選抜試験を突破した新入隊士の中によく知った顔を見つけて、
は度肝を抜かれた。
「こんなところで何をしてるの? 桂くん」
「よくぞ聞いてくれたな、
。決死の思いで潜入してきたのだ!」
人目をはばかって尋ねた
に、桂は得意げに笑ったが、巨大なアフロヘアのせいでせっかくの凛々しい顔も台無しだ。笑ってあげるべきなのかもしれないが、口元が引きつってしまいうまくいかなかった。
聞けば、カツラと髭をつけただけの変装であっさり採用試験に合格したらしく、幕府お抱え、天下の真選組とはいえ、一級指名手配犯の変装も見破れないとは一体どうしたことだろう。
「ねぇ、桂くん。悪いことは言わないから今のうちに逃げた方がいいんじゃない?」
「どうしてだ? よくできた変装だろう、誰にも気づかれなかったぞ」
「それも時間の問題だと思うんだけれど……」
「なに、そう心配するな! 必ずや真選組を瓦解してみせるからな! あーはっはっは!」
桂は堂々と胸を張り、映画の悪役のような悪い顔をして高笑いをした。
は苦笑いをして、何も言わずに少しだけ肩をすくめることしかできない。
桂はとても頭が良くて、だからこそときどき、凡人には考えてつかない突拍子もないことをすることがある。子どもの頃はもっと素直で、生真面目すぎるところが欠点と言えば欠点なだけの純朴な少年だったのに、一体どこでボタンを掛け違えてしまったのだろう。今となっては、大勢の攘夷浪士を束ねるカリスマリーダーと言えば聞こえはいいが、言い換えれば、カリスマすぎて常人には理解されないたちの悪い秀才だ。
銀時なら、ただ一言こういうだろう。
「馬鹿」と。
本当なら、すぐにでも土方に進言すべきだったのだが、それからしばらく土方とすれ違いの生活が続くことになったのは、不幸中の幸いだったかもしれない。
隊士が増えれば、食事の量も増え、洗濯物も増え、その他の雑務も増えるので、
は毎日ばたばたと仕事に追われて過ごしていたし、土方も
には分からない仕事に追われているらしく、同じ屋根の下にいるというのに一日顔を合わせない日もあるほどだった。そういう事情もあって、秘密を抱えたままずるずると過ごしてしまい、
と土方が顔をあわせるよりも先に、桂が真選組に馴染む方が早かったのは大きな誤算だった。
桂が真選組に入隊という名の潜入をしてから、一カ月ほどが経ったある日。
物置に立ち寄った
は、長持ちの陰に身を潜めていた桂に驚いて文字通り飛び上って驚いた。
「きゃぁ!」
「なんだ、
か」
「桂くん? こんなところで何やってるのよ?」
胸を押さえて言う
に、桂は何食わぬ顔をして答えた。
「言ったろう。真選組瓦解のための下準備さ」
は深呼吸をして胸の動悸を落ち着かせると、そっと桂の背中越しにその手元を覗き込む。桂の手の中には見たことのない小さな機械仕掛けがあって、桂はその複雑な配線を手際よく束ねているところだった。機械仕掛けの正体は分からないが、ろくなものではなさそうだ。
は外の様子を伺ってからそっと扉を閉め、長持ちの上に腰を下ろし一息ついた。どうして桂の企みのために骨を折ってやらなければないのか、不満はあったが昔馴染みのよしみだ。これくらいのことをしても罰は当たらないだろう。
「ねぇ、桂くん。本当にやるの?」
「あぁ、当然だろう。俺はそのためにここに来たのだからな」
「お願いだからやめてくれない? ここは私の仕事場でもあるのよ。桂くんの作戦が成功しちゃったら私の仕事がなくなっちゃうわ」
「お前のことだ、すぐに次の働き口が見つかるさ」
「簡単に言ってくれるわね」
「お前は俺のことを真選組の幹部には漏らさないでいてくれた。つまり、俺をかばって味方をしてくれたんだろう?」
「別に、向こうも私も忙しくてタイミングが合わなかっただけよ」
「ならば、天も俺に味方してくれているということだな!」
桂は得意げに笑って、
に向かって片目をつむってみせた。
はぱちぱちと瞬きをしてため息を吐いた。子どもの頃から学に秀で、神童ともてはやされた桂に口で適うわけはないのだ。分かっていたことだが、多少悔しい。
「
、ひとつ提案があるのだが、聞いてくれないか?」
「なに?」
桂はふいに真面目な顔になって、
の目の前にひざまずいた。
は驚いて無意識に背筋を伸ばす。男性にひざまずかれるだなんて、生まれて初めての経験だ。どうしたらいいのか分からない。
逃げの小太郎と呼ばれる桂の、もう一つの通り名が頭をよぎる。狂乱の貴公子。まぁ、今はひげ面のアフロだけれど。
「悪いことは言わん。
、俺が真選組を破壊する前にここから逃げて欲しい」
「そんなこと、できるわけないでしょう」
「だが、ここは危険だ。俺が今ここに仕掛けたのは爆弾だ。俺が起爆スイッチを押せば爆発する。これを屯所中に仕掛けているんだ。お前を巻き添えにしたくない」
「桂くんがスイッチを押さなければいいだけのことでしょ」
「そういうわけにはいかん。俺はこのために危険を冒してここまで潜入してきたんだ」
「それは桂くんの問題であって、私には何の関係もないわよ」
「
……。頼むから聞き分けてくれ」
桂は額に手をやって首を横に振る。
はそれを見下ろして、むっつりと口を尖らせた。攘夷志士のリーダーとしてもてはやされているらしいが、言っていることはなんて自分勝手なことだろう。
まったく、心配しているこっちが馬鹿らしくなってくる。真選組を屯所まるごと爆発させようというのに、どうやら
はその頭数に入っていないらしい。
はなんだか、むしゃくしゃした。もしこの作戦を立てたのが高杉晋助だったなら(変装して隊士に紛れ込むなんて器用なことは絶対にできないだろうけれど)、爆発に紛れて
が死のうが、そんなことは覚悟の上でそうするだろう。高杉なら、絶対にそうする。高杉はそういう男だ。
それに比べて、桂は優しすぎる。そうでなければ、真選組屯所爆発計画を
に漏らすことなどできるはずがない。桂のこういうところが、腹立たしくってならない。
「忠告はありがたく受け取っておくけど、私がこれからどうするかは私が自分で決めるわよ」
「巻き添えを食って死ぬかもしれないんだぞ?」
「分かっているけど、そうさせないために真選組も最大限の努力をするでしょう。私はそっちに賭けるわ」
「……すっかり真選組の人間になってしまったんだな、
は」
「そうね」
その一言が、桂にはずっしりと重くきいたようだ。桂は諦めたような顔をして立ち上がると、
に背を向けた。
「松陽先生なら、なんと言うだろうな……」
は無意識に膝の上に置いた手を握りしめた。松陽の名前を聞くのは久しぶりだ。屯所の中にその名を知る人間はほとんどいないし、日常的に話ができるもうひとりの昔馴染みはあまり昔話をしたがらない。
けれど、一度も忘れたことはない。
優しく包み込むような笑顔を覚えている。
世界で一番大切だった人。
「松陽先生が今生きていたら、お前にはできるだけ安全な場所にいて欲しいと願うんじゃないだろうか?」
はじとりと桂の背中を睨む。こんなタイミングで松陽先生の名前を出して、人の弱みに付け込むなんて、桂はこんなに意地悪な人だっただろうか。
「……お前には、辛い思いをさせてしまったと思っている」
「はぁ?」
桂は暗く目を伏せ、憐れむような目をして
を見た。
「松陽先生があんな目に遭ったのは俺達のせいだ。俺達が弱かったから、その弱さゆえに先生を救うことができなかった」
「ちょっと、桂くん」
「お前には、一度きちんと謝りたかった。俺達は先生を助け出したかっただけだった。俺達のために、お前のために。またみんなで、あの小さな寺子屋で一緒に過ごしたかった。それが俺達の望みで、きっとお前もそう願ってくれていただろうと思っていた」
「それは、そうね。否定はしないけれど……」
「だが、それは叶わなかった。叶えてやれなかった。すまなかったな。お前のところに、先生を帰してやれなかった」
桂の目は、嘘をついている人間の目ではなかった。真剣な気持ちで謝ってくれていることは、アフロのカツラをかぶったひげ面をしていても、ちっとも似合わない真選組の隊服を着ていても分かった。桂の目は凪の海のように静かで、それは命を落としかねない大きな嵐の海を越えてきた者だからこそ浮かべることのできる色をしていた。
だからこそ、
は腹が立った。
はアフロのカツラをむんずと掴むと、力任せに桂の頭から引っぺがして床に叩きつけた。アフロの中から黒髪が流水のようにこぼれ落ち、桂は呆気に取られて目を丸くする。
「謝らないで。私、そのことで怒ってるなんて一言でも桂くんに言ったことあった?」
「
?」
「どうしてそうやって責任を負いたがるの? 何でもかんでも自分のせいにして、それで何か解決することがあるの? 自分の首締めてそんなに楽しい?」
「いやだが、俺は事実、先生を助けることができずに……」
「百歩譲ってそれが桂くんのせいだとしても、それを私に謝るべきだなんて、先生は絶対に思ってないわよ!」
「だが、」
「他でもない私が、謝らなくていいって言ってる」
「……」
「分かった?」
は腕組みをして、自分よりもずっと背の高い桂を見下ろすように睨み付ける。
桂は何か言い返そうとしたようだったが、結局それはため息になって消えてしまった。
「あぁ、分かった。すまなかった、余計なことを言ったな」
「分かってくれたならいいのよ」
は床に転がったアフロを拾い上げ、ほこりを払って形を整え、桂の頭の上にひょいと乗せてやった。長い黒髪は肩に落ちかかったままだし、うまく頭にはまっていないせいで妙に浮いてしまっている。面白くなさそうな顔をして
を見るその、すねた子どものような顔。
桂は優しいところが取り柄で、けれどその優しさは時に刃となって人を傷つける。
銀時が桂のことを話すとき、そのほとんどは愚痴と悪口だ。もう一度ともに攘夷活動をとしつこく勧誘されるのが疎ましくて仕方がないらしい。
けれど銀時は、昔のことをよく知る
にも、昔話をしたがらない。懐かしい思い出話に花を咲かせるどころか、その芽が出るやいなやさっさと、時に乱暴に摘み取ってしまう。
きっと銀時にとって、過去の記憶はまだ思い出にならないまま、銀時の胸や、刀を握った手、仲間の屍を踏み越えた足、それでもどうにか飯を食い、眠り、戦い抜いてきたその五臓六腑と四肢に住み着いているのだろう。桂が銀時を攘夷活動に誘うのはきっと、神童と呼ばれた天才・桂にとっての優しさなのだろうけれど、それは銀時の古傷を抉る刃でもあるのだ。
桂の話をするとなると十中八九、不機嫌な顔で悪口をまくしたてる銀時の顔を思い出して、
はついぷっと吹き出して笑った。
「やっぱり、似合わないわね、そのカツラも隊服も」
「そうか? 結構イケてると思っていたんだがな」
「桂くんは、いつもの長髪に着流しの方が似合うわよ。でも、この格好をしてないと、ここにはいられないんだものね」
「うん?」
「だったら、もうしばらくは似合わない格好しててもらえると嬉しいな」
首を傾げる桂に、
はまるで子どもにするように、アフロの桂をぽんぽんと叩くようにして撫でた。
今なら、銀時の気持ちがよく分かる。
桂がどんなに鬱陶しくても、優しさを振りかざして古傷を抉っても、銀時は決して桂をないがしろにしない。
「桂くんとこんなにゆっくり話ができるのはいつぶりかしら? それは本当に嬉しいことなのよ」
口には出さなくとも、銀時もきっと同じことを思っているだろう。一度生き別れた友が、また再び目の前に現れてくれた。それは、一生に一度あるかないかの、素晴らしい奇跡のようなできごとに違いないのだ。
につられて、桂も笑った。中途半端にかぶったカツラとひげ面のままで。
「あぁ、それは本当に、そうだな」
20170523