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 竹刀と竹刀のぶつかり合う高い音が道場の外まで響いてきて、は懐かしい気持ちで目を細めた。重いやかんを両手で運ぶ。歩みを進めるたび、中身ががっぽがっぽと小気味いい音を立てる。それを聞きつけてか、入り口近くにいた隊士が飛び出してきた。

「あ、さん」
「お疲れさま。冷たい飲み物、持ってきましたよ」
「ありがとうございます。持ちます」
「よろしく」

 道場はまさに稽古の真っ最中だ。竹刀を構えた隊士がふたり、道場の中央で向き合っている。ひとりは籠手と胴と面を付けているが、それに対する相手は胴しかつけていなかった。あどけなさの残る顔立ちをしたその男は、一番隊隊長の沖田総総悟だ。その竹刀捌きは目にも止まらぬほど速く、相手の隙をついてあっという間に押してしまう。面も籠手も着けていないわけだから、そこに一太刀でも浴びせれば勝ったも同然だが、その不利な条件があってさえ力の差は明白だった。沖田は、相手に息をつく暇も与えず、力任せに踏み込んできた隊士の竹刀を摺り上げて面を打った。

 その鋭い音。

 後ろ手に倒れた男に沖田が竹刀を振り上げたところで、「そこまで!」と鋭い声が飛ぶ。上座で立ち合いを見守っていた土方だ。隣に立つ近藤は腕組みをしてそれを見守っていた。

「総悟、やりすぎだ」

 土方は倒れた男に目配せをしながら言う。沖田に打ち負かされた隊士は背中を強く打ったらしく、ひとりでは起き上がれずにのたうっている。

「そうですか? 実践を考えればこれくらいはお遊びみたいなもんでしょ」

 沖田は竹刀を肩にひっかけてとぼけた。

「てめぇの遊びは意味が違うだろうが、このドS」
「まぁ、落ち着けよ、トシ。総悟も、これは稽古だ。あまりやりすぎるなよ」
「分かりました。じゃぁ次の奴、来い」
「はい! 教えていただきます!」
「では、はじめ!」

 は息を詰めてその光景を見守っていた。

 子どもの頃、同い年の少年達が稽古をつけてもらうさまを見ていたことがある。子どもながらに腕の立つものが多い道場で、あの頃も十分すごいと思っていたし、尊敬も感心もした。けれど、攘夷浪士を取り締まると言う任務のために命を懸けている隊士達は気迫が違う。軽々しく声をかけるのもはばかられた。

 沖田に打ちのめされた隊士が両脇から体を支えられて外に出てきて、はすれ違いざま声をかけた。

「良かったら、手当てを手伝いましょうか?」

 縁側に腰を下ろしてうなだれた隊士は、面と籠手を外しながら苦笑いした。

「いえ、これくらいでそんな」
「無理はよくありませんよ。何か冷やすものを持ってきますね」
「すいません」

 はその足で医務室に向かった。医務室とは名ばかりの、簡易ベッドがふたつと薬品棚があるだけの小さな部屋だが、とりあえずひと通りの備品はそろっている。湿布と包帯を必要な分だけ取り出していると、かすかに物音がした。

「ご苦労さん」

 姿を見せたのは土方だ。

「どうされたんですか? 土方さんもどこか痛めました?」
「いや、あいつ見なかったか?」

 医務室の中に誰かが潜んでいるとでも思っているのか、土方は部屋をぐるりと見回しながら言う。もその視線の先を追いかけてみたけれど、何も変わったところは見つからない。

「あいつって、もしかして銀さんですか? そういえば道場にもいませんでしたね」
「任務がない限りは稽古に出ろと言ってるんだがな。あいつはすぐにサボりやがる」

 土方は大袈裟にため息を吐いて肩を落とす。その仕草から深刻な雰囲気は感じなかったので、は笑顔でとぼけた。

「今日は天気がいいから、もしかすると屋根の上でひなたぼっこでもしてるかもしれませんね」
「ひなたぼっこ?」
「銀さんは高いところが好きですから」

 はつい思い出し笑いをしてしまって、口元を押さえた。銀時は子どもの頃から、木の上で昼寝をしたり、屋根に登って星を見たりするのが好きだった。かくれんぼをするときも人目につかない塀の上に隠れたり、ときには押入れの天袋に身を潜めていたこともあって、しょっちゅう鬼の手を焼かせたものだ。今も昔と変わらず、真選組の鬼副長を困らせていると思うとおかしかった。

「お前はあいつのことは何でも分かってるんだな」

 土方は簡易ベッドの縁に軽く腰掛けて言った。

「何でもっていうほどじゃありませんよ。付き合いが長いだけです。昔馴染みなんです」
「里が一緒なのか? どこだ?」
「ずっと西の方です。同じ寺子屋でお世話になってたんですよ。先生がとてもいい方で、身寄りのない子どもの面倒を見てくれてたんです。私も銀さんも小さい頃からお世話になって」
「そうだったのか」
「攘夷戦争のごたごたで寺子屋が焼けて無くなってから離れ離れになっちゃったんですけれど、今こうして一緒に過ごせて、私は果報者です。あ、すいません、ついしゃべりすぎちゃって……」
「いや、気にするな。お前があいつと良い仲だって知れてよかったよ」

 土方は立ち上がると、の真正面に立ち、改まって言った。

「お前に、折り入って頼みがある」

 は湿布と包帯を抱えて首を傾げた。

「何でしょう?」
「あいつが何かしでかさねぇようにお前が見張っててくれねぇか? もちろん、できる範囲でかまわねぇから」
「銀さんを? どうしてです?」

 目を丸くしたに、土方は真面目な顔をして続ける。

「お前も知ってる通り、あいつは腕は立つが素行に問題がある。隊服のまま飲み歩いたり、稽古をさぼったり、これじゃ部下に示しがつかねぇだろ」
「おっしゃっていることは分かりますけど、私なんかに見張られたって、銀さんが行動をあらためるとは思えませんけど」
「無理に止めてほしいわけじゃない。あいつがまた悪さするようなことがあったら、知らせてほしいんだ。俺や近藤さんが知らねぇところで問題を起こされたら困るからな。それにあいつは、俺の小言には耳を貸さないだろうが、お前の言うことなら素直に聞くと俺は思う」
「私にそんな影響力はありませんよ」
「あいつが心配じゃないのか?」

 土方が語気を強めて、はその迫力に気圧された。
 またあの目だ。矢を放つ射手、獲物を狙う獣。
 は思わず体をすくませる。

 それを見た瞬間、土方ははっと息を飲み、気まずそうに頬を掻いた。

「あぁいや、つまりだな、いろいろ問題をおこすとこのご時世市民の目が厳しいだろ。素行なんかの問題で腕のいい隊士を失いたくないからな」

 あの坂田銀時が女ひとりに見張られたくらいで怯むと本気で思っているのなら、真選組の鬼副長と呼ばれるこの男には案外甘いところがあるらしい。それとも、まだ結成して日の浅い真選組の統率を図るためには、猫の手ならぬ家政婦の手も借りたい、ということだろうか。

 どちらにせよ、には土方の言葉の中から切羽詰まったものは感じられない。そして、副長の立場にある人間の頼みを拒否できるような度量も実力も、にはなかった。

「分かりました。けれど、あまり期待しないでくださいね。銀さんが私の言うことを素直に聞くなんてことは、まずありえないと思います」
「分かった。とりあえずは、あいつがおかしな行動をしたら報告してくれ」
「はい」

 はしぶしぶ頷いた。







20190513