かって うれしい 花いちもんめ





 があの光を浴びて男の体に転生してしまったと知ったとき、土方は奈落に底に突き落とされたかのような絶望を感じて気を失いかけた。どうしてそんなことになってしまったのかまるで分からなかった。デコボッコ教の信者がかぶき町界隈に現れたという情報を得てから、にはしばらくはかぶき町に近づくなと警告をしてあった。けれどかぶき町にはの知り合いが大勢暮らしているし、そういう場所でなにかと騒動に巻き込まれることがこれまでもなかったわけではないから、は土方の忠告を楽観視したのだろう。はかぶき町の外れであの光を浴びて男の体に転生した。

 きっとショックを受けただろうと、真選組の隊士達は皆の身を案じたけれど(その隊士達はみんな女に転生していたのだが)、いざ隊士達とが対面した時、は第一声を上げる前に爆笑した。腹を抱えて大笑いするを見るのは誰もが初めてで、隊士達は正直しらけてしまった。何にせよ、最大限の警戒をしていたにもかかわらず敵の罠にかかってしまったのだから、そこにいる全員がマヌケだった。

 男に転生したは、背が伸び、肩幅が広くなり、もともと細かった体はそのまま骨組みだけがしっかりしたような体つきになった。顔立ちは目尻が細く、鼻筋がすっと通った涼しげな顔立ちの好青年といった風情で、その手の店に立てばすぐにでも一番の人気者になれそうだった。ただ、中身は控えめで遠慮がちで働き者ないつもののままなので、

「まぁ、仕事をするのにこれで不都合はありませんから」

 と、まるで問題なさそうに笑って見せた。土方は、それがどうにも面白くなかった。





「Ⅹ子さん、なんだか疲れてます? 顔色が悪いですよ?」

 テーブルを挟んで向かい側に座った男は、心配そうな顔をして女土方の顔を覗き込んだ。その端整な顔立ちとなめらかな頬が、土方にはあまりに眩しくて目が焼けてしまいそうだった。

 は男物の着物を着ていて、それは土方が貸してやったものだった。土方が好んでよく着ていた黒い着物はの細い体を凛々しく彩っていて、テーブルの横を通りがかったウェイトレスが色っぽい視線を投げてよこしたりする。

 対して、土方は沖田がふざけて買ってきた豚柄の着物を愛用していた。は「ぜひ自分の着物を!」と力いっぱい申し出たのだけれど、土方はがんとしてそれを受け入れなかった。理由はひとつ、プライドが許さなかったのだ。

「……別に、疲れてるってこたねぇよ」
「ならいいんですけれど。あんまり無理しないでくださいね、男の体ほどの体力は、女にはないんですから」

 青年の柔らかく低い声で、は心から土方を労った。いつもならなんてことない会話のはずなのに、胸になにかいびつなものが引っかかっていて土方は素直に頷けない。

 が女になった土方を「Ⅹ子さん」と呼ぶのは、土方がそうしろと言ったからだった。この体では「鬼の副長・土方十四郎」と呼ばれても何もかも格好がつかないので、体が元に戻るまではその名で通すことにしている。

「お前は、体は大丈夫なのか?」

 土方が聞くと、は爽やかな微笑みを浮かべてこくりと頷いた。

「えぇ。男性の体ってすごいですね。今まで踏み台がなくちゃ手が届かなかった高さの棚にも簡単に手が届くし、重いものも簡単に持ち上がるし、仕事がはかどりすぎちゃってびっくりするくらいですよ」

 そう言うの笑顔があんまり生き生きしていたので、土方はほんの少し辟易した。どうやら、は男に転生したことを存分に楽しんでいるらしい。それが土方には不思議でならない。女になったことを楽しむだなんて芸当は、土方には逆立ちしてもできそうになかった。

 女の体でと顔を合わせることも、本当はいやでいやでたまらない。できることなら、元の体に戻る方法をなんとか見つけ出してそれを実行に移すまで会わずにおけるならそうしたかったのだけれど、沖田という爆弾がそれを許さず無理矢理対面させられてしまったのだ。

 土方だって、男になったを見てショックを受けた。まさかこんな爽やかな美青年があのだなんて信じられなかった。けれど、「土方さん」と名前を呼ぶその声の響きは、まぎれもなくのものだった。

 は女になった土方を見て、例にもれず大声を上げて笑った。土方は情けなくて恥ずかしくて惨めで、穴があったらそこに埋まってしまいたいくらいだったけれど、そんな土方を前にしては感嘆のため息をこぼして言ったのだ。

「……Ⅹ子さん、かわいい」

 こいつどういう趣味してんだ、と土方は心の中で毒付いた。





「それで、今日はどうしたんです?」
「あぁ、実はな。この体を元に戻す方法が分かったらしい」
「へぇ!」
「万事屋の話じゃ、確かな情報だ。まぁ、ちょっと宇宙旅行に行くぐらいの気持ちでお前も来いよ」
「手術に何ヶ月もかかってどうこうするって話じゃないんですね?」
「あぁ。出発は来週だから、準備しておけよ」
「絶対にその機会を逃すわけにはいかないんですよね」
「何言ってんだよ、一刻も早く元の体に戻った方がいいに決まってんだろ?」
「Ⅹ子さんはそうなんでしょうけど……」

 は両手で口元を隠すようにして、上目遣いで土方を見つめた。土方はその視線に嫌な気配を感じて、目尻をぴくりと痙攣させる。

「……なんだよ?」
「いえ、なんだかもったいないなぁと思って」
「何が?」
「だってⅩ子さん、そんなに可愛いのに」

 土方は身体中に鳥肌を立てて口からコーヒーを吹き出した。

「あら、大丈夫です?」
「……大丈夫じゃねぇよ、気色悪ぃこと言うなっ……!」

 苦悶の表情を浮かべながら絞り出すように言う土方を見て、は心底楽しそうに笑った。

「本当にそう思ってるんだからしょうがないじゃないですか」
「だから! どういう神経してんだよ、お前は!?」
「私はただ、Ⅹ子さんのことが大好きなだけです」

 土方は背中がかゆくなるようなこそばゆさを感じて、苦い薬を甘ったるいジュースで喉に流し込んだような顔をした。その表情はどうお世辞を言っても女性らしいかわいらしさはかけらもなく、がうっとりとした顔でじっと自分を見つめているのがもうひたすら居心地が悪くて仕方がない。

 コーヒーとマヨネーズで汚れた口元を拭って、土方は喉の奥から絞り出すように言った。

「お前な、そういうこといちいち口に出して言うなよ」
「どうしてですか?」
「そういうことは、わざわざ言葉に出すんじゃなくて態度で示すもんだろ。それに、」

 土方は、ぷくぷくと膨らんだ自分の指を見下ろしてため息を吐く。この重くてみっともない体が、土方は疎ましくて情けなくてたまらない。

「……俺なんかと一緒にいたら、いかれた趣味の変態野郎だって誤解されても言い訳できねぇだろ」

 自分で言っていて虚しくなってきて、土方はすっかり落ち込んでしまった。

 この無駄に膨らんだ体も肩がこるほど重い胸も非力な腕も、望んで手に入れたものではない。けれど、それもこれも日頃の不摂生が祟った結果だ。自己責任だという自覚はある。けれど、性別が変わったことで見える世界が一変した。男の体のままだったらきっとこんなことは思わなかっただろう。女の体で見る世界は、何もかもが眩しかった。

 何が眩しいって、の笑顔が眩しかった。は女だった時からいつもにこにこと楽しそうに笑っているやつだったけれど、男の体を手に入れてから輪をかけて楽しそうに笑っていた。高い場所に手が届き、重いものを持ち上げられるようになったことにいちいち新鮮に驚いて、できることが増えたと、成長期を迎えたての10代の子どものように笑っていた。

 それに対して、土方ができることはことごとく減った。背が縮み体重が増えた。刀を手に取るということにつけても、腕の長さが変わったせいか、柄を握り、刀を振り下ろし、刀を鞘に収めるというだけのことさえままならなくなったしまった。こんな状態では、を守ることもできやしない。それが情けなくて仕方がない。

 けれど、は以前よりもずっと楽しそうに毎日笑っている。こんな調子だったら、土方の存在がなくても生きていくのに不都合はないのではないかとさえ思うのだ。

 女は非力だ。けれど、本当にそれだけだろうか。非力なのは女ではなく、土方自身なのではないか? そんなことを考え続けて、土方は正直くたびれていた。

「土方さん」

 その名前を呼ばれたのは随分久しぶりなような気がして、土方は弾かれたようにまばたきをした。

 は両手で頬杖をつき、穏やかな表情で笑っていた。

「私、土方さんと一緒にいられるなら誰にどう思われてもいいですよ。そもそも女だった時だって、真選組で働いてるってだけでご近所さんからあれやこれや言われることはたくさんあったんですから。それと今の心配と何が違うって言うんですか?」
「……いや、違うだろ、どう考えても……」
「誰に何を言われようが、今更何でもないんです。だから、自分のことそんなに卑下しないでください」
「けど、……俺は惨めなんだよ。お前を守ってやれる力も今の俺にはねぇんだ」
「知らないみたいだから教えてあげますけど、それ、女はみんなそうなんですよ」

 思いがけないことを言われて、土方は面食らった。

「どんな危険が迫っても、女には好きな人を守ってあげられる力はないんです。いいところ、勇姿を見守るか帰りを待つかするくらいで、本当にいつもできることなんか何にもないんです」
「お前をそんな危険な目に合わせるわけにいかねぇだろうが」
「その台詞、そっくりそのままお返しします。私だって、土方さんに危険な目になんかあってほしくないんです。……そんなこと、言わなくても分かってくれてると思ってましたけど?」

 ふいに、は土方の柔らかい手を取って指を絡めるように両手で握りしめた。の細く骨ばった指が、土方の白く柔らかい指を甘く包み込む。

「なんだよ、これは?」
「気持ちを態度で示してるんです」

 は繋いだ手を持ち上げると、土方の手の甲に口付けた。の唇が押し付けられたそこが火が付いたように熱くなって思わず手を引っ込めそうになったけれど、がその手を離さなかったので、土方はぴんと腕を伸ばしたまま硬直した。

「お願いですから、男に戻ってもあんまり無理はしないでくださいね。私は土方さんのこと守ってあげられるほど、強くないんですから」
「……お前、そういうこと万事屋とかにも言ってんの?」
「土方さんにしか言いませんよ。どうしてそんな事言うんです?」
「なんか、男になってからお前、ただのスケコマシ……」
「まぁ、人聞きの悪い」

 がふふふと笑うと、その柔らかい息が手の甲にかかってくすぐったかった。

 男になってからというもの、は土方に対してずっとこんな調子で、土方は恋を覚えたばかりの少女のようにどうしていいのか分からなかった。人並みに経験を積んでこなかったわけではないし、いくらかなら手管も知っている。それをに対して使ったことだってある。けれどそれはあくまでも男としての経験値であって、女としてのそれはゼロに近い。だから、女である自分を口説かれたってどう対応していいかまるで分からなかった。

「そうだ、土方さん。元の体に戻る前に、良ければひとつお願い聞いてもらえませんか?」
「なんだよ?」
「嫌って言いません?」
「……話の内容による」

 は少しだけ人目をはばかるような素振りを見せた後、土方の手を握ったまま照れ臭そうに呟いた。それは土方の手のひらにだけ届くような小さな声だったけれど、指先を伝わって土方にはしっかり届いた。

 土方は、どう答えていいものか迷いに迷ったあげく、ちょっとだけ泣いた。





あなたが欲しい





20151130