体に力が入らなくて、起き上がれない。

 どうしよう、もう服を着替えて仕事をはじめないといけないのに、体が布団に接着剤でくっついてしまったみたいだ。時計の秒針がかちかちと鳴る音に追い立てるように耳につく。

 早く、起きなくちゃ。起きなくちゃ。そう思えば思うほど、体がずんと沈み込むように重みを増した。

「おい、大丈夫か?」

 声をかけられて、はっとした。 どれくらい、思い通りにならない自分の体と格闘していたのだろう。いつの間にかあんなに太陽が高く昇っている。本格的に寝過ごしてしまった。

「すいません、今起きますから……」

 かすれた声でなんとか言うものの、腕に力が入らなくて、どうやっても体が動かない。 どうしよう、こんなに自分の体が思い通りにならないのは初めてで、怖くなる。胸の辺りが気持ち悪くなってきた。吐くかもしれない。

「動くな、いいから寝てろよ」

 大きな手のひらに肩を押し返されて、私は再び布団の海に沈んだ。

 顔の前に落ちた髪をかき上げられると、目の前に土方さんの顔があった。寝起きのみっともない顔を見られたくなくて、なけなしの力を振り絞って手をかざす。

「……なんでいるの……?」
「お前が起きてこねぇって聞いてな。どうした?」
「……すいません、なんだか起き上がれなくて……」

 土方さんの手が、私の頭の下に滑り込む。そのまま体を持ち上げられたけれど、上半身が垂直になる前にひどい眩暈に襲われて私は土方さんの胸に倒れ込んでえずいてしまった。

「おいおい、大丈夫かよ?」
「……す、すいません……」

 ひとりで座ることもできなくて、結局布団に戻るしかなかった。うつ伏せになっているといくらか楽だったのでそうする。顔だけ横向けにして見上げたら、ひどく不安そうな顔をした土方さんが私を見ていた。きっと酷い顔をしているから、そんなに間近でじっと見つめて欲しくなかったけれど、自分の体がどうなっているのか分からない不安の中では、そばにいてくれるだけで心強かった。

 布団の上に転がった私の手を、土方さんの手が強く握りしめてくれていた。

「医者を呼ぶから、ちょっと待ってろよ」
「でも、仕事が……」
「そんな状態でなにができるんだよ」
「……すいません」
「謝るな、馬鹿」

 土方さんは私の手を握ったまま、胸ポケットから携帯電話を取り出して救急車を呼んでくれた。

 私の体は、放っておくとみるみる布団の海の中に沈んでしまいそうで、土方さんの手だけが、私を繋ぎとめていてくれる唯一の命綱のように思えた。けれど、その手を握り返すだけの力も私の体には残っていない。

 土方さんの手。 熱くて、たくましく骨ばっていて、乾いた皮膚が心地いい大きな手のひら。

 携帯電話をぱくんと閉じて、土方さんは私の顔を覗き込んだ。

「救急車、すぐ来るからな。大丈夫だ、心配すんな」
「……土方さん」
「ん?」
「……お願い、聞いてもらってもいい?」
「何だ?」

 私は無意識に繋いだ手を口元に引き寄せ、土方さんの手の甲に唇を押し当てた。

「手、ずっと、繋いでいてくれる?」

 土方さんが私の手を強く握り返してくれるのが分かる。

「いいよ。ずっと、ここにいてやる」
「……仕事は? 大丈夫?」
「山崎がなんとかすんだろ。お前は自分のことだけ考えてろよ」
「……すみません」
「だから、な」

 土方さんの手が、私の前髪をかき上げる。おでこを見られるのは恥ずかしいと言える気力もない私は、なんだか怒ったような顔をしている土方さんを黙って見上げた。

「あやまるなっつってんだよ。寝てろ」

 土方さんの手が、私のおでこにぴったりとくっついた。子どもをあやすような手付きで額から頬を撫でられて、その心地良さに涙が出そうだった。



 土方さんの手が好きだ。

 土方さんの手のひらは私の肌にぴったり吸い付くようにできているのだと思う。

 くっついた場所から、私の体が正常に働くためのエネルギーを、私のおでこと手から補給してくれているのだ。

 これは土方さんしか持っていない能力で、他の誰にも、この代わりを務めることはできない。

「……ありがとう、土方さん」







20180305



拍手御礼夢、再録。