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「そういえば、はどうしてる?」 その問いかけに、土方は渋い顔をして答えなかった。銀時は問いただせなかった。答えを聞くのが怖かったのだ。 真選組が瓦解した今、そこにの居場所はない。攘夷志士に身を落とした真選組の中にの姿はなかった。銀時は、がここではないどこかで命をつないでいてくれれば、それで良かった。白詛に犯されて命を落としたという事実さえなければ、銀時はそれで良かった。 「一杯、付き合えよ」 魘魅の情報を集めようと、仲間が街中で聞き込みをしていた頃、銀時は土方に誘われて、場末の小料理屋に連れてこられた。こんなところで店を開いてどれほどの儲けがあるのか疑問に思うほど寂れた場所で、灯りがついていなければ人がいるかどうかも分からない小さなあばら家だった。 「お前がとどういう知り合いなのか知ったこっちゃないが、これだけは言っておく」 店に入る前に、土方は神妙な顔で言った。 「死んだ奴の名を、不用意に口に出すなよ」 は小さなカウンターの向こう側にいた。地味な着物に白い前掛けをつけ、穏やかに笑っていた。 「いらっしゃい……。あら、十四郎さん。おかえりなさい」 「おう」 「どうしたんですか? 表から入ってくるなんて珍しい」 「今日はツレがいるんだ。酒と、適当につまみ頼む」 「はい」 は土方の後について来た銀時に微笑みかけた。 「どうぞ、狭いお店ですけれど、ゆっくりしていってください」 銀時はの他人行儀な笑顔に気後れしたけれど、なんとか平静を装って苦笑いした。 カウンター席に腰を落ち着けた土方の隣に座る。は熱いおしぼりを銀時と土方に手渡すと、日本酒とグラスをカウンターに並べ、小鉢に煮物とお造りを盛り付けた。 「十四郎さんの新しいお友だちですか?」 「友だちじゃねぇよ。たまたま今一緒に探しもんしてるだけだ」 「あら、そう。この辺りじゃ見ない顔ね。どこからいらしたの?」 銀時は顔を拭ったおしぼりの影から、の笑顔を見上げた。 「……言っても分からないようなど田舎だよ」 「物好きね、こんな寂れた街にわざわざやってくるなんて」 「……知り合いが死んだって聞いてさ。墓参りにな」 「まぁ、そう。それはお気の毒に……。やっぱり白詛で?」 「いや、別にそういうわけじゃねぇみたいだけど……」 どう言葉を継げばいいか迷った銀時を見かねて、土方が口をはさんだ。 「おい、。マヨネーズとってくれ」 「はい」 はカウンターの奥に引っ込む。冷蔵庫を開ける音がして、その後に鍋がぐらぐらと湯だつ音が続く。煮物の鍋をおたまでかきまわすの背中を眺めながら、土方は銀時の肘を小突いて小声で言った。 「余計なことしゃべんな」 「えぇ? だって、こんな街にいたら他に話題無いじゃん?」 「馬鹿野郎! 白詛のことを調べてたのが原因で万事屋の野郎が死んじまったってあいつも知ってんだからな。思い出させるようなこと言うんじゃねぇよ」 「さっきからそう言うけど、一体なんなわけ?」 土方はきっと銀時を睨みつけた。 「いいから、黙ってろ」 その時、か細い泣き声が聞こえたような気がして、銀時は耳をそばだてた。は銀時より早く反応して、カウンターの奥にある暖簾の向こうを首をもたげて見やった。 「あら、起きちゃったみたい。すみません、ちょっと失礼しますね」 は前掛けを外して、暖簾の奥に姿を消した。銀時は暗い暖簾の奥をじっと睨みつける。か細い泣き声に重なって、かすかにの歌声が聞こえてきた。それは、銀時にも聞き覚えのある子守唄だった。 「……いくつになるんだ?」 銀時は暖簾から視線を外さないまま問うた。土方は、グラスの氷をからりと鳴らしながら答えた。 「もうすぐ1歳になるところだ」 「土方くんの子?」 「悪いかよ」 「いや、別に悪くはないけど。急なことに頭が追いつかないっていうか……。確かにお前ら5年前から仲良かったけどさ、一人娘が俺のいない間に子どもこさえてちゃっかりお母さんになってるとか、現実が受け止められないっていうか……」 「何を訳の分かんねぇこと言ってんだお前?」 「……いや、なんでもない」 銀時はなんだか泣きたいような気持ちになって、両手で顔を覆ってうなだれた。 土方は銀時を無視して、煮物にマヨネーズを絞り酒を手酌で注ぐ。そして、煙草の煙と一緒に吐き出すように言った。 「万事屋の野郎が死んだときにな」 銀時は指の隙間から土方の横顔を覗き見る。土方はどこを見るともなく虚空を見つめて、唇で煙草をふらふらと揺らしていた。 「あいつは、泣いて泣いて、泣きじゃくって、てめぇがぶっ壊れるまで泣いてたよ。俺には止めてやれなかった」 「お前でもか?」 「俺は、万事屋の野郎の代わりにはなれねぇってことだよ。まぁ、そんなもんこっちから御免被るがな」 「ぶっ壊れるまで泣いて、どうやってあいつは元に戻ったんだ?」 土方は暖簾に視線をやって、顎をしゃくった。銀時は逡巡したものの、静かに席を立って、こっそりと暖簾をめくった。 「赤ん坊でもできれば、それがの希望になると思ったんだ」 薄暗い部屋の真ん中で、は赤ん坊を抱いていた。銀時からはその背中しか見えなかったけれど、着物の前をくつろげて赤ん坊に乳を含ませているように見えた。の子守唄が優しく響いていて、それは銀時の耳にも心地良かった。赤ん坊をあやしてかすかに揺れているの肩。その陰に、赤ん坊の頭がのぞき見えた。その髪は老人のように真っ白だった。 「けど、結果はこれだ。子どもはそう長くはもたねぇだろう」 「……はなんて言ってるんだよ?」 「たとえ死んでしまうとしても、生きている間は精一杯大切にしてやりたいってさ」 銀時はの背中を睨みつけ、腰に差した木刀の柄をぎゅっと握り締めた。 これは、銀時が引き起こした未来だ。の幸せを願っていながら、こんなどん底に叩き落としてしまった。 銀時はの姿を見ていられなくなって、何も言わずに店を飛び出した。 「あら、あの人は?」 赤ん坊を寝かしつけ、店に戻ってきたはぐるりを見渡した。カウンターに空いたグラスがぽつんと取り残されていて、氷がすっかり溶けていた。 「帰った」 土方はひとりごとのように呟いた。 「そうですか。もっとゆっくりおはなしできればよかったんですけど……。悪いことしちゃった」 は土方の隣に腰を下ろして、土方の空いたグラスに酒を注ぐ。ふいに、はくすりと笑って呟いた。 「あの人、少し銀さんに似てましたね」 土方は口に含んだ酒を吹き出しそうになった。何しろ、あれ以来の口から銀時の名を聞いたのは初めてだったのだ。 「はぁ? どこがだ? 格好だけだろ?」 「格好もそうですけど、それ以外も似てましたよ。話し方とか、仕草とか」 土方はちっともそんな風には思わなかった。むしろ、銀時が死んで5年も経つというのに、その話し方や仕草を覚えているの方に驚いた。はまだ、銀時の姿をありありと思い出せるのだ。の中で、銀時はまだ生きている。 土方はどうしようもなく居たたまれない気持ちになった。と銀時は子どもの頃からの付き合いだということは知っているが、それはその事実を認識しているというだけで、ふたりの間にある絆の糸に直接触れられるわけではない。こんなにもを縛って苦しめるその糸は、一体どんな色をしていて、どのくらい強く確かなものなのだろう。 「なぁ、。今、俺達が探しているもんが見つかったら、あいつが戻ってくるかもしれねぇって言ったら、お前はどうする?」 「戻ってくるって、銀さんが?」 に聞き返されて、土方は我に帰った。何を言っているのだろう。死んだ人間が生き返ることはない。無駄にに期待を持たせてどうしようと言うのだ。 「いや、何でもねぇ。忘れてくれ」 土方はそう言ったけれど、は黙り込んで何事か考え込むように視線を落とした。 「そうですね、銀さんにまた会えるなら……」 は泣くだろうか。そう思って、土方はの目元をじっと観察する。 銀時が死んだと知らせを受けた時、は三日三晩泣き続けた。その姿はまるで、壊れた人形のようだった。いくら土方がなだめても、力一杯抱きしめても、何度体を重ねても、は一向に回復しなかった。銀時が死んでしまってあいた穴は、土方には決して埋められなかった。 あれ以来久しぶりに銀時の名を口にして、はどんな思いでいることだろう。土方は祈るような気持ちで、の横顔を見つめた。 は土方の予想に反して、堪えきれなくなったように笑い出した。 「?」 「す、すいません……。銀さんのこと、考えていたらおかしくなっちゃって……」 は笑いすぎて浮いた涙を指先で拭った。 「銀さんが戻ってきたら、私、きっと銀さんを殴り飛ばしちゃうと思います」 「お前が? 人殴ったことなんかあんのかよ?」 土方は呆気にとられ、とんちんかんなことを聞き返した。 「それくらいありますよ。土方さんにだってビンタしたこと、あったじゃないですか」 「……昔の話だろうが」 「そのくらい怒るだろうなってことです。死んだふりして、5年間も行方をくらませて、こんなに心配かけて。それでひょっこり鼻くそほじりながら戻ってくるんでしょう、きっと。そんなの、怒るに決まってるじゃないですか」 怒る、と言いながらも、は嬉しそうに笑っていた。 土方はその笑顔に安心もして、それと同時に複雑な思いも浮かび、眉間にしわを刻んだ。土方はとっくに死んでしまった男に、まだ嫉妬している。を縛る銀時とのつながりを断ち切ってしまえればどんなにいいだろう。けれど、そんなことは無理なのだ。この5年、とともに過ごしてきて、それは痛いほど身にしみている。 だから、本音を隠して言った。 「それじゃ、あいつが帰ってきたら思う存分、殴って、怒ってやれよ」 「えぇ、そうします。きっと」 土方は煙草の煙を吐き出しながら、その胸の奥で誓いを立てた。が笑ってくれるなら、この醜く身勝手な嫉妬心などいくらでも殺そう。 20150706 |