迷い猫と思い出さがし







運が悪かった、としか言いようのないことは、人生においてままある。

沖田総悟がいたずらをして、それに引っかかった土方十四郎が九死に一生を得る、ということも真選組屯所ではままあることで、今回のそれはいつもよりほんの少し大がかりだった。

新しく宇宙毒物劇物取扱免許の資格を取った沖田が、隊士達にその知識を披露していて、薬品の入った瓶を縁側に並べながらそれぞれの毒薬の特徴を大雑把に説明しては、木片や鼠に薬品を引っ掛けてその効果を見ていた。薬を混ぜて作る簡易爆弾を作って完成したばかりのそれを、沖田はつい、手を滑らせて、副長室の前に落としてしまった。簡易爆弾とはいえ威力は相当なもので、次の瞬間には、副長室の半分と隣の部屋の三分の一が吹き飛んでしまった。

「総悟ぉおおお!? てめぇなにやってんだぁ!? 殺す気かぁあ!?」

爆煙を浴びて煤をかぶった土方が鬼の形相で部屋から飛び出してきたけれど、沖田は涼しい顔で頭をかいた。

「すいやせぇん、土方さん。ちょっと手を滑らせっちまいやした」

「“つい”じゃねぇよ!! いいからさっさと救護班呼んでこい!!」

「はぁ? 歩けるんなら自分でいけばいいじゃないですかぃ?」

「馬鹿野郎!! 俺じゃねぇ!!」

土方はらしくもなく、必死の形相で怒鳴った。いつもなら、部屋を爆破されても沖田にけむに巻かれてしまう土方が、今回ばかりはがんとして引き下がらない。一体何事かと、沖田と隊士達は半壊した副長室を覗き込んで、目を丸くした。

副長室の隅、なんとか焼け残ったそこに、が気を失って倒れていたのだ。

「ぎゃああぁぁ!! さぁんんん!?」

「きゅ、救護班!! 大至急呼んできます!!」

「沖田隊長!! 何してくれてんですかぁ!! さんがぁ!!」

さん!! しっかりしてくださいぃぃぃ!!」

隊士達が顔色を変えて叫び、救護班を呼びに走るばたばたと騒がしい音。それを聞きつけた隊士達が続々と集まってきて、ついには近藤まで「どうした? 何があった?」と顔を出した。

土方がを助け起こして畳に寝かせたとき、やっとはぼんやりと目を開けた。

? 大丈夫か?」

土方がの頬に触れながら声をかける。隊士達が身を乗り出して顔を覗き込む中、はふわりと笑った。

「……びっくりしました」

その笑顔ひとつで、緊迫した空気が途端にやわらいだ。

救護班が担架を持ってやって来て、を運び出す。土方は自分の怪我もそこそこにに付き添おうとして、鉄之助に肩を借りてなんとかその後をついていった。

残された隊士達は、壊れた部屋を眺めて、こりゃぁもう修理じゃすまないんじゃないか、とか、副長今夜どこで寝るんだろうとか、好き勝手言った後、縁側にひとりで立っていた沖田を恨みがましく睨んだ。

沖田が副長の座を狙ってことあるごとに派手ないたずらをしかけていることは周知の事実だけれど、一介の家政婦であるところのを巻き込むだなんて、今回ばかりはやりすぎだ。

けれど沖田はその視線を受けて、潔すぎる態度で言い放った。

「土方さんが避けるから悪ぃんでぇ」

あんぐりと開いた口がふさがらない隊士達を尻目に、沖田は踵を返して姿を消した。





「……というわけなのよ。まぁ、運が悪かったのよね」

あっけらかんと怪我の経緯を説明したは、右頬に大きな絆創膏を貼り、左手首を包帯で巻いていた。右頬は瓦礫がぶつかったせいで擦過傷ができていて、左手首は転んだ時にとっさに壁に手をついて捻挫しており、医者からは全治2週間と診断されていた。

「というわけなのよ、じゃねぇよ。お前はもっとちゃんと怒れ。断固慰謝料を請求しろ」

銀時は団子の串でぴっとを指さした。

「治療費は全額沖田くんのお給料から天引きになるらしいけど?」

「甘ぇ! 千足屋のマロンパフェより甘ぇよ! そういう時に絞り取れるだけ絞り取ってやらなきゃつけ上がるだろうが」

「私は別に、銀さんほどお金に困ってはないもの」

「この場合、まっとうなこと言ってんの俺だからな」

確かに世間一般の常識で言えば、銀時の言い分が正しいと誰もが頷くところだろう。けれどはそれを理解していながら慰謝料を請求するどころか、人並みに声を上げる気もないらしい。

「悔しいけど、そうみたいね」

は肩をすくめてわざとらしく笑った。

銀時は無駄な説得は諦めて、2本目の団子をぐいと横食いした。

「仕事は休むんだろ?」

「ひとまず1週間ね。手の怪我だから何もできなくて、退屈しそうで嫌になっちゃうわ」

「せっかくの休みなんだから退屈するくらいがちょうどいいんじゃねぇの? だいたいお前は普段から働きすぎなんだからよ」

「銀さんは? 今週中はどうしてるの?」

「行方不明の猫探し。今、神楽と新八が聞き込みに行ってる。ピンクのリボンかけてる三毛猫らしいんだけど、見なかったか?」

「さぁ、見てないわね。せっかく暇つぶしに付き合ってもらおうと思ったのに、残念」

「悪かったな、暇じゃなくて」

「銀さんにとってはすごくいいことじゃない」

「まぁな。これでしばらくは食うに困らねぇよ」

「まず家賃の心配をしたら? お登勢さん、先々月分もまだもらってないって言ってたけど?」

「大丈夫だって。今回の稼ぎを元手に一発当てれば」

「えぇ? また馬? やめたって言ってなかった?」

「今ソラチヒデアキが来てんだよ。あいつは絶対にやるね。見てろよ、夢の一攫千金億万長者!」

「今自分で夢って言ったじゃない」

がくすくすと笑うと、銀時はふてくされて「本当に当たってもお前にゃ分けてやんねぇからな」と言って、団子の串をばきんと折った。

子どもが缶蹴りをして遊んでいる。悲鳴にも似た甲高い声を上げて裸足で走り回る子ども、植木に隠れていたところを見つかって鬼に追い掛け回される少年や、陣地に捕まって退屈そうに唇を尖らせている少女がいる。

「懐かしいね、缶蹴り」

がしみじみと呟くと、銀時はベンチにごろりと横になって大きなあくびをした。

「そうか?」

「みんなでよくやったじゃない。忘れちゃった?」

うきうきと言うとは対照的に、銀時は気の無い返事をして鼻くそをほじった。

「銀さんはどこかに隠れてる間に寝ちゃってさ。みんなで散々探し回ったことあったね」

「……よく覚えてんのな」

「覚えてるわよ。そうそう! 缶蹴りしてて、私怪我したこともあったわ」

銀時はベンチの上からを見上げ、目を細める。はそれに気づかずに、公園を駆け回る子どもを眺めながら楽しそうに言った。

「ちょうど草むらの影に隠れてたら鬼に見つかっちゃって、びっくりして転んだのよ。敷石に頭ぶつけて切っちゃって、びっくりするくらい血が出て」

「……そんなことあったっけ?」

「あったわよ。その時の傷、いまだに残ってるのよ? ほら」

は前髪をかき上げて、こめかみの辺りを銀時に見せた。よくよく確認しなければ分からないほど薄いものの、確かに何かで切ったような白い線のような傷痕が残っていた。

「思い出した?」

銀時はほんの少し考え込んだ後、「あぁ」と生返事をした。いつも死んだ魚のような目をしている銀時だけれど、今の返事は輪をかけて無気力な声だった。

は首を傾げながら、銀時の顔を覗き込んだ。

「どうしたの、銀さん? そんなにぼんやりしちゃって?」

「いや、別に」

「お腹いっぱいで眠くなっちゃった?」

「まぁ、そんなとこ」

「少しうとうとする?」

は銀時の頭を膝に乗せて、日差しを遮るように日傘を差した。

「おやすみ、銀さん」

銀時はの言葉に甘えてゆっくりと目を閉じる。けれどちっとも眠れる気はしなかった。胸がざわざわした。 のこめかみの傷痕は、が語るような理由でついた傷ではない。銀時はそれをちゃんと、覚えていた。だから嘘をついても何の意味もないのだ。忘れているのはどっちだ。瞼の裏に映る赤い血潮を見るともなく眺めながら、銀時はに動揺を気取られないよう、じっと狸寝入りを決め込んだ。





20150511