそろ起きたら?」

 銀時はううんと唸っただけでびくともしない。大きな声を出しても、頬をつねってもそんな調子で、はため息をついた。ちょっとの物音でも飛び起きるような神経質なところもあるくせに、この図々しさは一体何なんだろう。

 ふと、の指先に何か固いものが触れた。制服のベストの胸ポケット、その中に何かが入っている。は細い指をポケットの中に滑り込ませてみた。出てきたのはマッチ箱だ。使いかけで、軽く振るとかたかたとかわいい音が鳴る。パッケージには、「スナックお登勢」と古めかしい文字が印刷されていた。裏面には店の住所と電話番号も書いてある。の知らない店だった。

 銀時だって立派な成人男性なのだから、スナックくらい行くだろう。行きつけの店がひとつやふたつあってもおかしくはない。その中に、お気に入りの女の子のひとりやふたりいたって、それこそちっとも変なことじゃない、むしろこれ以上健全なことがあるだろうか。

 は、どうして自分がこんなに動揺しているのか分からなかった。胸の奥から黒い波がざわざわと押し寄せてくるような、後ろ暗い感情が湧いてきて戸惑ってしまう。これまで味わったことのない感情だった。のどに詰まってうまく吐き出せない。

 と、その時、銀時がうなりながら身じろぎをして、はとっさにマッチ箱を袖の下に滑り込ませてしまった。

「銀さん? やっと起きた?」

 銀時は目をこすりながら言った。

「あー、誰か来たか?」
「ううん、誰も。うまく隠れたわね」
ちゃんのおかげー」
「私は何も。いい加減仕事に戻ったら?」
「そうだなー、そうすっかー」

 全くやる気がなさそうにうっそりと起き上がった銀時の顔を、は直視することができなかった。







20190804