俺があいつで、あいつが俺で







銀時と土方の魂と体が入れ替わってしまってから、数日が経った。

銀時は八方塞がりの現状をどうにかしようともしないで、土方十四郎の顔で大きなあくびをする。規律に厳しい真選組副長はすっかりどこかへ行ってしまって、今日も今日とて、三度寝に勤しんでいる。何か悪いものでも食べたのかと隊内ではもっぱらの噂だったけれど、銀時は全く気にもしなかった。

「失礼します。土方さん、大丈夫ですか?」

障子を開けて顔をのぞかせたのはだった。畳に直接寝転んで、チュッパチャップスを舐めていた銀時は、「おぉ」と生返事をしながら起き上がった。

「なに? 3時のおやつの時間?」

土方らしい物言いをする気はさらさらないので思ったままを呟いたら、はなんとも言えない顔をして言葉に詰まった。

「……具合は、大丈夫ですか?  みんな心配してますよ?」

「土方さんは今日も絶好調だよ。みんな何を心配してんの? コレステロール値? 最近はマヨ節制してんだろうが」

「……大丈夫ならいいんですけど」

は言いながら、水が満たされたグラスと何種類かの薬を乗せた盆を銀時の隣に置いた。

「もし、どれか必要なものがあったら、飲んでみてくださいね」

は心配そうに銀時の顔を覗き込んだ。その瞳にお互いの顔が映るほど近距離で視線が合って、銀時はひと時、どうしていいか分からなくなった。

そういえば、土方とは恋仲なのだ。2人はいつもどんな風に話をしたり、触れ合ったり、それ以上のどんなことをしているのだろう。つい想像してしまって、銀時は嫌な気分になった。のそんな一面なんか知りたくもなかった。もしちゅうとかするようなことになったらどうしようと、無駄に不安になってみたりする。

「土方さん、本当に大丈夫ですか?」

は立て膝をついて、ずいと身を乗り出してきた。

「え!?  どこが!? なにが!?」

つい焦って、声が裏返ってしまう。それが余計にの不安をあおったようだ。の冷たい手が頬に触れた。

「何だかしまりのない顔してるし、ぼんやりしてるみたいだし……」

の顔がぐっと近づいてくる。やばい、もうこれは逃げられない。ファーストキスを奪われる直前の女子中学生みたいな気持ちになって、銀時はぎゅっと目を閉じる。けれど次にの存在を感じたのは唇ではなく、前髪をかき上げられた額だった。

「熱はないみたいですね」

おでことおでこをくっつけたままはそう言って、労わるように土方の顔をぺたぺた触った。

心臓が口から出るんじゃないかと思うほど動悸が激しくなった銀時は、胸のあたりを押さえて背を丸めた。こんなに心臓に悪いものを見たのは生まれて初めてのことのような気がした。

「いや、やっぱちょっと疲れてるみたいだから、今日は休むわ」

息も絶え絶えにそう言う。けれど、

「病院に行かなくてもいいですか? それとも、私、看病しましょうか?」

がそんなことを言うので、もういたたまれなかった。土方の女であるところのなんぞ、そばにいられては心臓がもたない。

「いやいやいや、一人で大丈夫だから! 寝てれば治るし!」

「そうですか?」

「おうよ! だから、頼むから土方さんを一人にしてくれ! 頼むから!」

は頭にクエスチョンマークを浮かべながら部屋を出て行った。

は昔馴染みだから、土方の体と魂が入れ替わったくらいで何も心配はないとたかをくくっていたけれど、予想外のカウンターパンチを食らってしまった。そもそも、と男女の関係になったことなんかないわけだし、あんな顔をするを見たことなんかないのは当たり前だ。長い付き合いになるのに、まだまだ知らない顔があるものなのだな。絶対知りたくなかった顔を見てしまった。

はいつも、あんな顔で土方を見つめているのだな。そう思ったら、ため息が出た。見てはいけないものを見てしまった。そして、それを見てなんで俺はこんなに傷ついてんだろう。たぶん、ガキの頃から兄妹みたいに育った女が大人になってやることやってますって顔されても、現実的に受け入れられないのだ。

銀時は本当に具合が悪くなってきて、その日は一日中寝込んだ。





*****






「あら、銀さん。お久しぶり」

団子屋の前で偶然と鉢合わせた、銀時と体が入れ替わってしまった土方は、眉間に深くシワを刻んで舌打ちをした。

晴れやかな顔でが笑うので、ちょっとどうしたらいいか分からなくなる。こんな気安くに話しかけられることなんて今までなかったし、口調も態度も土方に対する時と全く違う。どこが違うというとうまく説明ができないのだが、雰囲気とか、距離感とか、目に見えない何かがとにかく違った。そのことに、心が折れそうだった。土方と接する時より、はずっとリラックスして見えた。

「お、おぉ、久しぶりだな。

銀時の言い方をまねて、土方は言う。

「良かったら少しお茶でもしない? どうせ暇でしょ? 奢るわよ」

こいつ、いつもに奢らせてんのか。土方は腹が立って額に青筋を浮かべる。

「いや、いいよ。今日は俺が奢ってやるよ。おぅ、親父! 団子と茶のセットふたつ!」

そう言うなり、はツチノコでも発見してしまったみたいな顔をした。

「……いやだ銀さん……! ついにやっちゃったの? 銀行強盗……!」

「……どいつもこいつも、人をなんだと思ってんだよ」

「だって、日頃の行いが……」

「もういい。お前、ちょっと黙ってろ」

を黙らせて、土方は茶屋の一席に並んで座って茶と団子を食べる。土方が勘定をしたので、は心の底から驚いたようだったが、土方は完璧に無視した。銀時の悪評に振り回されるのはこりごりだった。

「最近は随分羽振りがいいみたいね」

は団子を口に含みながら言った。

「俺が本気出せばこんなもんなんだよ」

「ならもっと早く本気出せば良かったのに」

「うるせぇ。ほっとけ」

投げやりにそう言うと、は軽やかに笑った。その笑顔だけはいつも土方に見せる笑顔と変わらない。そのことに少し安心して、土方は肩の力を抜いた。

「神楽ちゃんや新八くんは元気?」

「おぉ、元気だよ。今頃市中見廻りにでも行ってんじゃねぇか」

「見廻り? 万事屋が見廻りなんかするの?」

「待ってるだけじゃ仕事は来ねぇんだよ。仕事は自分で探すもんだ」

「何だか、銀さん変わったわね」

「そぉか?」

土方はお茶をすすりながら、ふと気がついて、その事実になんとも形容し難い気分になった。

「変わったわよ。自覚ないの?」

は、銀時に話すとき、気安いタメ口で話す。けれど、土方に対してはずっと敬語だ。

「前は自分で仕事探すなんてしたことなかったじゃない。どういう心境の変化?」

銀時に向かって話すは、開けている。何がどうとか、そんな具体的なことは説明できない。子供の頃からの付き合いだというから、それだけ気心知れているのだろうし、土方も知らないを銀時は知っているのだろう。その親密さ、つながりの深さ、共有している時間の長さ、思い出。そんなもの全てが、のその表情に表れているように見えて、土方は疎外感を感じた。

「……別に、なんにも変わってねぇよ」

つい投げやりに返事をしてしまう。は不思議そうに首を傾げた。

「何ふてくされてるの? せっかく褒めてるのに」

「それは本当に褒めてんのかよ?」

「そう聞こえない? 今日の銀さん、ちょっと卑屈ね」

はそう言って笑った。

銀時との関係は、土方にとっての近藤や沖田との関係と似ている。子どもの頃からお互いをよく知る遠慮のいらない関係。だから、その関係を羨んだって仕方がないのだ。

けれど、体は銀時で中身が土方に入れ替わっているとも知らないで、がいつも銀時にするように話したりすると、気分が悪かった。そうやって銀時と仲良くするなら自分が見ていないところでやってほしい。……いや、それはそれで気分はよくないか。

「なぁ、

「なぁに?」

「この間、依頼人から礼だっつって、かぼちゃもらったんだけどよ、俺料理できねぇから何か作ってくんねぇか?」

が作った飯をしばらく食べていなかったので、銀時がいつもそうしているように頼んでみた。は二つ返事で頷いた。

「いいわよ。銀さん好みに、いとこ煮にしようか?」

「いとこ煮ってなんだよ?」

「かぼちゃとあずきを甘く煮るの。好きでしょう?」

はにこりと笑って首をかしげたけれど、土方は肩の力が抜けてうな垂れた。そんな甘いものは食いたくもなかったし、マヨネーズも合いそうにない。

けれど、が心底楽しそうに笑うから、断るに断れなかった。







20141117