カラフルの偽装工作








「副長―! 大変ですー!」

 ある朝、突然、山崎が血相を変えて部屋に飛び込んできて、土方は驚きのあまり指に挟んでいた煙草を取り落とした。慌てて拾い上げ、少し焦げ付いた畳の目を叩く。

「うるっせぇな、なんだよ? 騒々しい」
「ここここれ! これ見てください!」

 山崎は足を滑らせながら土方の前に膝をつき、一枚の紙きれをつき出した。それはスーパーの広告の裏紙で、ざらざらした滑りの悪い紙に墨を使って書いてあるものだから文字が滲んでしまってひどく読みにくい。

「なんだよ? これ」
「いいから読んでください!」

 仕方なく、土方は目を細めてどうにか文字を解読した。

「えーっと、『今までお世話になりました。探さないでください。』ってこれ……」
さんがどこにもいないんです!」
「はぁ? どこにもいねぇってことねぇだろ?」
「今、屯所中探してるんですけど、本当にどこにもいないんですって!」

 土方は山崎の顔と広告の裏を交互に見やり、大きく一息煙草を吸う。

 そうしている間に、副長室の前に人が集まり始めた。沖田と原田が顔を見合わせて、顔を横に振っている。その表情はいつになく深刻で、原田にいたっては額に大きな汗の粒まで浮かべている。

「急いで探し出さねぇとまずいんじゃありませんか? 今のさんはこのあたりの土地勘もないし、心配だ」
「そういや最近、不審者の目撃情報もありましたね」
「まさか、誘拐でもされたんじゃ……?」
「それじゃぁ置手紙の説明がつかねぇだろ」

 土方は原田の肩を叩いて部屋を出る。この暑さでもきちんと隊服を着こみ、腰に刀を差すのも忘れない。

「土方さん、どこへ?」

 沖田の問いかけに、土方は背中で答えた。

「探しに行ってくる。原田、一緒に来い」
「は、はい!」

 土方はあくまで冷静を装っていたが、その足取りは急いている。原田は土方の隣に並んで、その鋭い眼差しを見て気を引き締めた。

「いつから姿が見えないんだ?」
「今朝からです。通いの家政婦さんの話では、いつもは朝一番に食堂にきて湯を沸かしたりしてくれているそうなんですが、今日はまだ誰も姿を見ていなくて。部屋にもいませんでした」
「あいつの行きそうな場所で、心当たりはあるか?」
「いえ、俺にはさっぱり……。副長は?」
「なんで俺に聞くんだよ?」
「だって、ずいぶん副長に懐いていたじゃないですか」

 土方は煙草を噛み千切ろうとでもするように唇を噛みしめた。 本当に懐かれていたのなら、あんな置手紙一枚だけで別れを告げられるはずがないではないか。

「さっさと行くぞ。まずは近所の聞き込みからだ」

 原田は何か言いたそうな顔をしたが、口を継ぐんで、威勢よく返事をした。





 時はさかのぼって、この前日である。

 暑い昼下がり。は屯所の一室で、真選組隊士の隊服に囲まれていた。クリーニングから戻ってきた隊服を一枚一枚たたんでいたのだが、自分の体よりも大きな服をたたむのは想像以上に技術のいる作業だ。体全体を使って袖をひとつずつ折りたたまねばならず、しかも頑丈な生地で作られた隊服なので、少しでも布の目がずれるとうまくたためない。

 汗を掻きながらひとり隊服の山と格闘していると、静かに襖の開く音がした。

「邪魔しますぜ、さん」

 沖田はひっそりとそう言うと、押し入れの中へ入って襖を閉める。戸の隙間から顔をのぞかせ、唇の前に人差し指を立てたので、なんだろう、とが思っている間に、高い足音を立てて土方がやってきた。

「おい、総悟がこっちに来なかったか?」

 土方は怖い顔をして怒鳴るように言う。
 は横目で押し入れを気にしながら、首を横に振った。

「いいえ」
「ったく、どこ行きやがったあいつ。見つけたらただじゃおかねぇぞこの野郎……」

 土方はぶつくさと悪態をつきながら、よく確かめもせずにどこかへ行ってしまう。
 は土方の背中が廊下の向こうに消えてしまったのを確かめてから、押し入れに向かって言った。

「行っちゃいましたよ」

 沖田は押し入れから出てくると、一仕事終えたようなすっきりした顔をしてため息を吐いた。

「助かりましたぜ」
「いいえ。何があったんですか?」
「いやなに、ちょっとね」

 沖田はちょっと肩をすくめてみせるだけで何も言わず、隊服の山の隣に腰を下ろして、感心したように言う。

「これ、たたんでたんですか?」
「はい」
「ひとりじゃ大変でしょう。手伝いましょうか」
「お忙しいんじゃないんですか?」
「今の見てたでしょ、平気ですよ」

 沖田は隊服を一枚膝の上に広げる。がゆっくりと隊服をたたんで見せると、沖田は見よう見まねで同じようにして見せた。見かけによらず器用なところがあるらしい。

「お上手ですね」
さんには負けますよ」

 お世辞でも褒められて気分の良くなったは、背筋を伸ばして胸を張る。沖田は温かく微笑した。

「最近はどうですか?」
「はい。楽しくお仕事させてもらってます」
「そりゃ良かった。土方さんとも仲良くやってるみたいですね」

 途端に、は顔を曇らせ、手を止めてしまう。
 沖田はおや、と首を傾げた。

「何かあったんですか?」
「いえ、別に何も」
「何もなかったって顔してやせんぜ? 俺でよかったら話聞きますよ」

 は唇を尖らせて下を向き、隊服の飾りボタンを小さな指でいじる。沖田はしみじみとした顔をしてが何か言うのを待っている。

 こんなことを話すのはみっともないかとは思ったけれど、このまま黙っているのはせっかく話を聞くと言ってくれた沖田に申し訳がない。

 は静かに口火を切った。

「土方さんに言われたんです。夏なんだから、海とか山とか、どこか私の行きたいところに連れて行ってくれるって」
「へぇ。そうなんですか」
「それで私、花火を見に行きたいって、お願いしたんですけど」
「あぁ、そういえば今度でかいのがありますね」
「でも、土方さんがそれはダメだって」
「ほう、そりゃまたなんで?」
「花火大会の日は仕事が入ってるからって。どうしても休めない仕事だからダメって……」
「そいつはひどい話ですね」
「そうでしょう!?」

 はがばりと顔を上げると、沖田の膝に取りすがるように身を乗り出した。

「仕事はどうにかするからって、土方さん言ってたの! それなのに仕事あるからダメだなんてひどい!」
「とんでもねぇ嘘吐き野郎じゃねぇですか。許しちゃおけねぇな」
「そうなの! 許せないの!」

 沖田は丸い目を面白そうに見開いて、を見つめ返し、意地の悪い顔をして笑った。

「仕返ししたいとは思いませんか?」

 はつい、寒気を感じて肩を強張らせた。沖田はときどき、どうしようもなく怖い空気を醸し出すことがあって、こういうときはどうしたらいいのか分からなくなってしまう。

「仕返し、ですか?」
「ひどいことされたんだから、そう思ってもおかしくないでしょう」
「そ、そうでしょうか?」
「俺はそう思いますよ」

 膝の上で隊服をたたみながら言って、沖田はそれを別の山に積み上げた。
 は純粋な目をして言った。

「沖田さんは、土方さんのことが嫌いなの?」
「嫌いですよ。大嫌いです」

 思いの外強い言葉を返されて、はどきどきした。はこんなにはっきりと断言できるほど、人を嫌いになったことがない。

「何か、嫌なことをされたから?」
「えぇ、たくさんされましたよ」
「た、例えばどんなことを……?」

 怖いもの見たさに身を乗り出すを、沖田は面白そうな顔をして見ている。

「そうですねぃ。あいつには、俺の大切なもの取られちまってね」
「取られたって、泥棒?」
「まぁ、そうですね。似たようなもんでさぁ」

 は驚いて、あんぐりと大口を開けた。仮にも警察の人間が人のものを取るだなんて、一体どういうことなんだろう?

「そんなのひどい!」
「そうでしょう」
「取られたもの、返してもらったの?」
「いいえ」
「沖田さんはそれでいいの?」
「そりゃぁよくねぇですよ」
「じゃぁ、どうしたの?」

 沖田は上目遣いにを見上げて、にやりと口端を釣り上げる。

「一生許さねぇで、仕返しし続けようと決めたんです」
「一生?」
「そうです。一生」
「それ、大変じゃない?」
「どうして?」
「一生って、死ぬまでってことでしょう?」
「そうですよ」
「そんなのって」
「それくらい俺は腹を立ててるってことです」
「謝って欲しいとは思わないの?」
「思いませんね。だって、もし謝られでもしたら、許してやらなきゃいけないじゃないですか。それは俺ばっかり損するような気がするんで御免ですね」
「どうして?」
「謝るって、ごめんって一言言えばいいんですよ。そんなたった一言で、大切なもの取られてズタズタに傷ついた俺の気持ちに片つけようなんて、虫が良すぎまさぁね」
「なんだか難しい話……」
さんは? どうなんですか?」

 水を向けられて、は首をかしげる。

「土方さんに嘘吐かれて怒ってるんでしょう? それは、一言謝られたくらいで収まるものなんですか?」

 その時、の胸の中で何かが大きく膨らんだ。胸の奥で沸騰したやかんがしゅんしゅんと熱い湯気を吐き出しているようだ。そのうち、やかんの口から熱い湯が爆発して噴水のように吹きあがるんじゃないか、そんな気さえする。

 そもそも、初めにどこかへ連れて行ってくれると言ったのは土方なのに、いざとなったら駄目だなんてどういうことだろう。仕事はどうにかすると言ったのは他の誰でもない土方だ。花火を見に行きたいと、たったそれだけの願いを聞いてもらえないだなんて。その一言を言うために、はありったけの勇気を振り絞ったのだ。こんなことを頼んだら、土方に迷惑をかけるかもしれない。屯所に居候させてもらっている身で、大した仕事もこなせない子どもが、こんなわがままを言ってもいいのだろうか、そんなことを考えて考えて、うんうんと唸るほど頭を悩ませた。けれど、土方が迷惑をかけていいと言ったから、勇気を出して頼んだのだ。

「あのね! 沖田さん!」

 はすっくと立ちあがると、固くこぶしを握り締めて叫んだ。

「なんですかぃ?」
「私、この間土方さんに捨てられそうになったの!」
「へぇ!」
「しかも池に!」
「池ってあの中庭の澱んだ汚ねぇ池?」
「そう! あそこ!」
「そいつはひでぇな。児童虐待だ」
「虐待!」
「それは、さすがのさんも怒ったでしょう」
「怒った! でももっと怒ればよかったって今! 思うの!」
「さらには嘘まで吐かれて、最悪じゃないですか」
「本当に! 土方さんってひどい! 本当に! 最低な意地悪だ!」

 沖田は悪魔のような顔をして笑うと、に向かって片手を差し出す。

「仕返ししたいんなら、お手伝いしますよ?」

 は腹を決めた。体の中で大暴れするやかんをどうにかしなくてはならない。この熱湯を土方の頭の上からぶっかけてやるくらいのことはしてやらなければきっと収まりはつかないはずだ。

 それに、土方はこうも言っていた。

 少しは沖田を見習え、と。

「よろしくお願いします!」

 は沖田の手を取り、力いっぱい握り返した。





「それはどう考えても副長が悪いでしょう」

 原田にきっぱりと言われて、土方はぐうの音も出ず黙り込んだ。

 に花火を見に行きたいとせがまれたのだが、仕事があるから駄目だと断ったのはつい数日前のことだ。その時は物わかりのいい態度で納得してくれたと思っていたのだが、まさかそれが原因で家出をするとは。

 原田は窓の外に目を走らせながら言う。

「花火くらい、連れて行ってあげたらいいじゃないですか」
「馬鹿言え。その日は真選組総出で花火大会の警備の仕事が入ってるだろ。忘れたとは言わせねぇぞ」
「忘れてるわけじゃありませんけど……」
「それに、俺はそよ姫の護衛につかなけりゃならねぇんだよ」
「へぇ、お忍びですか?」
「万事屋んとこのチャイナとな。最近落ち込んでるから、元気づけてやりてぇんだと」
「へぇ。あの娘でも落ち込むことあるんですね」
「たぶん、万事屋の野郎、あいつらに行先も告げずに出てったんじゃねぇかな。もう一カ月近くになるだろ、青い飴探しに出てから」
「あぁ、なるほど、それで」
「本当、世話が焼けるぜ」

 土方は頬杖をついて窓の外ばかりを見ていたが、原田がハンドルを切って、車体が傾いだ瞬間、手のひらが顎から滑り落ちて額をガラスに打ち付けた。原田はそれに気づかないふりをしようとして咳ばらいをしたけれど、土方は原田の肩を思い切りこぶしで殴った。原田は獣のような悲鳴を上げて悶えた。

「で、でも、あのチャイナが一緒なら、別に俺達の護衛は必要ないんじゃないですか? 何せあの娘は戦闘種族・夜兎ですよ?」
「馬鹿野郎。たとえそうだとしても、姫様をひとりで祭りの人ごみの中に放り込むわけにいかねぇだろーが。真選組のメンツに関わるっつーの。それに、あいつに任せてたら姫様がどこに連れていかれるか分かったもんじゃねぇよ」
「うーん、それはそうですけど……。さんがかわいそうだなぁ」

 原田は殴られた肩をさすりながら、申し訳なさそうに眉をハの字にした。



 結局、日が暮れるまで散々探し回ってもは見つからなかった。

 夜勤の隊士達にの捜索を引き継いで屯所に戻った土方は、灯りの消えた台所で冷たい水を一杯飲んだ。本当なら冷たいビールを体に流し込んで一息つきたいところだけれど、そういうわけにもいかない。

 なんだか無性にいらいらして、近くにあった椅子を蹴とばして悪態をつく。椅子は大きな音を立てて台所の隅まで滑り、足が一本折れた。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 には申し訳ないとは思ってはいた。

 どこか行きたいところへ連れて行ってやると約束したことを忘れたわけではないし、海や山ではなく、屯所の近くの河川敷から見ることのできる花火を見たいと言ってきたあたり、も土方に気を遣って、できるだけ手間のかからない場所を選んだことは想像に難くない。けれど、祭りに浮かれて羽目を外しすぎる輩は毎年何人もいるし、祭りの喧騒と闇に紛れて悪事を働こうとしている浪士がいるようだという情報も入ってきている。警察に休みはないのだ。
 
 何より、お忍びでそよ姫が祭りを見にやってくるのだから、それ相応の立場の人間が護衛につかなければならない。近藤局長には隊全体の統括をしてもらわなければならないし、実力と格で言うなら沖田に任せてもいいが、姫と一緒にあのチャイナが来るとなるととても任せる気にならない。あのふたりが顔を合わせたら、不逞浪士など目ではない大きな問題を起こすのに決まっている。
 
 となると、やはり真選組副長である土方が護衛の任につくしかないのだ。
 
 は賢い子どもだから、そういう事情というものも分かってくれると思っていたのだが。
 
 ふと、物音が聞こえて目をやると、裏口の木戸が薄く開いていた。誰かが閉め忘れたのだろうか。不用心なことだ、と土方が取っ手に手をかけると、扉の向こうに見慣れた着物の裾が見えた。

 朝顔の着物。

「あっ」

 しまった、とでも言いたげに口をへの字に曲げたがそこにいた。とっさに手を伸ばしたものの、土方の手は空を掴み、は兎の如く駆け出してしまう。

「あ! おいこら待て!」

 土方は慌てて後を追う。裏口を出ると、そこは母屋と塀のあいだにできたわずかな裏道だ。子どものならば身軽に通り抜けられるが、土方は体を斜めにしなければ肩が塀にぶつかってしまう。足の速さでは負けるはずはないが、地の利がに味方して追いつけない。

 が自室の離れに駆け込んだのを見て、土方はどうにか、鍵をかけられる前に扉をこじ開けることに成功した。

「おぉ、トシ。どうした? そんなに慌てて?」
「あ、副長、おかえりなさーい」
「なんでぇ、土方さん。もう帰ってきたんですかぃ? いけねぇなぁ、さんを見つけるまでは屯所に戻らねぇくらいの気概を見せねぇと」
「……何をやってんだ、お前ら……?」

 土方は戸口に立って肩を落とした。

 居間でちゃぶ台を囲み額をつき合わせていたのは、近藤、山崎、沖田だった。ちゃぶ台の上にはお茶菓子と、なぜだか花札の山があって、三人がそれぞれ四枚ずつ手札を持っている。

 は部屋に駆け込んですぐ、近藤の背中に隠れてしまった。
 
 土方は真っ先に沖田を睨む。

「てめぇ、今度という今度はただじゃおかねぇぞこら」

 沖田は素知らぬ顔をして、手札を並び替えている。

「俺が何したって言うんです?」
「とぼけるんじゃねぇよ! どうせお前が企んだんだろうが!」
「人聞きの悪いこと言わねぇでくださいよ。こんなことして俺が得することもないのに」
「お前以外の誰がこんなくだらんこと考えつくっていうんだよ!?」
「まぁ、トシ。茶でも飲んで少し落ち着けよ」

 近藤が苦笑いをして手招きをする横で、山崎がポットから急須に湯を注いでいる。ぽぽぽぽ、となんだか間抜けな音がして、土方はなんだか気がそがれてしまった。

 土方が腰から刀を鞘ごと外して腰を落ち着けると、が近藤の背中からようやく姿を見せた。気まずい表情をしているが、特に変わったところはなさそうだ。内心ほっとした土方は、額を畳にこすりつけるように頭を下げたにぎょっとした。

「心配かけて、すいませんでした」

 土方はどう答えたらいいか分からず、視線で近藤に助けを求める。沖田は花札の影でほくそ笑んでいて、山崎は茶を淹れながら必死に笑いを堪えている。

ちゃん、どうしても花火を見に行きたかったんだとさ」

 近藤は苦笑いをして言った。

「だからそれは無理だって言っただろ。お前も納得してたじゃねぇか」

 はむっと唇を尖らせると、横目で沖田を見やる。

「納得はしたけど許せねぇから仕返ししたかったんですって」

 沖田が言って、土方はじろりと沖田を睨んだ。

「やっぱりお前が入れ知恵したんだな?」
「ちょっと手助けしただけですよ」
「土方さん、私に言ったじゃない。少しは沖田さんを見習えって」
「それはものの例えだ! お前がしたことでどれだけ迷惑被ったか分かってんのか!?」
「迷惑かけていいとも言ったわ」
「だから、それはなぁ……!」

 土方は頭を抱えてうなだれた。

 確かに、言った。忘れたわけではない。

 けれど、この生真面目で遠慮がちで人に迷惑をかけまいとあらゆることに気を遣うが、こんな馬鹿げたこと計画するだなんて思いもしなかった。約束を破ったのだから、怒られても当然だ。だが、にここまでさせるほどの怒りを買っていたとは。

「副長、まぁ、お茶でも一杯どうぞ」

 山崎に言われるまま、土方は茶を一杯啜る。は近藤のそばにちょこんと正座して、すがるような目をして土方を見ている。

「なぁ、トシ。ちゃんを花火に連れて行ってやったらどうだ?」
「そうは言ってもなぁ……」
「そよ姫様の護衛は俺と沖田隊長でやりますよ、副長」
「そうだな。いいだろ? 総悟」
「俺は今回はさんの味方するって決めたんで」

 近藤は白い歯を見せて笑い、土方の肩を力強く叩いた。

「というわけだからな、トシ! 花火大会の日は、お前は休み! ちゃんと花火大会に行くこと!」
「勝手に話を進めるなよ!」
「そんなに気になるなら、私服警官ってことでいいんじゃないですか?」
「あぁ、それはいいな。その方がトシも気が楽だろう」
「じゃぁ、決まりですね」
「だから勝手に決めるなっつーの……」

 土方は額に手を当ててぐったりとうなだれた。

 人の苦労も知らないで、この連中は本当に好き勝手なことばかり言う。あらゆる事態を想定して警備の配置を決めたあの苦労は一体何だったのだ。土方が警備に参加しないのであれば一から再編しなおさねばならないではないか。

「土方さん」

 ふと、の小さな手が、土方の膝頭を優しく叩く。

「どうしても、駄目?」

 小首を傾げて土方の目を覗き込むの、甘えるような眼差し。
 この瞬間、土方の頭の中から、警備の再編やそよ姫の護衛の問題は真っ白になって消え失せてしまう。

 迷惑をかけるかもしれないとか、邪魔をしないようにとか、土方の顔色をうかがってばかりいたあのが、どうしても花火に行きたいとねだって、甘えてくるのだ。

 なんだ、こいつ、こんな顔ができるようになったのか。

「……あぁ、分かったよ、もう、しょうがねぇなぁ」
「いいの!?」

 ついに折れて天井を仰いだ土方を見て、はすっくと立ちあがると兎のようにぴょんぴょん飛び跳ねた。

「やった! やった!」

 近藤と山崎が温かく微笑みながらを見ている。

 土方はどっと押し寄せてきた倦怠感と、こんな小さな子どもに押し負けてしまった情けなさとでぐったりと肩を落とした。

 沖田がしてやったり、と笑いながら土方を見ている。

「なんだよ?」
「いえ、別に。土方さんって意外に簡単なんですね」
「うるせぇ」

 まったく、どの口が言うのだ。

 土方は沖田を殴り飛ばしたくなったが、喜びを爆発させて飛び回っていたが、突然土方の背中から首根っこにしがみついてきて喉が絞まり、結局何も言い返せなかった。







20170821